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河童の歌声

歌声喫茶&キャンプ&ハイキング&写真&艦船

労働作曲家・荒木栄

2016-09-14 07:55:18 | 歌声喫茶
長編音楽ドキュメンタリー「荒木栄の歌が聞こえる」予告編


昨日の歌声喫茶・国立うたOH会は、
九州の労働作曲家・荒木栄・特集でした。

歌声喫茶で、荒木栄はとても人気がありますね。
荒木栄特集というだけで、それを目指して来る方もかなり居ます。

私も勿論、荒木栄の歌は大好きで、
前に出て唄いたくなる歌が、本当に多いですね。

2008年製作の「荒木栄の歌が聞こえる」というドキュメンタリー映画を観たのは、
2009年9月12日、現在の「町田のうたごえ広場」の会場でした。
その日から町田の歌声喫茶が、確か始まった様な・・
2009年というと、私は歌声喫茶にはまってまだ間もない頃で、
荒木栄という作曲家の何たるかは、全然分っていなかったのでした。

荒木栄という人がどういった人なのかを調べてみると・・・

1924年10月14日~1962年10月26日(享年38歳)

三井鉱山で働いていた父の家の、10人兄妹の三男として、
福岡県大牟田市に生まれる。
三井三池炭鉱の機械組立工として働く、労働者、作曲家でした。
1959年に始まった、三池争議の中で、多くの労働歌を作曲。
荒木栄は、本当は音楽家になりたかった様です。

20歳ころから、独学でハーモニカやバイオリンを学ぶ。
23歳・・戦死した兄の妻(ひさえ)と結婚。
     また、キリスト教の洗礼を受ける。
25歳・・作曲を始める
30歳・・胃を手術
35歳・・共産党に入党
37歳・・胃を手術
38歳・・その5ヶ月後に逝去

深浦のブンブンさんのホームページ(おけら)によると、
荒木栄の作曲した歌は75曲ありました。

そんな中でも、
沖縄を返せ・・がんばろう・・心はいつも夜明けだ・・
この勝利ひびけとどろけ・・(組曲)地底の歌・・仲間の歌・・
花をおくろう・・星よおまえは・・我が母の歌・・

彼の名曲は実に多く、そして歌声喫茶の仲間達は、
みな、そういった歌になると生き生きとして高らかに唄うんですね。
私も前に出て唄う時には、心から大きな声で唄います。
そういった時って、本当に楽しくワクワクしてきます。

38歳とは、あまりにも早すぎる死でした。
もっと普通に生きていたら、一体どれほどの名曲が生まれていた事か。
まだまだ、彼の歌は一部の人にしか知られていませんが、
実に勿体ない気がします。
日本の音楽の世界にとって残念な事です。
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仙台ロシア合唱団・第3回演奏会

2016-09-12 08:30:44 | 歌声喫茶
16.9.11.カチューシャ・仙台ロシア合唱団


仙台ロシア合唱団の第3回演奏会に行って来ました。

その前日に歌声喫茶・仙台バラライカに25回目の訪問。



JOYさん夫妻は前日からの仙台入り。
横浜から、歌声喫茶「星と涼風」の
石原さんと星さんが来るとの情報は得ていましたが、
行ってみると、青森・深浦からブンブンさん夫妻が既にいらしていました。
ブンブンさん夫妻とは個人的に付き合いの長い、
神奈川県・綾瀬市からの田戸さんも・・・彼女とお会いするのは数年ぶり。

さて、翌日の午後からはいよいよ
「仙台ロシア合唱団・第3回演奏会」

仙台駅から地下鉄南北線で6駅目の「旭ヶ丘」駅下車。
駅からすぐの、日立システムズホール仙台コンサートホールへ。
駅を降りると森の緑が視界いっぱいに飛び込んでくる、
何とも幻想的で素敵な、首都圏ではまず見られない駅風景。



私達は、その日に横浜から新幹線でやって来た吉原さんと合流し、
駅ビル内で昼食を共にしたのですが、
吉原さんは数年前の久留里の歌声喫茶に行った時の再現をしてしまったのです。

(財布を紛失!!)

