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河童の歌声

歌声喫茶&キャンプ&ハイキング&写真&艦船

船でしか行かれない最後の秘境宿

2016-02-09 06:02:53 | 旅行
「船でしか行かれない」とか「日本最後の秘境」だとか、
あおり文句で知られる、富山県の大牧温泉に行って来ました。

「日本最後の秘境」というと、
北アルプスの「雲の平」もそう言われますね。
そこに行くには、徒歩しかなく、それも2日かかるのですから。

私はそんな場所は全く知らなかったのですが、
エリカさんが何年も前から一度は行ってみたかった場所だと聞き、初めて知りました。
最初「船でしか行かれない」というので、てっきり海だと思ったら、
日本海に注ぐ(庄川)というちっぽけな川だったので、
「何で~?」と意外に思いました。



これが、大牧温泉観光旅館の全景です。



そこに行くには、この船で行くしかありません。



旅館前の玄関口で・・きれいな雪景色でした。



部屋の窓からは、目の前に庄川の流れが・・雪がちらついていました。



寒い日だったので、木の枝につららが下がっていました。



この旅館は「船でしか行かれない・・」が有名で、
テレビのサスペンスドラマの舞台になる事も多いとかで、
廊下の壁には沢山の芸能人の色紙と写真が飾られていました。



男性用の露天風呂。
私は雪の中を、こんな風呂に入る気なんて、更々ござんせん。



食事は、庄川を見ながらです。



帰りの船からは、旅館の仲居さんたちが勢ぞろいでのお見送り。
いや~、嬉しいじゃございませんか。


夕食時にふと見ると、あちらの方に、若い女性が独りでの夕食。
何だか気になって気になって・・
あれは、ひょっとすると(センチメンタルジャーニー)・・いわゆる傷心旅行ってやつか・・?

これは男として捨ておけん!
エリカさんが風呂に入ってる隙に、何とかせにゃならんか。
と、こちらの思惑など知らない彼女は、さっさと食事を済ませて部屋に行ってしまったのです。

ん~ん、俺はこんな事で果たしていいんだろ~か?

翌朝、その彼女と出逢いました。
胸に名札をぶら下げて「は~い、皆さま今日はとっても良い天気ですね」とか言って、
要するに(旅行会社の添乗員)だったのね。ガックリ!



帰りは路線バスで高岡駅に出て、軽い観光に・・
駅からは、雄大な立山連峰が真っ白い雪をかぶって、神々しく輝いていました。


雪を見にどっかへ行きたい。
そういった発想から始まった今回の旅行。
私の全く知らなかった場所へと行ったのですが、
まだまだ知らない場所というのは、あるんですね。
そう言えば(高岡)という町も全く知らない町でした。

駅前で、ソバを食べたいと行った店は、イスこそあれど何と立ち食い形式。
こんなのイヤだよ、さっき見た駅の反対側の店にしようよ、
あそこだったら、創業○○年とか書いてあったから、いわゆる老舗だよ。

と、行ったらね・・そこもイスのある立ち食いソバ屋だったんです。ガクッ!
同じじゃんか、どっち側に行っても同じじゃんかよ~ッ。
高岡ね・・いい町でしたね(笑)
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被災地・南三陸町へ行ってきました

2015-12-28 22:41:27 | 旅行

南三陸町志津川高校から見た津波の様子 Tsunami attacking in Minami-Sanriku





仙台から前谷地までは電車ですが、そこから先は電車路線の復活は失われバスによる、BRT方式になりました。



撤去か保存かが問題になり、結局20年間は保存する事となった防災対策庁舎。
ここの2階で、新婚だった24歳の「遠藤未希さん」は、町民に防災無線で非難を叫び続け、命を落としました。
津波は屋上を越える事2メートルまで達し、約50名中で助かったのは10名程度だったそうです。



上の動画は、この志津川高校から撮ったもので、まさに壊滅の状況がはっきりと感じられました。



志津川湾の写真左側から来た津波は、右奥の志津川繁華街に進むほど、幅を狭め、3本の川に沿って、
どんどんと、その高さを上げていったので、より被害が大きくなりました。




