「そうです。福井から宮内に帰ってきたときは、誰にも逢いとうない、一人きりで、できることなら死んでしまいたいと、しきりに思いました。・・・宮内の遊女が、そうです、宮内は山陽道随一のお遊び所で、大勢の遊女がいます。ある時、その内の一人で、丁度私と同じ年格好のまだ、年端も行かない、子供子供した可愛らしい顔をした遊女でしたが、近くのお滝宮の所で、滝に身投げをしたことがありました。その時の光景が浮び思い出されて、なかなか死ぬ勇気も出ませんでした。・・・・・何ををするのもいやでいやで、ただ、家の中にじっと閉じこもっていました。でも、いつも薄幸な遊女達の姿を、目の当たりに見たり聞いたりしていたものですから、自分一人が、この世の中で、一番不幸せな者であるとは思ってはいなかったのです。お遊女さんには悪いのですが、当時、あの人たちも生きている、と、いう気持ちが何分かの慰めのようになっていたのは確かです。継母もそうですが、家のものがみんな腫れ物を触るように遠くから、そんな私を、ただ、見ているだけのように思えました・・・・」
知らないうちに、外には細かい雨が降っています。その雨をゆったりと浴びている楓の葉とそこから落ちる雫をいっぱいに吸い取り柔らかに輝いている緑の苔が重なり合うようにして、ひんやりとした広間を作り出しています。
しばらくお園はその景色に見入っています。おせんも庭の方を向いていました。
二人の静かな時が流れます。深く息をして
「生きるって、しんどいことがいっぱいあるのどすなぁ、お園さん・・・・・わてだけかと思っとりましてん」
お園の方を向いて話しかけるように言います。そのおせんにはもう涙はありませんでした。
「何かありましたの、おせんさん」と、聞きたいのは山々でしたが、何かおせんの身にもあったということは分りますが、聞かずにじっと我慢しています。今は、まだ、待つことのほうが大切なのではないかと、とっさに思います。
「死にとうおましたか・・・・そんなに辛うおましたか。・・・・・・わては・・・・死になどしまへん。けっして」
最後の決してと、いう言葉は、一段と強く、ぐっと口を一文字にして言い切ります。
夕方が近くなって、雨脚が次第に強くなります。
「あら、雨がきつう降っとります。・・・・あそうだ。今晩は、ここへお泊りになりはったら。そうしておくれやす、ねえ、お園さん」
「お千代、お千代」と、今までに聞いたこともないような大声が静かなお屋敷にこだまします。
その声を、まず、聞きつけたのが、千代ではなく、やはり母親のお由でした。
「まあ、はしたのうおす。おせん、そんな大声で・・」
とか何か言いながら飛んできます。それはそうでしょう、ここ当分、この部屋にこもりっきりで、何か言うと「あっちへいって」と、にべもなく言って、合うことも話すことも拒絶していたあのおせんが、誰か人を呼ぶのですから。
「ああ、かかさん。お園さんに今晩、ここに泊まってもらいます」
「どうして」
と、不思議がるお由です。その時、千代も部屋に駆けできます。そして、母親と話している久しぶりのおせんを見て、「こんなこっとっておますのやろうか」と、これまた、狐に詰まれたような顔をしています。
知らないうちに、外には細かい雨が降っています。その雨をゆったりと浴びている楓の葉とそこから落ちる雫をいっぱいに吸い取り柔らかに輝いている緑の苔が重なり合うようにして、ひんやりとした広間を作り出しています。
しばらくお園はその景色に見入っています。おせんも庭の方を向いていました。
二人の静かな時が流れます。深く息をして
「生きるって、しんどいことがいっぱいあるのどすなぁ、お園さん・・・・・わてだけかと思っとりましてん」
お園の方を向いて話しかけるように言います。そのおせんにはもう涙はありませんでした。
「何かありましたの、おせんさん」と、聞きたいのは山々でしたが、何かおせんの身にもあったということは分りますが、聞かずにじっと我慢しています。今は、まだ、待つことのほうが大切なのではないかと、とっさに思います。
「死にとうおましたか・・・・そんなに辛うおましたか。・・・・・・わては・・・・死になどしまへん。けっして」
最後の決してと、いう言葉は、一段と強く、ぐっと口を一文字にして言い切ります。
夕方が近くなって、雨脚が次第に強くなります。
「あら、雨がきつう降っとります。・・・・あそうだ。今晩は、ここへお泊りになりはったら。そうしておくれやす、ねえ、お園さん」
「お千代、お千代」と、今までに聞いたこともないような大声が静かなお屋敷にこだまします。
その声を、まず、聞きつけたのが、千代ではなく、やはり母親のお由でした。
「まあ、はしたのうおす。おせん、そんな大声で・・」
とか何か言いながら飛んできます。それはそうでしょう、ここ当分、この部屋にこもりっきりで、何か言うと「あっちへいって」と、にべもなく言って、合うことも話すことも拒絶していたあのおせんが、誰か人を呼ぶのですから。
「ああ、かかさん。お園さんに今晩、ここに泊まってもらいます」
「どうして」
と、不思議がるお由です。その時、千代も部屋に駆けできます。そして、母親と話している久しぶりのおせんを見て、「こんなこっとっておますのやろうか」と、これまた、狐に詰まれたような顔をしています。
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