何せビンボー人ですから、色を失くし、まさに顔面蒼白。
やだね~、ビンボー人って・・・
仙台駅のJR紛失物センターに行ったら、財布があったのです。
あまりにもあっけない幕切れに、私も拍子抜け。
新幹線で落としたのを、清掃作業員が発見したとの事。
乗った新幹線がたまたま仙台止まりで本当に良かったね。
これが青森だ盛岡だったら、受け取りに行く羽目に・・ラッキーでしたね。

それにしても財布紛失の2回ともエリカさんが居たんです。
彼女は吉原さんにとっては(幸運の女神)なんですね。

旭ヶ丘駅に降りると、久留里の歌声の羽鳥さん夫妻が同じ電車でした。
会場に着くと、既に100人くらいの人が行列を作っていました。
仙台の観光に行った、石原さんと星さんの席も確保して、
私達は7人で並んで座る事ができ、ホッとしました。



それにしても素晴らしい会場で、802席の定員は殆ど満席でした。
演奏会は、私には久しぶりに「いい音楽を聴く」という感覚があり、
そういった感覚というのは、実に幸せなんですね。











東京からは「東京バラライカ・アンサンブル」といった実力と伝統のある団体の
共演もあって、普段はまず見られない演奏は、
私には心地よい響きで感激しました。


演奏後の(打ち上げパーティー)は場所を移し、
仙台駅近くの大きなビアホールに、100人以上の方々の出席で行われました。



合唱団の団長さんの挨拶などもあり、
多くの合唱団員も、演奏会の大成功に心から、
その歓びを発散し、満たされた(いい顔)をしているのを見ると、
私達も同じ思いで、とっても嬉しく感じました。

遠くから仙台に来た人達などは、三々五々引き上げて行き、
私達も8時過ぎの新幹線で帰路に着きました。

帰宅したのは午前様に近かったのですが、
本当に素晴らしく、楽しい思い出の仙台行きとなりました。

仙台ロシア合唱団の方々、歌声喫茶バラライカの方々、
そして、お会い出来た色々な方々、皆さんに感謝します。

本当に素晴らしい時間を、ありがとう。








コメント (4)
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今日は、いざ仙台へ突撃~ッ!

2016-09-10 07:20:17 | 歌声喫茶
今日は、いつもなら大好きな「町田広場」の歌声ですが、欠席。
何故なら仙台バラライカに25回目の突撃だからです。

千葉のJOYさん夫妻は前日からの仙台入り。
今日は私達だけかと思ったら、
横浜の歌声喫茶「涼風」の石原さんと星さんもバラライカ入りとの事。
嬉しいですね~。
私は、こ~いった(キレイどころ)が大好きなんざんすね。
彼女達とバラライカでご一緒になるのは、初めての事。

そして、明日は・・・
これが本来の目的であるのですが、
「仙台ロシア合唱団」の第3回演奏会があるのです。

実は6月25日(土)に、新宿ともしびに、
仙台ロシア合唱団の事務局長・渡辺さんがいらしたのです。
私達は彼とは仙台バラライカで何度となくお会いしてますので、
「やあやあ」という感じで挨拶を交わし、お話しなどしました。

その場の雰囲気で、来る9月11日の、
「仙台ロシア合唱団・第3回演奏会」のチケットを買う事になったのです。
でも、私はネットで「仙台ロシア合唱団」が(いいぞ)という事を、
知っていたので、期待をしているのです。

ともしび店長(斎藤さん)のブログで、
仙台の渡辺さんが、実は昔、ともしび合唱団の団長をやっていた事を知り、
これにはかなりビックリしました。
渡辺さんは転勤で仙台に行かれたそうで、と言うか、
渡辺さんは元々が仙台の出身で、東京が仮の姿だったという事です。

そんなこんなで仙台に私達は行く訳ですが、
本当に「仙台ロシア合唱団・第3回演奏会」には大いに期待しているのです。

それで、翌11日になると、
今度は日帰りで、タイチョーこと吉原さんが横浜から、
千葉からは久留里の歌声で写真を専門に撮っている、羽鳥さんも来るそうです。

何でも吉原さんは、演奏会はど~でもよく、
打ち上げだけが楽しみで来るという、不純な奴なんですね。
(実はね、私も打ち上げだけが楽しみで行くんですよ、
仙台ロシア合唱団の団長・三橋さんには内緒ね)


先日、ともしびに行ったら、
司会者である、あの山男の中西さんから声をかけられました。
「河童さんのブログ見てますよ」と。
何でも中西さんは「月刊ともしび」に毎月コラムを書いていて、
今度は「希望のささやき」について調べていたら、
私のブログ「河童の歌声」にたどり着いたそうです。

