陸奥月旦抄

茶絽主が気の付いた事、世情変化への感想、自省などを述べます。
登場人物の敬称を省略させて頂きます。

名作<小説 日本婦道記>を読む

2010-01-03 16:34:22 | 読書・映画・音楽
 <日本婦道記>は、山本周五郎(本名:清水三十六)の短編集で、昭和17年から昭和20年暮に掛けて雑誌・婦人倶楽部に30編が連載された。その後、昭和33年に新潮文庫として著者が11編を選び、<小説 日本婦道記>が刊行される。何かおどろおどろしい題名で、「女性はかくあるべし」を書いているのかと誤解されそうである。が、決してそのような教訓的内容では無い。

 武士が命懸けで主君に仕える、その目的を成し遂げる背景には、夫や子を愛し、自らの発意と工夫によって陰ながら献身的に協力した女性の姿があった。彼女らの厳しく凛然とした行動を、世の男共は改めて考えてみようと著者は言いたいのである。

 内容は、11編の短編小説で構成され、それらのタイトルは次のようである。

1.松の花
 年寄役(上級武士)の亡くなった妻の遺徳を、残された夫は始めて知る(紀州藩)

2.箭竹
 中級武士である夫が切腹し、家は断絶。残された妻は、苦労を重ねつつ息子を育て、密かにお家再興の大願成就に向かって歩む(岡崎藩)

3.梅咲きぬ
 上級武士の妻と姑の思いやりに富んだ暖かい交流(加賀藩)

4.不断草
 中級武士に離縁された妻は、夫が領地外追放となっても、失明した姑の元で密かに献身的な努力を重ねる(米沢藩)

5.藪の陰
 婚儀の日に大怪我をした中級武士に、その妻が強い信頼感を持って耐えがたい苦労を重ねる(松本藩)

6.糸車
 病身の下級武士とその息子に対する継娘の深い愛情(松代藩)

7.風鈴
 己をわきまえた下級武士(養子)とその妻の慎ましいが心豊かな生活を描写(長岡藩?)

8.尾花川
 宮家有司(神官)の勤皇心とその妻の凛とした交流

9.桃の井戸
 中級武士の後妻と刀自(老婆)の暖かな交流の姿(長岡藩?)

10.墨丸
 宿老(上級武士)の息子に対し、孤児娘の思いやり溢れる姿(岡崎藩)

11.二十三年
 中級武士が浪人となり、仕官するまでの苦労を下婢が献身的な努力で支える(会津藩/松山藩)


 山本は、文化放送のインタビュー(昭和35年)の中で

 「ときどき、『婦道記』について、あれは教訓で、女だけが不当な犠牲を払っている、ということを言われるのですが、私はそれは非常に心外なので、もう一度良く読み直して頂きたいと、よく申し上げます。あれはむしろ世の男性や、父親たちに読んで貰おうと思って書いたもので、小説自体の中では女性だけが特別に不当な犠牲を払っているようなものは一編もないと思います。(中略)もし不当な犠牲を強いられたら、日本女性だって、そんな不当な犠牲に甘んじている筈はありません。私はそうではなく、夫も苦しむ、その夫が苦しむと同時に妻も夫と一緒になって、一つの苦難を乗り切っていくと言う意味であれだけの一連の小説を書いたのであります」
(木村久邇典の巻末解説から引用;強調箇所は筆者による)

と述べているが、納得の行く話と思う。

 この書を読み返す度に、その時の私自身の心境変化もあって、強く印象に残る話は少しずつ変わるのだが、現在は最初の1.と最後の11.に深い感銘を覚える。10.は、アンデルセンの童話「みにくいアヒルの子」が頭を掠めるけれども、最後の場面の清涼な雰囲気に心が打たれる。

 ある若い女性にこの本の読後感を聞き、どれが印象的であったかと尋ねたら、4.の「不断草」だと言う。離縁されても夫への思慕は覚めやらず、同時に眼の不自由な姑への優しい思いやりが語られる内容は、自分も同化出来そうと彼女は考えたのかも知れぬ。この一編は、脚本が作り易いのであろう、数回TVドラマ化されていて、吉永小百合が女主人公を演じたこともある。

 男女を問わず、多くの若い人達に、私はこの著作を読んでもらいたいと願っている。時代背景は異なっても、作品に描かれた日本女性の心映えの素晴らしさは、永遠に変わることが無いと信じる。
(敬称略)

(付記)

 この本は、Amazon co.jp で現在も入手可能。

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