夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

露のゆかり その1

2016-11-12 18:33:48 | 日記
月に一度の源氏物語講座、今回は「紅葉賀」巻。
まさに今の季節にふさわしい。

今回取り上げたのは、光源氏と藤壺が、撫子の花に託して和歌を贈答する場面。

前年夏、藤壺が宮中から里邸に下がっている間に源氏が密通、藤壺が懐妊して生まれた若宮(後の冷泉帝)を、桐壺帝はわが子と信じて疑わない。
帝は藤壺のいる前で若宮を抱いて源氏に見せ、
「不思議なほどそなたの小さい頃に似ている。優れて美しく生まれついた者は、みなこうなのかもしれないが。」
などと言う。
源氏は罪の意識に怯え、藤壺はその場にいたたまれず、冷たい汗が流れ落ちる。
早々に帝の御前から退出した源氏は、帰邸後、物思いに沈み、庭の前栽(植込みの草木)を眺めながら、はなやかに咲いている撫子に託して藤壺に歌を贈る。

よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさる撫子の花
(若宮をあなたのゆかりとして見るにつけても、心が慰められることはなく、涙がちに過ごしています。)

源氏にとって若宮は、藤壺との愛の結実であるはずなのに、親子を名乗ることはかなわず、父帝の后である藤壺とも、今生では夫婦となることはない運命である。
そんな悲しみを歌に詠んでいるが、『若紫』巻で藤壺に密通した時に、不義の関係を生じた現実から目を背けるかのような歌を詠んでいたのとは、受ける感触が違う、という印象を受講者の方にお話しした。

源氏の歌には「撫子」(愛児を意味する)とあって、別名の「常夏」(「床」を掛け、男女の仲を示唆する)と言っていない。そこに、父親としての自覚が源氏に生じ、精神的に成長していることを読み取ってよいのではないか、という話をした。