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ブリュッセルでベルギー独立革命を思う




2日からベルギーの首都ブリュッセルへ来ている。

イングランドのヒースロー空港から飛行時間40分。
普段は車でブルージュ入り(夫の実家がある)するので、ブリュッセルのザヴェンタム空港を利用するのもブルージュに住んでいた時以来。

イングランドへ引っ越してもう早10年。早い、早すぎる...




晴れ女は太陽をイングランドから一緒に連れてきたので(笑)、昨日も今日も、そして明日も晴天。

在ベルギーの友人と、これまた久しぶりに「世界で最も美しい広場」グラン=プラス周辺を歩き回ってみた。
何度来ても、いつも「おおおおーっ」と声を出してしまいそうになる、聖遺物箱のように美しい広場。




一方で、ブリュッセルは一部地域で再開発が進みすぎている印象だ。

わたしがベルギーに住んでいたころ、盛んに工事が始まっているな、と感じたが、これがその結果なのね...と。
特にEU本部(下写真)のあたり。




ヨーロッパでよく見られる、昔の美しい建物のファサード(外壁)を残して内部だけを現代にマッチするよう改築する方法を取るのではなく、とにかく取り壊して更地に新しい建物をバンバン建ててしまった感じ...
そりゃその方が時間も費用も比較的低く抑えられるだろうが、一度壊したものはもう元には戻せない。

ブリュッセルの問題は、誰もこの街の中心エリアを「自分が責任を持つコミュニティ」ととらえず、愛情をかけず、経済だけがその利益を目指して「今、ここだけ、自分だけ」の精神で走り続け、その結果、調和のない街並みになってしまったところにあるのでは...


......


グラン=プラスの側にあるモネ劇場=ベルギー王立歌劇場(下写真)は、1830年のベルギー独立革命の舞台となった。




そもそも1830年フランスで起きた7月革命は、他のヨーロッパの国々でもナショナリズムを刺激し、啓蒙思想を広げるきっかけとなっていた。

フランス・オペラ『ポルティチの啞娘』(La Muette de Portici)が、モネ劇場で開催された夜、テノール歌手の歌う"Amour sacré de la patrie"「祖国への神聖なる愛」は観客の愛国心に火をつけ、暴動が起こる。公演終了後、暴徒化した観客を中心に人々が集まり、政府の建物を占領したという。

この出来事から分かるのは、「国民国家」「領域国歌」という枠組みが、比較的新しい人工の概念であり、西欧列強の都合にすぎないということだ。

事実、ベルギー人は今でもベルギー人というアイデンティティよりも、フラマンやワロンといった意識の方が強い(たぶん・笑)。




ウクライナ侵攻も、「領域国歌」という概念があるからで、理想的な社会はボーダーがなく、人が自由に行き来できる「イマジン」の歌詞のような世界だと言う人もいる。
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