夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

見し人の雨となりにし

2017-01-20 22:20:08 | 日記
今回の源氏物語講座は「葵」巻。
ふつう、この巻から和歌を含む場面を一つ選べといわれたら、六条御息所の屈折した恋の情念が結晶した
  袖濡るるこひぢとかつは知りながらおりたつ田子のみづからぞ憂き
のくだりを選ぶことだろうと思う。(私も学生時代はこの歌が好きだった。)

だが、今の私には、光源氏が葵上亡き後、三位中将(葵上の弟)と時雨の降る夕べに詠み交わした贈答歌、

 (三位中将)
  雨となりしぐるる空のうき雲をいづれのかたとわきてながめん
 (光源氏)
  見し人の雨となりにし雲居さへいとど時雨にかきくらすころ

のほうがずっと心に響くので、この場面を講座では取り上げた。

亡くなった者の魂は、生前その人と親しかった者が繰り返し思い出し歌を詠むことによって慰撫される。
愛する人に先立たれた側も、悲しみを共有する者と共に故人を偲び歌を詠み合うことで、理不尽に強いられた死別の苦痛をわずかに癒やすことができる。
人は亡くなっても、その人を忘れずにいる者の心の中では、その後もずっと生き続けるのだから。


この日は暴風雪で、警報が出ているにもかかわらず、受講者のみなさんが全員出席してくださった。
外の天気は荒れ模様だったが、講座の雰囲気はいつものように穏やかで、心が和んだ。