民宿・明神崎荘の夕食。
茶碗蒸しの味が甘かったので意外な気がしましたが、翌朝たまたま観たテレビが地元・宮城県の番組だったので、
あちら方面の茶碗蒸しが甘味なのを知りました。



民宿からの朝焼け。



本来はJR気仙沼線の志津川駅だったのですが、鉄道の復活はあり得なくなってしまい、
バスによるBRT方式となった為に、駅舎もこの様な形態となりました。



被災前の南三陸町全景。



被災後の南三陸町全景。
まさに壊滅・全滅。南三陸町は面積が狭い繁華街だったのですが、その全てを失ってしまいました。



このピラミッドは、町全体の盛り土をする為に蓄えてある土です。
町は人が歩ける状態ではありません、町中が工事現場そのものとなっていました。



町民の姿を見かける事のできる場所は、この仮設商店街くらいでした。



以前は電車が走っていた鉄道路線は、バスが走る為の道路にその姿を変えていました。



歌声喫茶・仙台バラライカの今年最後の歌声と、翌日の忘年会に行く為の旅行だったのですが、
エリカさんが南三陸町で、命を賭けて避難を呼びかけ、結局その使命感ゆえに命を落とした、
遠藤未希さんの場所を見たいとたっての希望があり、一日早くの宮城県入りとなりました。

今迄にも、石巻、気仙沼などの被災地を、日本人として見る義務があると訪れましたが、
今回の南三陸町は、それら二つの場所と違って面積が狭く、それゆえに壊滅度が大きく感じられました。
この狭い町で800人くらいの方が死者行方不明者となりました。

遠藤未希さんが命を落とした防災対策庁舎の前には、
献花台があり、手を合わせると、こみ上げるものがありました。

私は歌声仲間たちにも言っているのですが、
津波の被災地を見に行って欲しい、日本人なら絶対に見るべきだと思っています。
戦後、2万人に達する死者が広範囲に散らばった事など初めてです。
こういった私達日本人が住む故郷が、自然災害とはいえ、その姿を大きく変え、
そこに住む人たちの心を変えていかざるを得ない現実に目を向けるべきだと思うのです。

初めて被災地に行ったのは、石巻でした。
ですが、「被災地を見に来た」の言葉を地元の人に言えなかったのです。
あまりにも不謹慎だと思っていたからです。

ですが、後日になって被災者たちは「自分たちの現実を知ってほしい、見てほしい」と、
思っていた事を知りました。
そして「色んな事を自粛する事だけは絶対にやめて欲しい」と言っている事も知りました。

私達の様な(よそ者)が被災地をウロチョロするなんて・・・
でも、誰も歩いていないより、誰であっても歩いている人の姿があるだけで、
それだけで、被災者たちは少しでも励みになるのです。

タクシーの運転手さんが連れて行ってくれた「大森食堂」では
コーヒーをご馳走になり、話を伺ったりしましたが、ありがとうございました。お元気で。

皆さん、被災地に行きましょう。
被災地に行って、少しでもお金を使いましょう。















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八ヶ岳倶楽部へ行ってきました

2015-11-23 06:42:45 | 旅行

秋の八ヶ岳倶楽部


八ヶ岳倶楽部というのは、
俳優の柳生博さんが、山梨県の八ヶ岳南麓に、
家族と共に作り上げた庭園です。












そもそもは、1976年(柳生さんが39歳)の時に
八ヶ岳に入った事から始まりました。
その経緯については、まだよくは知らないのですが・・・

そこからは奥様や男の子2人と共に、樹木を伐採したり、
反対に木々を植えたりし、線路の枕木を置いたりして、
美ししくも自然さの感じられる庭園にと少しづつ作っていったのですね。

 

これは、八ヶ岳倶楽部の名物(フルーツティー)です。

奥様の考案だとかで、とても美味しかった。

柳生さんの長男である「柳生真吾」さんは、
NHK「趣味の園芸」の司会を8年間務めた園芸家としても有名でしたが、
今年5月に47歳の若さでガンで逝きました。

その事がきっかけとなって(八ヶ岳倶楽部に行きたい)と思ったのですが、
中々チャンスがなく数か月後になってから、ようやっと行けました。

まだまだ柳生博さんの心の傷は全然癒えてはいないと思います。
それどころか、最愛の息子さんに先立たれた悲しみは、
増しているのではないのでしょうか?

