私の町 吉備津

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吉備津神社の研修旅行

2007-09-18 08:07:26 | Weblog
 昨日、吉備津神社の氏子会の研修旅行がありました。毎年一回、敬老の日を当てているそうです。
 今年は、奈良の大神神社に参拝ししました。
 この神社のご神体は、その背後にある、美しいおにぎりの形をしたう三輪山で、大国主命が祭られており、その山自体が神聖な神殿をなしておるのです。昔から禁足地になって誰でも勝手に入ることの出来ないお山なのです。
 だから、このお宮さんには、神殿はありません。神殿たるお山を拝むための拝殿があるだけなのです。
 神代の時代のお宮さんの形式を、現代に色濃く残している日本でも珍しい神社だそうです。
 
 一寸話は飛びますが、我;吉備津神社は、神殿・拝殿共に供えた大きな神社ですが、その神殿の背後には、扉が付いています。これは、背後にあるこれまた美しい三角形のお山を拝むためについているのかとも思います。その飯山が、もともと、三輪山のように神殿であって、今のお宮さんは拝殿であって、後ろの扉を開けて、何時も、神殿である三角形のお山を拝がんでいたのではないでしょうか。こんな風に考えますと、神社の裏側に扉があるのも理解できそうです。
 大神神社のような拝殿しか持たない神社の形式が、次第に拝殿神殿を兼ね備えた伊勢神宮などのお宮に移行しますが、吉備津神社は、その過程のでの一形式ではと思われます。(薬師寺慎一先生のお説)
 
 この大神神社(おおみわじんじゃと読みます)は、さすが、大和の国の一宮です。スケールが大きいですね。でも、吉備路一帯も、また、この大和路と比べて決して遜色のないす歴史の深さや趣のある歴史的景観を残す地域でもあります。

 それから「石舞台」で有名な明日香村にある(石舞台から2,3kmのところ)栢森の加夜奈留美命神社に参拝しました。
 この「加夜奈留美命」という神は、吉備津神社の社伝によると、この吉備中山の麓に、最初に吉備津神社を建てたという記録があります。(藤井駿先生の吉備津神社より)何らかの形で吉備と大和との関連があるということで、会長の犬飼さんのお計らいで、参拝させて頂きました。
 このお社は、明日香村でも、その又、山奥の小さいの中に鎮座ましまして、地域の人たちに、大切に現在まで護られてきた神社のようでした。

 なお、この加夜奈留美命は、大吉備津彦命の五代の孫だとされています。なぜ、命が、この地にお祭りされているのかは不明だそうです。

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