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夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

豊島(3)

2013-07-30 22:50:54 | 旅行

甲生地区から再び唐櫃の岡に戻り、豊島美術館へ行く。
標高100mほどの高い岡から海までの斜面に棚田が広がる。
この島は小雨地域だが、湧き水が豊富なので、昔は稲作が盛んだったそうだ。
今の棚田は、地元の方の尽力で再生されたものだという。


豊島美術館はこの美しい岡にあり、中央の白い、穴の開いた建物がアートスペース、左の白い小さな建物がギャラリー&カフェ。
ただし、美術館とはいっても、絵画や彫刻作品を展示した通常の美術館ではない。
写真左の、樹木の茂った天神山の周囲の遊歩道を進み、視界の左手に広がる唐櫃港や海の景色を眺めつつ、アートスペース入口に辿りつくと、スタッフから「靴を脱いで中に入ってください」云々という説明を受ける。


(エキサイト・イズム・コンシェルジュ2010年10月16日「豊島美術館 環境、アート、建築の融合:瀬戸内国際芸術祭」の記事から転載)

狭い入口から中に入ると、ハマグリの貝殻のような構造になっており、天井に二ヶ所、大きな穴が穿たれ、空が覗いている。
床は、どういう仕組みになっているのか、あちこちから水が沁み出し、随所に水たまり(美術館のパンフレットでは「泉」と称しているが)ができている。
床のコンクリートが撥水加工されており、また適度な傾斜があって、外から風も入り込んでくるので、水たまりから水が流れ出したり、水たまり同士がくっつきあったり、「泉」は絶えず表情を変えている。
真夏なのに、このアートスペースの中は爽やかな風が吹き、涼しい快適空間である。
人々は、水の動きに見入ったり、天井穴から空を眺めたり、横になってやすんだり、思い思いに過ごしている。
私も、腰を下ろして「泉」を眺めつつ、極楽浄土の蓮の葉の上にいたら、こんな気分だろうか、と思ったりした。


名画や彫刻などが置いてあるわけでもないが、極楽体験ができたのは楽しかった。
美術館を出た後、岡の上から、自転車で一気に坂を駆け抜け、唐櫃港へ。


漁船の群れを眺めながら、さらに自転車で進んでいき、その日最後の鑑賞となった作品が、クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」。


王子が浜というきれいな砂浜にこの美術館がある。
ただし、収蔵されている作品は、世界中の人々から集めた心臓音。


(エキサイト・イズム・コンシェルジュ2010年10月10日「世界中の人から心臓音を集めたアーカイブ:瀬戸内国際芸術祭」の記事から転載)

「ハートルーム」というメイン展示室に入ると、この写真のようなインスタレーション空間。
真っ暗な部屋に、大きく、ドクン、ドクン、という心臓音が響き、それに合わせて電球が明滅する。
初めは気味が悪かったが、少し慣れてくると、母親のお腹の中にいた間は、ずっとこんな音を聞いていたのだと思った。
胎内回帰、ということを感じさせる体験だった。


PCルームでは、ボルタンスキーが世界中から採集したという心臓音を聞くことができる。
また、録音室で、自分の心臓音を記録し、この美術館に収蔵してもらうこともできる(有料)。
窓から見える景色は、ボルタンスキーが「世界で一番美しい島」と言っただけのことはあると思う。
気の早いトンボが、砂浜にたくさん飛んでいた。

わずか一日の滞在だったが、豊島の魅力を満喫して帰って来た。

豊島(2)

2013-07-29 23:16:22 | 旅行

唐櫃(からと)の清水から豊島美術館まではすぐ近くだったが、ここで、島で一番高い壇山(だんやま=317m)を迂回して、島の反対側にある甲生(こう)地区へ向かうことにする。
壇山の外周を、緩い弧を描いて走る、信号一つ無い道路。
島の特産のみかんやオリーブの畑を眺めつつ、自転車を漕いで行く。
アップダウンにもやや疲れてきたころ、海辺の集落・甲生が見えてきた。