今から20年くらい前のテレビで、
柳生さんが他のスタッフ達と共に、山に登り御来光を見る、
といった番組があり、
一泊くらいしたのだったか、頂上に立ち御来光を眺める柳生さんは、
涙を流していたのを観て私は感動した事があります。

「あァ、この人って本当にいい人なんだな~」と。
それ以来、私は柳生博さんのファンになったのです。

庭園を散歩し、樹木の状態を確かめながらの柳生さんに
無理を言って一緒に写真に収まってもらいました。



私と同じ身長(175センチ)の筈の柳生さんは、
お歳のせいか、立ち位置の関係か、ずっと小柄に感じられました。

何か気の利いた言葉で話しかけたかったのですが、
まるで話らしい話も出来ずに、それでも一緒の写真を撮らせて頂いただけで感激しました。
きっと心の中では、息子さんの事で淋しさがいっぱいなんでしょうが・・・
本当に素敵な方ですね。



泊まりは私は、ほぼ20年ぶりのペンション。
清里駅から数キロにある「カスケード」という家でした。
エリカさんは、ペンション初体験でした。

天気予報を心配して、一日前倒しの旅となりましたが、雨にはならずに、
また、清里駅近くの「萌木の村オルゴール館」では、
重さ2トンもある、自動演奏オルゴールをバックに、
大森たつし、という方の素晴らしい演奏を聴く事ができ、
この演奏の素晴らしさは感動でした。
大森たつしさん身長に合わせて造られたという、重さ350キロの大きなマリンバ。
その低音部の音は、今まで聴いた事もない音色で、それは凄かった。







今週の土曜日の10時05分からNHKで、 38年前の「減点パパ」の番組を再放送するそうで、 この番組をきっかけに、八ヶ岳への移住が始まったそうです。
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北海道旅行を振り返って・・

2015-07-09 18:05:55 | 旅行
今回の北海道旅行を振り返ってみると、
まず、何で(北海道)だったのか?に至るのですが、
私が46都府県踏破達成をしたのは、もう30年以上前だったのに、
残り(北海道)だけがいつまで経っても残っているという気持ち悪さがありました。
多分そうだったんじゃないのかな~???
それと、今行くなら梅雨の無い北海道が最適だとも思っていました。

まあ、どっちにせよあまり何が何でも北海道とかいう気はありませんでした。
ですが、去年の宮古島がそうだった様に、
私は、ある日突然に「行きたい」と思っちゃうんですね。
そう思ってからはアレヨアレヨでした。
具体的には経験者であるエリカさんが、見物コースのアウトラインを決めてくれました。
私は未経験者であるが故に、距離感がまるでつかめなくエリカさんにお任せでした。

旅行会社に行くと、
まず札幌を起点に旅行を始めるか、札幌から帰路に着くかの選択肢があったのですが、
これは混雑具合から札幌を起点に始めるしかありませんでした。
となると、当然、帰りは釧路に決定しました。



以前から北海道を回るには車がベストとは聞いていたので、
当然ながらレンタカーを借りたのですが、
思うのは、カーナビが如何に最高の道具なのか・・という事です。
カーナビがもし無かったら、助手席のエリカさんは、
地図と首っ引きで景色を楽しむ余裕など、まず無かったでしょうね。
彼女は助手席で半分は寝てたのですから。
私は、カーナビはアメリカの航空宇宙局(NASA)の開発だとばかり思っていたのですが、
それを使い易く具現化したのは、実は日本の技術だった事は、最近になって知りました。
カーナビは音声案内があるので、特にナビ画面を見ずとも心配ありません。
ナビがあればこそ何の心配も無く心から北海道を楽しむ事ができたのです。
本当に素晴らしい!

