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電子書籍と小説の拡張

2011年02月16日 21時14分36秒 | デジタル・インターネット
9日の記事「縦書きは滅びるか?」に頂いたコメントのやり取りから電子書籍の話題となった。電子書籍をネタに記事を書くと公言したが、その切り口がなかなか思い浮かばなかった。

昨年あたりから電子書籍元年などと騒がれ、少しずつではあるがその流れは広がってきている。私自身は現時点であえて電子書籍で読みたいと思うことはない。いま電子書籍が注目されているのは、出版サイドの論理によってだと感じるからだ。

現在流通している電子書籍はあくまでも本をデジタル化したものに過ぎない。販売が本より先行したとしても、本の代替物以上のものとはなっていない。

PCの普及、特にインターネットが広まって十数年が経過している。その間、海外での事情は知らないが、日本において、日本語の創作物において、小説を拡張しようという試みはプロアマ問わず行われてはいるが、それは圧倒的に少なく期待はずれの状況である。

唯一の例外にして成功を収めたものは『ひぐらしのなく頃に』であり、全てのプロ小説家が成し遂げられなかったことをアマチュアだった竜騎士07だけがやってのけた。
もちろん、小説の拡張はプロの作家の誰もが目指すものではない。商業的な展望が開けないことも大きな理由だろう。しかし、私の目には怠惰に映る。電子書籍は本来、作家の側から提案されるべきものではなかったか。

井上夢人による『99人の最終電車』は1996年からWeb上で発表された作品であり、ハイパーリンクを利用した小説である。
林亮介の『迷宮街クロニクル』はWebで公開された小説の書籍化だが、Web版は「はてなダイアリー」を利用して群像劇を描くという試みを通じて書かれている。

1992年サウンドノベルとして『弟切草』が発売された。脚本・監修は作家の長坂秀佳を起用している。分岐の存在など小説よりもゲームとしての特質が強い作品だが、その後のアドベンチャーゲームのあり方に大きな影響を与えた。
アダルト向けPCアドベンチャーゲームも90年代躍進したが、ビジュアルノベルとして1996年『雫』が登場し、その後『痕』『To Heart』へと展開していく。

2002年から制作され始めた『ひぐらしのなく頃に』はビジュアルノベルの系譜に位置する。ただし、選択肢はなく、この作品をゲームたらしめているのは、その内容を巡ってネット上でプレイヤーが推理し合う点にある。
ビジュアルノベルとしてPCの存在が前提になっているだけでなく、ネットの存在もまたこの作品には必須だったと言える。こうしたプレイヤーの推理が作品へとフィードバックされることも作品の本質として想定されている。

電子書籍に小説を書くことが前提となれば、音、絵、写真、動画、リンク、選択肢など様々な「小説の拡張」の可能性が存在することになる。
忌み嫌われているがドリーム小説化することも可能だろう。

このような「拡張」は小説にとって外道な存在だろうか。小説はあくまでも手法に過ぎない。これまで本という制約に縛られてきたが、その制約が別のものに取って代わるならば「拡張」は必然ではないのか。

本を電子書籍に置き換えるだけというのは出版サイドの論理である。本ではなく電子書籍に書くとするならば何ができるかという視点は作家サイドの論理になる。拡張の可能性を考えた上でそれでも拡張せずに書くことがベストだと言い切るのであればそれはその作家の下した決断として尊重したいが、今のところそこまで踏み込んだ作家の存在を知らない。

ただもう一つ、ブックリーダーの製造・販売サイドの論理もある。
現在、キンドルやiPadなどのブックリーダーが存在するが、果たして5年後10年後も現役でそれらが使えるかどうかは未知数だ。電子機器は進化のスピードが速い。特に出始めの時期はそれが顕著だ。

一度読めば二度と読まない本も少なくはない。しかし、何度も読みたい本は存在する。ブックリーダーの世代交代だけならば読み続けられる可能性は残るが、一つのフォーマットが廃止などとなれば電子書籍では読めなくなる作品も出てくるだろう。

小説の「拡張」が意味あるものとなれば、本は電子書籍の代替とはならない。ブックリーダーの製造や販売が文化を担っているという意識が乏しそうなだけに心配ではある。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
しばらく先かと思っていたらもう来ましたか! (しずる)
2011-02-17 01:11:00
前回のシャントット様の登場に油断してましたw

話の方向性が「小説の拡張」に向かうあたりに奇天さんらしさを感じました。ざんねんながら自分は「ひぐらし」未体験なので、うわさ話で聞いたくらいの知識しかないんですが、ひとつの方向性としてはありなのかなーとも思います。ただ、あそこまでいくと作家としての才能とは別種の資質が問われるような気もしますが・・・。

