私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 8

2008-04-07 10:55:25 | Weblog
 伸びた己の影を踏むようにしてお宮の鳥居をくぐります。両側にいる獅子と狛犬が二人を出迎えてくれます。ひだりにいる狛犬には珍しい一本の角まで生えています。
 「この角を撫でておけば願いが適うと言い伝えられております。私も子供の時はいつも撫でたものです。どんなお願いをしたかはもう忘れてしまったのですが。」
 「そんなに適うものなら、どれ」
 と、平蔵も小さな角を撫でます。お園さんはくすんと小さな笑みを浮かべながら「どんなおねがいをかけたのかしら」
 と問いかけます。
 それから長い回廊を通り神殿に向かいます。回廊の途中に、不思議な音が出る竈を二つ据えたお釜殿も見えます。ここには、桃太朗さんが退治した鬼のしゃれこうべが埋められており、今でも阿曽女が大切に守っているという。
 お釜殿のあたりから回廊はゆっくりとした坂になって上へ上っていきます。その坂を上がりきった所で、お園さんは立ち止まります。随神門という何か神々しい御門の下です。
 「ちょっとここから振り返って、今来た回廊を見てください。坂になっているために回廊が途中で消えているでしょう。ここには不思議なお話が残されています。私が小さい時、祖母から度々聞かされました」
 と、ゆっくりと話し出します。長い回廊ですが、お参りの人は誰も通ってはいません。西の山の端に沈みかけている夕べの陽の光が、周りの木々の間からきらきらと輝きながら回廊一杯に影と光の不思議な模様を作って浮き立っています。
 「ここから見ると回廊が途中で消えてなくなっているでしょう。その先が何処にあるのか、そのまま底無しの穴ぼこか何のようなものの中に、ずっと続いて何処までも何処までも落ちていくのではないかという心持ちに今でもなります。不思議なこの穴に吸い込まれるような思いに駆られるのです。私だけでかも知れませんが。・・・・・・・・・私の聞いた祖母のお話しを聞いていただけますか」・・・
 
 「一人の可愛らしい女の子がいました。母さんから作ってもらった手毬が女の子のたった一つのおもちゃだったのです。大切に大切に何時も一緒に遊んでいました。
 ある時、その子はその手毬を持ってお参りに行きました。その毬があまりにもきれいだったため、ここに住んでいた鬼は欲しくなり、どうにかして自分のものにしてしまおうと考えます。その毬を抱いて歩いてきた女の子に、この随神門に隠れていた鬼は「ばっあ」という大声を出して飛び出ます。女の子はびっくり仰天して、持っていた毬を手から落します。毬はころころころころと、この回廊を転げ落ちます。どんどんどんどん転げ落ちていって、ついに見失ってしまいます。女の子は悲しくてなりません。うおん、うおんと泣きながらそれでも消えた毬の後を何処までも追いかけます。そしてその女の子も毬と一緒にどこかへ消えていなくなったということです。
 この女の子の毬を追いかける悲しみの声が、お釜殿で鳴る竈の音になったのだとも言い伝えられています。が、今では、鬼の声の方が有名になり、女の子の追いかける悲しみの声の方はいつのまにか消えてしまい、誰もこんな言い伝えがあったということすら忘れてしまっています。・・・ここに立つといつも祖母から聞いたこの女の子のお話が思い出されて、底なし沼のような深い深い穴に吸い込まれるような気分になるのです。私には、ここはとっても怖い回廊なのです。帰りが怖い回廊なのです」
 平蔵には黙って聞いています、夕陽が真っ赤に辺りを染め出しました。大きな大きな手毬が穴の中に吸い込まれていったというのは、もしかしてあのお日さんのことではなっかたのかなとも思えました。
 
 
 


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