今回、私は数えきれない程の車を追い越しましたが、
私を追い越した車は一台もありませんでした。
だって、高速道路じゃなく、一般道路で150キロを出せるなんて、
北海道以外では、まず絶対にあり得ないでしょうね。
それでいて、特に危険意識が無いんですから、凄いですね~北海道は。
でも、人の住む気配がする場所を感じると、ネズミ捕りには気を使いましたけどね。

しかし知床半島のウトロから釧路までをナビを入力したら、到着予測タイムは4時間10分だったのに、
結局2時間30分で着きました。
予測タイムを1時間40分も縮められるなんて、北海道って便利でいいな~。

ひとつ思うのは「北海道の車のスピードメーターは本土の6割でいい」です。
つまり、100キロというのは、本土の60キロにしか感じないのです。
150キロ出していても、それはつまり90キロ程度にしか感じないのです。
ですので、60キロとかで走っている車を見ると「バカかッ」なんですね。
時速36キロで走る奴が居るかよ~!
せめて50キロ(84キロ)は出せよッ!
直線道路の長さと、多さにはビックリしました。


学生時代に3人の北海道出身者が居ましたが、
彼等は結局、全員が北海道に帰ってしまいました。
こっちに来て肌で北海道を感じてみると、彼等の心情が少し判る様な気がします。
私も、自分が北海道出身だったら、きっと戻った様な気がするのです。
だって、本土のせせこましさに比べ、北海道は・・違うんだな~。

ずい分昔、吉村昭の「羆嵐」というドキュメンタリー小説を読んだ事があります。
日本に於ける獣害史上最高の犠牲者を生んだ、100年前の実話です。
一旦人間の味を覚えたヒグマが繰り返しを襲い、7人の犠牲者を生みました。
そのヒグマは身長270センチ・体重380キロの怪物だったのですが、
もっと大きいのは身長300センチ・体重500キロとかが居るそうです。
1970年には福岡大学ワンダーフォーゲル部の5人が日高山脈に入り、
そのうちの3人がヒグマの犠牲になりました。
彼等はヒグマの何たるかを全然知らずに無知でした。
九州の人だからだったんでしょうか?

野生のヒグマに観光客が気軽にソーセージを与えた事があったそうです。
そのヒグマは、人間はエサを与えてくれる重宝な存在、あるいは友人なんだと認識してしまいました。
彼女(それはメスのヒグマだった)はエサを求めてどんどん人の住む世界に入ってくる様になりました。
遂に小学校にまで入り込んで来る様になってしまったそうです。
彼女の存在を危惧していた人は、遂に最終的手段を強硬するしかなくなりました。
射殺。
涙ながらに引き金を引いたそうです。
たった一本のソーセージ、その気軽な行為が彼女の運命を変えてしまったのです。
【自然のものは自然のままにしておく事】
それが人間が守らなければならない鉄則なんですね。


知床五湖を巡る観光周回路があるのですが、
ガイド付きのコースは誓約書を書かされ料金を支払って行きます。
私は無料で、かつ安全な高架木道コースを行きました。
無料なだけに五つの湖全部を見る事は出来ずに、そのうちの一湖しか見る事はできません。
有料ガイドが付いているからと言って、彼らは猟銃を持っているでもなく、
少なくとも熊撃退スプレーくらいは持っているでしょうが、
ヒグマと遭遇するかもしれない、あの危険なルートは止めた方がいいと、
私は思います。事故に遭ってからでは遅いのですから。

私が北海道で一番見たかったのは、摩周湖でした。
前日まで曇っていた天気も、その日は快晴になり素晴らしい景色を見る事ができ、
本当に感激しました。
湖は人跡未踏(そこに下りる道が無い)らしく、それでいいんだと思います。
日本の中で、そんな湖が一つくらいあってもいいんだと思います。

美瑛という場所を私は全然知りませんでした。
これは経験者であるエリカさんが居ればこそでした。
美瑛の風景は、そこに至るまで苦節何年の様々な紆余曲折があった様です。