作家側のアプローチとしては宮部みゆきさんが「暗獣」という作品を、「電子書籍でしか読めないものを」ということで出されてましたね。ipad用らしく、残念ながらこちらも未見ですがw

個人的には、やっぱり作家は文章で話を作るのが本業であって、それ以外のことは他の才能の持ち主に任せればいいんじゃないかなーなんて思ってしまいます。

そんな私なんで、電子書籍に求めることは、書庫としての性能とどれくらいリファレンスとして使えるか、という点ですね。
ご存じの通り本ってかさばるし・・・重たいし・・・以前、コレクターのマネごとをしてた時期があったんですけど、そのときに、ハヤカワSF、JA、FT文庫、創元SF文庫、SFマガジンなどコンプして、銀背、サンリオなども頑張って集めてたんですけど、、、

実家を離れている間に父親にきれいさっぱり捨てられる、という経験をしましてwww

そのとき、血の涙を流しながら、これが電子書籍ならすべて手元に持っておけたのにっ、とw
過去の作品の電子書籍化というのも、いろいろ難しい部分もあるんでしょうね。一時期、絶版堂なんて企画もありましたが、大方の予想通りつぶれちゃいましたし。
昨年のSF大会でも電子書籍について企画があったんで忍び込んでたんですけど、そのとき、電子書籍を作家主導で出版した経験のある作家さん(けっこうネームバリューのある方です)が、採算性は低いとおっしゃってたのが印象的でした。

ボランティアでやってるわけではないので、古い物を出すにせよ、新しいものを出すにせよ、稼げないと意味ないですしねぇ。なかなか難しいもんです。
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小説、コミック、アニメ、ゲームその他もろもろ私... (奇天)
2011-02-17 02:11:43
もちろん、面白い小説を書いてもらえるだけで十分ですが、それを越える面白いことが技術の進化の中で生まれるのを体験したい気持ちが強いです。

最近そんな新しい方向性を感じさせるものと出逢えず、それがこういった意見になってしまったわけですが・・・。

宮部さんはゲーマーとして知られてますし、小説の枠を超えた何かを作り出してくれる人として期待していますw

本の蒐集は・・・価値だとか思い入れだとか興味ない人にとっては理解に苦しむものでしょうしね・・・。
ウチも5000冊ほどありますが、単に処分してないってだけで系統的に集めてるものはないですし、今は極力買わないようにしてますし^^;

電子書籍はブックリーダーのフォーマット等の問題が残りますが、内容の保存という意味ではかさばらないのでいいと思います。

ただ本の蒐集は内容というよりも本そのものを愛でる意図が強いようにも思えるので、電子書籍化すれば売れるというものでもないと思いますし・・・。

先日読んだ本のとあるフレーズが気になって何冊か本を読み返しているのですが、電子書籍なら一発で検索できるかというとそれも難しそうで(しおり機能などを使っていれば別ですが)、今の電子書籍であればあまり必要性を感じないですね。
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>電子書籍としての質 (名無し)
2011-02-17 02:45:45
99人の最終電車は名前だけ知っているのですが、画期的だったようですね。
「知らないならググれ」が普通になってしまった現在、難解な読書に当たっては外部記憶装置としてのネットは必須ともいえるような状態ですし。
なんとなくですが、今回の記事はエーコの薔薇の名前を思い出しました。構造的に「閉じた」小説は、それでも読み手にハイリンのような状態を錯覚させ得る、というような。
ひぐらしはこれとは全く逆で、「閉じた」媒体の外へとWEBを使って物語を拡張したタイプだと思うのですが(リアルタイムであの事象に立ち会っていないのです(苦笑))、だからというか、一度小説となった作品を読んだ時は、WEBで経過を追っていた人たちのような感動はなかったのだろうなあ、と思いましたね。

拡張という事については、音楽の挿入=媒体の拡張、画像(挿絵)の逐次挿入や動画など、可能と言えばどれも可能な領域には来ているんですよね。
どこのレーベルかは忘れましたが、キネティックノベルというライトノベルが正にそれに当たるそうで。
ドリーム小説の定義は少し疎くて申し訳ないのですが、ざっと言えばゲームで主人公に名前を付けるタイプのものがあるように、小説の主人公に自己投影する類のことが可能になってくる、ということでしょうか。

>メディアとしての意味
現状、まだまだipadもkindleも本に比べて「読み辛い」というのは変わりませんしね。
フォーマットは統一化の方向に向かっていく期待はできますが、意識の統一がされていない今ではなんとも、でしょうか。

