私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―大鳴竈会

2012-06-08 17:53:19 | Weblog
青さを一層に引き立たせたお山に、郭公がけたたましく鳴き渡っていき、長雨は細々とお山を濡らしています。林さまから日差しのお山の七化を教えて貰って以来、宮内を取り巻く周りのお山にも、それぞれの季節に従って、あの夕焼け時から漆黒の間に繰り広げられる『お山の七化け』と同じように、七化けがあるようで、小雪は、あれ以来、思えるようになっておりました。お気をはってお山を眺めています。萌葱、黄緑、緑、青と時々にその移ろう人の心にも似た色を見つけては、その都度、それを心の中で、新之助に報告するのでした。
 そんなお山を見ていますと、その青さの中にうすぼんやりと霞立つお山の中に、お喜智さま、新之助さま、林さま、高雅さま、私のお話しに流れるお涙を拭おうともせずにじっとお聞きくださった真木さま、お須香さま、それからおいでおいでをしているような母の姿までがそこに現れ出て来て小雪を驚かすのです。 
         みやうちのなつのおやまにふるあめを
                    ひとをおもいてながめくらしつ
 そんな言葉が自然と浮かび上がってくるのでした。「これってあの歌?・・・一度お喜智様にでもと思いながら、あの日は、林さまから言われた『歌でも習って見ないか』と言う言葉を思い出し、『まさか私が』とかぶりを2、3回小さく振る小雪でした。
 
 そんな梅雨の季節もあっという間に移ろい、夕凪の瀬戸内の夏がやってきました。その年は、何年ぶりとかの日照り続きとかで百姓たちを随分と悩ませています。その影響でしょう、この宮内でも、あちらこちらの井戸が涸れ、飲み水の確保にも随分と苦労をしているようです。今年の秋が思いやられると、この遊興地宮内でも、大変な騒ぎになりました。
 「この分なら、この辺りのお米も不出来で、それによって景気も悪くなり、あの明和の再来か」
 と人々を悩ませておりました。
 でも、人々が心配していた日照りも、夏の終わりの野分の影響で、思っていたより軽くて済み、皆、安堵の胸を掻く下ろします。

 そんな神無月の終わろうとしていた時分です。ひょっこりと、小雪の急難を救った片島屋万五郎が、久しぶりに、お粂さんの宮内に帰って来きました。
 万五郎の話によると、今、この山陽道随一を誇る遊興地宮内の大親分岡田屋熊次郎大は、全国津々浦々の大親分方を、この宮内に呼んで、「吉備津神社勧進興行宮内大鳴竈会」を、大々的に開こうと、もう2年越しになるのですが、その準備をしていると云う。そのために、熊次郎親分は、彼の四天王と呼ばれていた片島屋万五郎、柏屋彦四郎、櫛屋佐五郎、菊屋久造達を、日本各地の博徒の大親分に、その参加を呼びかけるために、全国に派遣していたのです。その途中で、たまたま立ち寄った京で、万五郎は、偶然に、大藤高雅と新之介殺害の場面に出くわし、この小雪を救いだし、忙しい最中を、はるばるこの宮内までわざわざ連れてきたのです。
 そんなこともあって、一年近い歳月を費やして、今、ようやく「大鳴竈会」の催しが、備中宮内で現実のものとなって、開かれようとしているのです。
 当時でも、博打はご禁制で、勝手には賭場を開くことはできず、若し違反でもしようものなら重い罰則が科せられていたのです。しかし、そんな中で、江戸末期、文久の頃のことですが、この宮内では、堂々と賭博場が開かれ、自由に賭博が出来ていたのです。全国でも例を見ない江戸幕府が直接に関与できなかった特別な博打場だったのです。それには、宮内の大親分岡田屋熊次郎の力によるところが大きかったのだと言われています。この岡田屋熊次郎が目を付けたのが、当時の尊王思想です。
 この文久という時代は、皇女和宮の将軍家茂に降嫁が行われ、江戸幕府の勢力が一段と衰退し、京都の天皇家を中心とした尊王思想が大手を振って独り歩きをしだした時代です。そこに目を付けたのかどうか分からないのですが、熊次郎は、これ又、どんな経緯があったのかもその辺りの事情は定かではないのですが、公家である京の九条家と深く関わり、その力をバックに、幕府の力の及ばないない特別な治外法権的な力をとりつけることに成功したのです。宮家の支配下ともなれば、まして九条家です。衰退してしまった幕府は、此の九条家の息のかかった岡田屋熊次郎の開設した博打場の取り締まることができなかったのです。だから、この宮内にある熊次郎の博打場は誰はばかることなく賭博が出来たのです。その力を誇示するかのように、当時、宮内にあった岡田屋熊次郎の支配下にあったすべての建物の入口には、京の九条家の家紋である「下がり藤」の暖簾が掛けられていたのです。なお、この時開設された宮内の大賭博場は「五四六」とよばれ、町内三か所にも作られたのだそうです。


 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