阿寒湖というと、何といってもマリモですが、
歌声喫茶の世界で、阿寒湖に新婚旅行に行って、結局は離婚したと語っている人を思い出し、
チョッと笑ってしまいました。
また、アイヌもあるのですが、
今回の旅行では、アイヌの人たちとの接触はありませんでしたが、
記念として高さ20センチくらいの男女ペアのコケシを買いました。

しかし、何処に行っても飛び交っている中国語の多い事にはビックリしました。
彼等は大体想像できる通り、あまりマナーが良くありません。
日本人と比べ、とに角声が大きい。
これは、中国人が何故そうなったのかという歴史があるのですが・・・
札幌で乗ったタクシーの運転手さんが言ってましたが、
東京などに行く中国人は電気製品など高価な物を爆買いするけど、
こっち(北海道)に来る中国人は、薬や化粧品など安価な物を爆買いするそうです。

初めて行った北海道。
これで全国47都道府県全踏破という記念碑ではありましたが、
旅というのは、行けば行ったで必ず(何か)を感じるものです。
今回の(何か)は少なからず大きなものだったと思います。
やはり本土とのスケールの違い・・これが大きかったかな。

ホテルにある使い捨ての髭剃り。
今回は全部で8本の髭剃りを頂戴してまいりました。
あのね、あれって実は使い捨てなんかじゃないんですよン。
一本で10回は確実に使えるんですね。
私なんかそれで、もう5年間は使い捨て髭剃り専門なんですよ。
この8本で、3か月間は使えるんですね。


いわゆる、「旅」と「旅行」は違います。
その違いが分からない人は「旅」をした事の無い人ですね。
「旅行」というのは、一言で言うと、ワイワイ騒いで楽しむ・・そんな感じかな。
でも「旅」は、自分の「心」との対話だと思います。
そこがいいトコなんですね。

今回の旅行は、「旅」的要素が強かったと思う反面、
「旅行」的要素もとっても強く、それは私には未体験のものだったのです。
やはり人間にとって「旅とか旅行」はすべきものですね。


さて、今度は何処へ行くかな~?




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激走1115キロ・北海道➄

2015-07-07 21:04:01 | 旅行


ホテル・グランディアの朝食・・高橋恵子さんと同なじ(シアワセ)



斜里町から知床半島に向かう、直線距離15キロの真っ直ぐな道、さすが北海道。



知床観光船・オーロラ号。
知床岬まで3時間半・6500円の大型船。
この船は冬には流氷観光船にもなるので、船首が氷を砕く砕氷船の形をしています。
これとは別に、同じく知床岬まで3時間・8000円の高速小型船があり、
こちらは船体が小型である分、小回りが利き海岸線にヒグマの姿を見る事もあるそうです。



カムイワッカの滝



カシュニの滝



観音岩・・一番右側にとても小さく見える岩が、造り物の様に観音様の形をしている。
その為に漁師たちが航行祈願をするそうです。



知床連山



これが「知床旅情」に歌われる知床岬。
切り立った断崖絶壁かと思いきや、意外に穏やかな造りです。



ウトロ港にある、森繁久彌の「知床旅情」の歌碑。



同じくウトロ港にある・・これにはびっくり「ゴジラ岩」
誰がどう見ようが、どこをどう取ろうがゴジラその物。



知床半島観光船の後にはこんな物を頂きました。
「知床岬視察証明書」・・ど~だッ、俺も捨てたモンじゃないんだぞッ!





釧路駅のすぐそばに釧路市民の食の市場「和商市場」というのがあり、
そこには(勝手丼)というのがあって、
まず、ご飯を買い、そこに自分の好みで刺身を選びご飯にのせてもらう。
まるで好き勝手なトコがいい。



さすがに新鮮な花咲蟹がいっぱい売ってました。



霧の釧路空港、よく霧の出る空港との事。



建物の中はやはり大型空港とは違いますね。



夜の10時10分に羽田空港に到着。
4泊5日の楽しかった旅はこれにて終了。

これで、私は47都道府県の全てに足跡を残す事ができました。
特に、県庁所在地は完全踏破です。
やろうとしてやったという訳ではありませんが、何となくいい気分。


エリカのひと言・・「だから何なのよッ!」
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