媒体として似たような事情はCDでもありますね。千枚二千枚でも充分場所を喰いますが、五千枚あたりを突破するとケース解体→布ケース化を真剣に考えないといけないような状態になるので(苦笑)。
「あの曲が聞きたい」と思ったとき、今ではCDをわざわざ引っ張り出すよりもMP3を直接聴いた方が早いので、これはやはり「モノ」的な価値を重視するマニアの要素ではあるのですが、ライナー、デザイン、ケース、と揃って存在するCDは、やはり手元に置いておきたいという気持ちもあります。
個人的な心理ですが、削除してしまえるデータとしてのMP3は、購入しても「持っている」感覚が薄いのかもしれません。
とはいえ、やはり音楽を聴くという点だけで言えば、これは正直無駄ではあるんですよね。今ではそれらの一括管理が可能なわけで。アルバムとして聴くよりもマイリストから自分の好きな曲を一覧化して聴いているのは、本で言えば自分の好きな詩だけを集めた詩集を読んでいるような状態かなとも思いますし、実際にそれが可能な状態は好ましいので。

本はその点、まだ「電子化に切り替えてしまおう」と割り切るのが難しいです。
というのも、媒体に入れるために切り抜く、またはスクラップする場合、本を崩さないといけない上にスキャンの手間も掛かるという致命的な欠点があるため、どうにもやる気が起きなくて(苦笑)。
MP3購入orリッピングというCDとは違って、労力のコストも含めてまだ入れ替えが難しいと感じます。
中途半端なページを対象としたスキャンならコピー→スキャン、もしくはタイプの方がいいのですが、これはこれで面倒ですし。
なのでというか、電子書籍が本格化すると、この事情が変わってくるかな、と言うのは特に感じています。もちろん現状ではそこまでの可搬性も使い回しへの期待もできませんが……。

最大の欠点としては、やはりしずる様が仰るような利益の問題ですかね。
電子書籍電子書籍、と言ってはみても、インフラが整っていない今の情況では儲けは少ない、という話は良く聞きますし(某村上龍の番組でも電子書籍についてはちらっと触れてたような)。
先日、ネットを巡っていたらガガガ文庫の作品が電子書籍化されて売られていたのですが、モノによっては既にこういう形になっているのだな、とは思いました。事情に詳しくないのでなんとも言えませんが、恐らく正規の契約での販売でしょうし。
BOOKOFFなんかで100円売りされているくらい古い作品などは、個人的に電子書籍化して貰えると非常に助かるのですが……。あとはやはりプレミアが付いた古いSFを(苦笑)。
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物語の分裂というと、『涼宮ハルヒの分裂』で使わ... (奇天)
2011-02-17 21:51:34
筒井康隆の実験的な数々の小説もありますが、小説の拡張とSFは相性が良いと思っている割にそうした動きは感じられませんね。しずるさんが語られたようにSF大会で電子書籍の企画があったそうですが・・・。
もうひとつ親和性が高そうなのはエロの分野で、ビジュアルノベルは18禁が多いですし、それを別にPCでやらなくても専用のブックリーダー上でやればいいのになんて思いますが、そのうち出てくるかもしれませんね。

分岐小説による世界の構築なんて考え出すと、AIの存在が求められてきてゲームの方向に進んじゃいますが、AI技術も遅々として進展の話を聞かないです。生きているうちにこのくらいは体験できるかなと考えていたことが、ほとんど無理そうに思えてきて最近は哀しくて哀しくて(笑)。

本を読みながらちょくちょく辞書を引いたりネットを検索したりは面倒でやりませんが、電子書籍になればそれくらいの機能はパッとできればと思いますね。特に、ファッションとか苦手なので描かれているファッションがイメージとして表示されて欲しいと思います。

本のデータ化については、やはり気になるのは単に読みたいためなのか蒐集のためなのかってあたりでしょうね。絶版と言えばサンリオなんかが有名ですが、レアな作品がラインナップされていたとはいえ、一方で翻訳に難があるともよく言われていました。優れた作品は他の版元で再版されていますが、再版されていない作品はその価値がなかったとも言え、それを電子書籍で手に入るようになったとしてどうなんだろうと思います。絶版本の希少価値が全てだとすれば、電子書籍化の意味がありませんし。

そこまでレアな作品でなければ、読むだけなら図書館という手もありますし、手に入らない作品は特別な事情があるものを除くと単に売れないから売ってないわけです。それらを電子書籍化するのは採算が厳しいのは当然ですし、そこまでして読む価値のある作品があるのかと思ってしまいます。もちろん、読む価値はそれぞれ各人にとって異なるわけですが・・・。

特別な事情があって世に出ない作品、例えば著者が再版を望まない作品はものによっては読んでみたいですが、事情がある以上世に出る可能性はとても低いですしね。

音楽業界でDLが普及したことでCDが売れなくなってしまったように、電子書籍化はまだまだ問題点も少なくなく、紆余曲折はありそうです。業界的には厳しくとも、読者にとって最も良い形になってもらいたいものですが、難しそうですね。
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