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感想:『迷宮街クロニクル』

2011年02月08日 23時35分49秒 | デジタル・インターネット
『ソードアート・オンライン』と『迷宮街クロニクル』。共にWeb上で公開された小説であり、ライトノベルとして後に刊行された。
RPGがベースとなっている点も共通している。そして、何よりも「死」を正面から扱っている点が同じ匂いを感じさせる要因になっている。

『ソードアート・オンライン』はヒロイックな主人公の冒険譚としてエンターテイメントに仕上げた傑作だ。
体感MMORPG、その正式サービス開始に伴い仕掛けられた罠によって、ゲーム上の死が現実の死となる世界が築き上げられた。そこから脱するためには塔の攻略によるクリアが必要だったがそれは死と隣り合わせの厳しい戦いでもあった。
最前線で攻略を目指す者、安全な戦いを求める者、一切の危険を排除してひたすら安全な地に留まる者。突然投げ入れられた環境にそれぞれが適応していった結果でもあった。主人公はこのヒエラルキーの頂点に位置した。

『迷宮街クロニクル』は突然京都の地に現れた怪物たち、その巣穴である迷宮を探索し怪物を封じ込める役割を担う探索者を描いた群像劇である。パーティを組んで迷宮を探索する様はRPGの傑作「Wizardry」がベースになっている。
『ソードアート・オンライン』ではゲーム内ということでHPの明示などヴァーチャルな世界だったが、『迷宮街クロニクル』では生身の人間の戦いであり、迷宮内に漂う物質であるエーテルを利用した魔法は存在するがそれでも死はあっけないほど簡単に訪れる。
探索者たちの間では、最前線で探索する者とそれよりは安全なエリアで金を稼ごうとする者という区分はあるが、それ以前に探索者と非探索者という大きな分け隔てがある。探索者はあくまでも自分の意思でなるものだ。そして、いつ死ぬか分からない探索者とそうでない者たちとの関わりは非常に難しいものとなる。
探索者内のヒエラルキーは存在するが、それは探索者内部(或いは迷宮街内部)に限られる。探索者たちは決して英雄ではない。

『迷宮街クロニクル』はエンターテイメントとしては様々な欠点を抱えている。視点変更の多さはブロックごとに誰の視点なのか明記してあるので問題ないが、登場人物が非常に多いためその把握に手間取ってしまう。群像劇のためストーリー性が希薄なのはいいが、主人公の物語としては終盤の展開が物足りないものだった。
しかし、そうした欠点を擁していても世界観の構築という面では突出したものがあった。容赦ない死が身近にある中で生きる探索者たちや、探索者たちと関わらざるを得ない非探索者たちの葛藤など読み応えがあった。
全4巻だが1冊1冊の評価は高いものではないし、シリーズを通した評価も手放しに褒められるものではない。『ソードアート・オンライン』はエンターテイメントの完成度の高さを高く評価したが、『迷宮街クロニクル』はそんな分かりやすい評価ができない。それでも『ソードアート・オンライン』に比肩するものがあったと感じられた。

特に印象深かったのが主人公とその恋人のエピソードである(以下、ネタばれ含む)。
主人公の真壁啓一は大学卒業間近に退学して迷宮街に挑戦した。同じ大学の恋人を東京に残して、京都に単身乗り込んだ。恋人には相談せず一人で決めたことだった。
二人の友人である女性は真壁の行為を卑怯と断じた。それは真壁に向かって言ったものではなく、あくまで心情として語られたものではあるが、真壁を含むほとんどの登場人物である探索者全体にまで及びかねない言葉である。
京都に行く前に別れるべきという話ではない。恋人がいるのに行くべきでないという理屈で語られている。真壁の行動は本来非難されてしかるべきものである。だが、迷宮街に行くということは彼の命の心配を最優先させる。彼を非難することは許されない。真壁が意図したものではないが、そんな状況を生み出したことを卑怯と呼んだ。
真壁は決して周囲に気が配れない人物ではない。だが、周囲に気を配った上で自ら判断するタイプだ。一緒に寄り添っていくタイプではない。若いゆえに独りよがりになる面がないとは言えないが、聴く耳は持っている。
恋人の側が自分の気持ちを十分に伝えられなかったことが二人の仲を引き離す最大の要因だと言えるだろう。でも、恋人の性格とこの状況でそれが不十分になるのは仕方がないことだ。ただでさえ遠距離は困難なのに一方が非日常にいるとなれば尚更だ。
周囲との人間関係を断ち切ってでも自分の意志を通すことが卑怯なのか。それほどの罪なのか。確かに真壁の行為は周囲の平穏を乱し、心をざわめかす行為には違いない。
その後、作品内でより深化させることはなく終結してしまったので消化不良といった感は残る。ただ極限状態だからこそ描ける問題提起と言えるもので印象に強く残った。


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