それで、テーブル上に置いてあった「月刊ともしび」を読んでみたら、
ある歌についてのうんちくが中西さんの手で書かれていました。
こういった真面目な記事というのは、実に大変だと思います。
久留里の歌声の「月刊コロブチカ」を書いているのは、勿論JOYマスターですが、
これは毎回読んでますが、
キチンとした確証に基づいて書くというのは、実に大変なんですね。

「河童の歌声」は、私のまるでいい加減なコメントばかりなんですが、
これをキチンとした確証に基づいて書けと言われたら、
私は完全にオシャカです、書けません。

中西さんといい、JOYマスターといい、
彼等みたいな生真面目は、私には無い物ねだりなんですね。

そんな訳で、話が少しずれましたが、仙台に行くのです。
行った事が無いという方は、一度は仙台バラライカに行きなさいね。

「バラライカを知らずして歌声喫茶を語るなかれ」なんですね。
俺なんか25回なんだもんね!
歌声喫茶を語りまくっていいんだもんね!

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敷金を取り戻す

2016-09-09 14:35:49 | 日記
もう20年以上前の話です。
マンションの敷金30万円を取り戻した事があります。

元妻と新婚生活を始めたのは、町田市のワンルームマンションからでした。
いくら何でもワンルームじゃ話になりませんから、
相模原市の賃貸マンションへ引っ越しました。

そのマンションの所有者は東京の業者で、
他にもいくつも賃貸物件を所有する株式会社でした。

しかし、私達の借りたマンションは地元の不動産屋が管理を任されていました。
賃貸契約を結ぶ為に、その不動産屋に行った時はビックリしました。
まるで、ヤクザの事務所に素人が紛れ込んでしまったみたいな気がしたのです。

社長は50歳代の女性ですが、見るからにやり手ババアむき出し。
頭の中には(金)しか無いといった顔。
他の社員は3名くらいの男性が居た様ですが、
そいつらが、まるでヤクザみたいで、
「まったく何て不動産屋に俺は来ちゃったんだ」と思ったものです。

契約書を書きながら、私は思いました。
「こりゃいざ退去の時にはひと悶着ありそうだな」と。

そのマンションには5年以上住んで居ましたが、
訳あって転居する日が来ました。

そして、不動産屋から受け取った書類には、
色々な所が痛んでいるので、敷金はその全部が戻らないと。
その内訳を見て、私は感じました。
「こんなの、その殆どが嘘っぱちだ」と。

確かに子供が生まれたりしたが為に痛んだ箇所は当然あります。
しかし、畳は新品に取り換えるから・・・
私達が入居した時から、畳は古いままで痛んだ畳だったのに、
前の居住者からも、畳の代金を受け取っている筈なのに。
こんな見え透いた嘘をぬけぬけとよく言えるものだよ。

その時点で、私は「こりゃやるしかない」と思いました。
しかし、法律にはまるで素人の私が、最初に何をすればいいのかも分りません。
そこで思い浮かんだのは「借家人協会」でした。
それは、横浜の東神奈川にありました。

男性が一人しか居ない事務所に予約電話をして出かけて行きました。
そこに任せるという選択肢もあった様ですが、
それよりも、私自身があちこちと動いた方が早いと言われそれに従いました。

あまり昔の事なので、正確には覚えていないのですが、
マンション所有の会社の本社が東京にあるという事が分り、
その登記簿を見る為に杉並区の登記所にも行きました。
そういった場所というのは、みなプロの人達くらいしか来ない感じで、
私みたいなド素人は、右往左往するばかりで、本当に疲れました。

消費者センターなんかにも行った事がありましたね。
電話はあちこちに、ずい分電話しました。
一体どこへ行けばいいのか、分らないのですから本当に効率は悪かった。

そういった効率の悪い作業を続けていって、
やっと結末を迎える日がやって来ました。
場所は、霞が関の家庭裁判所。

こちら側は勿論私が一人だけの出席。
あちら側は賃貸会社の若い社員が二人。
簡易裁判があり、
判決は「賃貸会社は私に敷金30万円を支払うこと」!!