クレイグ・ウォルシュ&ヒロミ・タンゴ「かがみ―青への思い」。
甲生の漁港に浮かぶ、鏡張りの廃船。空や海を映しながら波に揺れる浮き舟を見ていると、いつの間にか舟が輪郭を失い、海に溶けて消えてしまいそうな錯覚を覚える。


この作品の名前を確認しておくのを忘れた。
まるで古代の民がつくった祭祀の場のようで、もともと芸術の発生は、原始的な宗教にあったことを思う。
青染めの長い布が掛け渡された柱の間を通り、小さなお社のような建物に近づいていくときには、不思議な高揚感を覚えた。


ここに来るときと同じ道路を戻り、唐櫃の岡に向かう。
初めは、鑑賞する作品が島の離れた場所に散在していることに、やや不満めいたものを感じていたが、こうした景色を眺めながら風を切って自転車で走っていくうちにわかってきた。
アート作品を巡りながら、私たちが、名前の通り、豊かで美しいこの島の自然や風土を発見し、体験することが目的だったのだ。
豊島だけでなく、瀬戸内の島々を使ったインスタレーション、というこの芸術祭の基本性格がわかったような気がした。


私自身は現代アートに暗く、インスタレーションという言葉も、最近見た『百年の時計』という映画で初めて知ったほどである。
この映画のもう一つのテーマは、現代アートとは何かということであったが、老芸術家が走ることでん(琴平電鉄)の車両を使ったインスタレーションを発想したときに、
「できるだけ多くの人を巻き込みたい。」
と言っていたのを思い出した。
この瀬戸内国際芸術祭も、たくさんの人々を巻き込んで、アートと島の自然が交響する祝祭的な場となってほしいと思った。

…この小さな気づきが嬉しかったので、『百年の時計』の主題歌「めぐり逢い」を歌いながら自転車を走らせていたら、いつのまにか大声で歌っており、偶然向こう側から来た人に聞かれてしまって恥ずかしかった。

豊島の話題はあともう一度、取りあげる。

豊島(1)

2013-07-28 23:10:23 | 旅行
「瀬戸内国際芸術祭」の会場の一つである豊島(てしま)へ。
豊島は、瀬戸内海で二番目に大きな小豆島の西約5㎞のところにあり、周囲約18㎞の自然豊かな島。
ここには、十点余りの作品や美術館がある。


宇野港の旅客船乗り場から、高速船「マーレてしま」で出発。(船着き場の左側奥に泊まっている船。手前は岡山県警の警備艇「はやなみ」)。「マーレてしま」は、豊島の家浦港・唐櫃(からと)港を経由して、小豆島の土庄(とのしょう)港と宇野港を結んでいる。


家浦港へは約40分後に到着。
島内の移動は、レンタサイクル(電動アシスト付)を利用した。バスもあるが本数が少なく、作品や美術館が島内に散在しているため、効率よく回るためには自転車の方が便利。私が借りたところでは、5時間1,200円、1日1,500円だった。
なお、島内で平坦な地区は家浦港周辺くらい(地元の方の話)であり、道路は狭く坂道が多いので、アート鑑賞目的で島を訪れる方は、電動アシスト付の自転車を使うことをお勧めする。


家浦港の近くにある「豊島横尾館」は、アーティスト・横尾忠則による美術施設で、この夏にオープンしたばかり。
民家を改修した三つのスペースに、独自の死生観を描いた大作の絵画を中心に展示している。
真ん中の煙突のような構造物は、中に入るとまるで古井戸に落ちたようなスリルを味わえる。


自転車を漕いで(アシスト付なので、すごく楽)しばらく行くと、道路の脇に「竹の散歩道」という作品が。
竹林の中に、竹で編んだ謎の球形オブジェがいくつも浮かんでいる。
屋外の空間全体を作品として体験させ、現象させる試み(こういうのをインスタレーションと称するという理解でよいのだろうか?)は面白い。


さらに進んで行くと、次々に島が新たな風景を見せてくれる。
どんな天才の作品よりも、この島の自然と風土、そしてそれに適応して生きてきた人々の暮らしの方が、ずっと芸術的だと思う。
…のどの渇きを覚えたころ、「唐櫃(からと)の清水」の看板があり、「さぬきの名水」にも選ばれた湧き水とある。
早速、自転車を停めて手を洗い、水をすくって飲んだが、真夏なのにびっくりするくらい冷たく、美味しい水だった。
昔、弘法大師がここに来たとき、のどが渇き自ら地面を掘ったところ、水が湧き出したのだという。

