日々是好舌

青柳新太郎のブログです。
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三月は人の流れる季節です

2016年03月19日 19時37分09秒 | 日記
 とび職人S(48歳)がハローワークの募集記事を見て就職を希望してきたのは3年前の夏の終わりであった。

 清水区折戸にある前勤務先の宿舎まで迎えに行って布団や衣類などわずかばかりの荷物を会社の宿舎まで運んでやった。

 Sは地元静岡市清水区で生まれ育った。地元の小、中学校を卒業後、昭和57年に地元の割烹料理店へ調理師見習いとして就職し約6年間の板前修業をした。その後、自分の店を持つためにはとび職として働くのが資金を貯める早道だと考えて東京へ出てとび職になった。履歴書には東京方面の企業名を5社列挙してあるがいずれも4,5年で転職している。
 
 両親は既に亡く唯一の肉親である妹が埼玉県の草加市に嫁いでいるというのが本人の身上書に書かれていた。

 足場作業主任者や玉掛技能、鉄骨作業主任者などとび職に必要な資格も保有していたし、何よりも労働者が不足していたので胡散臭いのは承知で採用したのである。

 宿舎は会社で借り上げている一戸建て住宅の一部屋を割り当ててやった。仕事ぶりに目立ったところはなく普通の職人として可もなく不可もなく働いていたのであるが、慣れてくるのにしたがって無断欠勤が増えてきた。給料が入って懐が温まると酒を飲み過ぎてしまうようだった。

 入社して2~3ヶ月した一昨年の暮れに宿舎に近いコンビニで缶ビール6本入りを万引きして警察に逮捕された。このときの状況はコンビニのビデオカメラにも写っていて逃れようもないものだった。

 警察の留置所に一ヶ月、刑務所の未決に一ヶ月拘束されたあとで裁判になった。本人には弁護士を頼む金などはないから国選弁護人が選任されたのであるが、私も証人として出廷した。つまり、弁護人からは出所後の雇用継続や身元引受人になることを求められたのである。

 私は本人が反省して二度と過ちを繰り返さないということを条件に身元を引き受けた。裁判所の判決では執行猶予がついたからSは直ちに保釈されて職場に復帰した。

 執行猶予中のSには保護観察処分がついていた。つまり、定期的に保護司と面談して近況報告などを行うのである。本年の一月までは保護司との面談も欠かしたことがなく、保護司も順調に更正の道を歩んでいると一定の評価をしていたようである。

 そのSが平成15年2月20日の夜を最後に忽然と姿をくらましたのである。保護司との面談予定もキャンセル、会社への欠勤報告もなく、宿舎の部屋には熱帯魚の水槽まで放置したままである。具合の悪いことにSは宿舎の鍵を持ったままである。

 前後の状況から色々なことが判ってきた。入社時は住所不定状態だったので会社の宿舎へ住民票を移すように指示した。この結果、サラ金業者や焼津市役所からの住民税の督促状などが頻繁に届くようになった。

 焼津市に居住したことなど一度も聞いたことがない。つまり、Sの職歴などには前科も含めて隠されていることが多いのである。サラ金の負債額も相当に多額らしい。

 Sは昨年のこと実の兄と現場で遭遇したそうである。この兄の知り合いの女性を妊娠させたのが調理師を辞めて東京へ移住した直接の原因らしい。いるはずのない実の兄が現れ、緊急連絡先のはずの妹は音信不通である。

 平成15年2月16日に一月分の賃金を受け取り、同時に確定申告で納付するべき所得税相当額約7万円の預り金も受け取った。

 Sにしてみれば、このまま現在地に留まればサラ金業者の取立てや焼津市役所からの住民税の督促などが待ち受けている。ここは一番、姿をくらましてしまうのが最良の策と考えたのではなかろうか。『南斉書・王敬則伝』に「壇公の三十六策、走ぐるは是れ上計なり」とある。

 平成15年2月21日に行方をくらませた男Sが舞い戻ってきた。

 平成15年3月13日に保護司のところへ電話連絡があって、16日に保護観察所へ出頭してきた。保護観察処分で執行猶予中の身の上だから、保護司から事故報告が観察所へ上り、観察所が警察へ通報すれば逮捕されて実刑を食らう可能性だってある。

 その辺のことは本人も解っていたようだ。現在の所持金はたったの40円。行方をくらませたときは30万円近くを所持していたはずであるが、行きつけの高級鮨店や居酒屋で豪勢に散財したあとはたちまちにして文無しになり、ここ数日はデパートの食品売り場の試食品を漁り、公園や地下道でホームレス生活をしていたそうである。保護観察所の面談室であったのだがなんとなく臭いような気がした。

 本人にこれからどうするのかと問うと、ご迷惑をかけたから、会社を辞めて宿舎を退去するという。どこか頼れるところがあるのかと問えばどこもありませんという。

 それでは身の周りの荷物を持って、この雨の中をどこへ行くのかと問い詰めれば、下を向いてだんまりを決め込む。この男は自分に都合の悪いことは黙秘するのが一番だと心得ているようである。

 同席していた保護監察官も見るに見かねて口を挟んでくる。保護観察のついた人間を役所としては野放しにできないのである。だからといって保護観察所で保護できるわけでもない。なんとか元の鞘に納めようとしているのが言葉のはしはしに見えている。

 結局、所持金40円の男をそのまま放置すれば、いずれは万引きでもして留置所へ逆戻りするのが目に見えているという結論になった。

 会社で引き受けたとしても三度裏切られるのは分かっているが、それを承知で引き受けることにした。馬鹿げた話ではあるが無一文の人間を雨の降る中へ放り出すような真似は人間としてできかねるのである。

 本人は今、宿舎で風呂に入ってルンペン生活の垢をおとしている。まったくいい気なもんである。

ここまでは昨年の記事である。

 さて、平成16年2月20日の夕刻からSが再び姿をくらました。今回も約30万円を所持していたようである。

 今回は10日くらいで所持金をすべて使い果たして保護司のところへ連絡してきた。県庁の裏の駿府城公園で野宿していたというのだが公衆便所くらいしか夜露をしのぐ場所が思い当たらない。

 陽気病みという言葉もあるが、どうやらこの男は春先に蕗の薹がでるころになると俄かに自由になりたくなるようだ。今回もとどのつまりは保護観察官や保護司のとりなしで元の鞘に納まった。
コメント (4)
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