初めてEdが国外へ出たのは30代初めだったから、もう40年近くも前になる。
勿論仕事での海外出張だった。行先は台湾の高雄(Kaohsiung)で、台北から
国内便に乗り換えて飛行機で行った。
現地での仕事先は台湾アルミというアルミニウム製錬会社だった。
ご存じの方も多いと思うが、アルミニウムの製錬には大きな電力が必要で、
台湾アルミではMANのディーゼル発電プラント(確か1万Kwくらい)を10基
設置したのだけれど、そのディーゼル・エンジンに当時Edが勤めていた会社
の舶用ターボチャージャーが装着されていた関係で、その据え付け工事に
行ったわけである。
華王飯店というホテルに数週間から1か月ほど滞在して、MANのエンジニア達
と一緒に毎日発電所へ通った。工事が終わるまで小1年かかったから、その間
合わせて4、5回台湾へ飛んだ。
高雄の街を走っている車はボロボロの日産ブルーバードとトヨタ・コロナのタクシー
が殆どで、アルミ会社から毎日迎えにきてくれる車は1950年代のヴィンテージ・
カーの様なアメ車(フォード?)だった。
その当時台湾で50才以上だった人たちは殆ど皆流暢な日本語を話したから
仕事上でコミュニケーションに困ることは全くなかった。その上親日的で日本人
にとても親切だった。
台湾アルミでEdが一番お世話になった人に、課長の呂同徽さんがいた。
彼によると、戦前日本の統治下にあったころは教育も町のインフラ整備も行
き届いていてそうで、今よりよかったと当時を懐かしむように話す。その頃の
区画整理のお蔭で高雄のは道路が碁盤の目になって整然としている、と誇ら
しげだった。
戦争で近隣諸国に迷惑をかけたという認識のEdとしては、何やら少々こそば
ゆい気がした。
台湾はまた日本にはないフルーツの豊富なところである。ライチー、マンゴー、
パパイア、パイナップル、ドリアンなどいろいろあり、なお且つ安価である。
中でも一番気に入ったのは熟したマンゴーとライチー。八百屋さんで数百円
出せば山ほど買え、ホテルに持ち帰って部屋で飽きるほど食べた^^!
休みの日は街中を散策した。あるとき川沿いのスラムのようなゴミゴミした
路地に入り込んだ。そこでは生きた蛇、スッポン、鶏など売っていて、見て
いたらその場で裁いた蛇の生血や胆をたべさせていた。好き嫌いのない
Edだけれど流石にそういうゲテモノには食指が動かなかった^^!
あとで会社の人に話したら、あそこにはあまり近づかない方がよい、と言わ
れた。知らない者が行くのは危険な場所だったらしい。呑気なEdは、しかし
なにも危険は感じなかったけれど・・・
その後、勤めが変わって台北には何度か足を運んだけれど、高雄は訪ね
たことがない。新幹線も走ってることだし、高雄は随分変わったろうと思う。
いつかまた高雄へ行ってみたいものである・・・
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