豊島の自然とアートめぐりの話題は、次回に続ける。

足立美術館

2013-02-13 23:25:57 | 旅行
出雲大社参詣の後は、松江方面に向かう。途中、宍道湖の辺りで、急に空が暗くなり、周囲の山々が雪雲に覆われ始める。
松江に着いた頃には、雨まじりの雪。しだいに激しく降ってくる。今回は松江はほとんど素通りで(残念!)、安来(やすぎ)市の足立美術館へ行ってみた。
なんでも、米国の日本庭園専門誌が、10年連続で「庭園日本一」にこの美術館の庭を選んでいるのだそうだ。それゆえ、山陰に行ったら、一度訪れたいと思っていたのだ。



足立美術館は、順路としてまず庭園を鑑賞してから絵画や他の美術・工芸品へ、という流れになっている。これは、「庭園もまた一幅の絵画である」とする当館創設者・足立全康の信念を具現化しているのだろう。



写真の枯山水庭、白砂青松庭、苔庭、池庭…と次々に現れる閑静で風雅な日本庭園の趣に、思わず時間を忘れて見入ってしまう。

この美術館のもう一つの特徴は、近代日本画の巨匠たちの豊富な作品コレクションである。(約1,500点もあるらしい)。常設展の他、庭園の四季に合わせて展示品を入れ替え、年に四度の特別展が催される。現在の冬季特別展は、横山大観、川合玉堂、上村松園、橋本関雪など、人気作家七名の代表作をはじめ六十点余りを一挙公開していた。(会期中、一部展示品入替あり)。

私は学生の頃から上村松園が好きなので、「待月」(たいげつ)、「牡丹雪」などは非常に嬉しく見た。どの作家もすばらしいが、特にこの美術館が力を入れている横山大観の作品を見て、自分の眼で改めて大観の天才性を実感した。「鶉」「龍躍る」などには、殊に心を惹かれた。

新館の現代作家たちの絵画は、閉館時間が迫っていたので駆け足で見たが、ゆっくり時間をとって見られなかったのが後悔されるほどよかった。古典として評価の定まった作品を見るのもよいが、同時代の画家の優れた作品を我が眼で見出す喜びも、何にも代え難い。
疲れたら館内の喫茶店で一休みしたりしながら、じっくり時間をかけて楽しむのに向いた美術館だと思う。四季折々の庭園の趣の変化も存分に楽しめそうだ。もし、読者のみなさんが、米子や松江などに行く機会があったら、足を伸ばして訪れていただきたいと思う。

竹野屋

2013-02-13 21:54:01 | 旅行


一昨日(2/11)は建国記念日という、まさにふさわしい日に、古代神話のふるさと島根の出雲大社にお詣りすることができた。

この日の午前中は、朝からほとんど曇りだったのに、私が出雲大社にいた間だけ、嘘のようにとてもよく晴れた。参詣の後は、門前町の神門(しんもん)通りの店で出雲蕎麦の昼食をとった。寒くてもやはり名物の割子そばを頼む。三段に重ねられた朱塗りの丸い器にそれぞれ、茹でたてを冷水でシャキッとしめたそばが盛り込まれている。各段で薬味が変えられており(一番下は大根おろし)、上から順番につゆをかけて食べる。

この神門通りを経て大社へ行く手前の交差点の辺りに、老舗旅館・竹野屋がある。泊まったことはないが、大社にいちばん近い旅館として有名で、また竹内まりやの実家でもある。

この竹野屋があるので、私は出雲大社に行くとなると、無性に竹内まりやの曲が聴きたくなってしまう。…この日も、大社に来る道すがら、ずっと“Impressions ”を聴いていた。暗いといわれるかもしれないが、特に好きなのが「6 シングル・アゲイン」と「15 駅」。せつなく悲しい恋の思いを歌った名曲だと思う。