その瞬間、私は心から「ヤッターッ!」と快哉を叫びました。
あの、ゴウツクバリの不動産屋のババアに負けてなるかの一念でした。
欲の皮の突っ張ったその顔を思い浮かべると、
彼女に打ち勝った事が本当に嬉しかった。
そこに至るまでの道のりは9ヶ月。
でも、法律のド素人がよくここまでやれたものだと、自分を誉めました。

私はそのマンションのユニットバスに24時間風呂という機器を取り付けたのですが、
それはユニットバスの壁の部分にドリルで穴を開けないと取り付けられないのです。
で、開いた穴はどうしたか?
ホームセンターで買ってきたボンドみたいな物でごまかしたのです。
私はそういった工作は結構好きなんですね。
あこぎな不動産屋め、ザマー見ろッ!

戻ってきた30万円は、元々は自分のお金ですが、
事を構えなかったら戻らなかったお金。
何だか(棚から牡丹餅)的なお金は、本当に使いでがありました。

世間には袖の下とか、賄賂とか、
棚から牡丹餅の、言わば汚い金に潤う輩も沢山いますが、
そういったお金が、如何に美味しく、使い出があるかとつくづく感じましたね。


これは、後日談ですが、
私みたいに回りくどい方法を取らなくても、
不動産屋にその認可を与えている県庁だかに、
「あの不動産屋は敷金を返さない」と訴えれば、もっと簡単に事は済むみたいです。
と言うか、不動産屋に「認可許可を出している役所に訴えるよ」
と言えば、不動産屋は驚いて、こっちの要求を呑むみたいです。
だって、不動産屋は認可を取り消されたら、それでオシャカになってしまうんですから。
・・・その先は専門家にお任せします。




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本屋さん、スゴスゴ日記

2016-09-07 15:04:24 | 日記
今日、カメラの修理が終わったというので受け取りに行きました。

駅前にあるATMで大金を引き出し(いつも通り)、
駅舎の2階にある本屋さんへ行きました。

あまり大きな店ではありませんが、それでも(本屋)と名乗ってるんですから、
一応は(本)など売っている訳です。
私はいつも本屋さんに行くと、悩むんです。
こんな本だらけの中から、俺は一体何の本を買ったらいいんだ?と。

別に、これという本を目当てに行った訳ではないので、
いわば(出たとこ勝負)で買わなきゃならない訳です。
というか買わなくたっていいんだよ、って選択肢だってありなんですね。

「ヤイヤイ買うのか買わないのかハッキリしやがれってんだッ!」
何か背後からそんな声が聞こえてくる様な気もするんですね。

実用書を買うのか、頭を純粋にして哲学書でも買うのか?
はたまた最近ちまたで流行っているらしき本なのか?
文学に打ち込んで、心の洗濯をした方がいいのか?
それとも、余計な知識に惑わされずに、
エイヤーッと自分の世界から全くかけ離れた本に走るべきか?

それにしても、色んな奴らがこれでもかッってくらいの勢いで、
訳の解らん本など書きまくるもんだから、
その選択をする人は、たまったもんではなくなる。
こういった場合、むしろ(エロ本)なんかの方がいいよな。
目的が実に簡単明瞭だから、選ぶのも早かったな。

そ~でもね~か。
たかがエロ本されどエロ本とも言えるよな。
生きるか死ぬかくらいの選択肢に悶え狂った事も思えばあったしな~。
若いって素晴らしかったよな~。
今や、もはや、そんな馬力は雲の彼方に飛んで行っちゃったんだよな~。

お~っと、話がそっちへ行っちゃったんで、
つい本来の目的からかけ離れてしまって失礼。
でね、本の話だった筈でしたね。

過去には、こだわった作家などいた時は、
その人の本ばかり買ったりしましたが、
もっと違う作家、知らない作家の本も開拓したいし、
かと言って、では誰の本にするのか決定が出来ずにウロウロするばかり。

結局は、いわば本来の本とは言えない実用書を買ってしまったり、
何も買わずに(買えずに)スゴスゴとうつむきながら本屋さんを後にするのです。
今回は多少の買い物をしてホッとしましたが。

その足で本来の目的のカメラ受け取りをして、
その帰りがけに(酒)の看板に吸い寄せられ、
またまた一升酒など買ってしまいました。
家に帰ると、エリカさんから「また買ってきっちゃったのね」って言われるんだよな~。

で、家に帰るとやっぱり、言われちゃった~(笑)




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