もう15年以上も前のことになる。飲みすぎ食い過ぎの無節制な生活を続けた所為で糖尿病を悪化させてしまった。
その理由というのが子供じみていて恥ずかしいことであるが、あらましは次のとおりである。
40代の初めごろ会社の健康診断で癌の疑いがあるといわれた。これは診療所の医者の性質(たち)の悪い冗談であったが血糖値がかなり高いのは事実であった。そこで県立病院で改めて検査を受けたのであるが、結果は初期の糖尿病だという診断であった。
そこで月に一度、内科の検診を受けて血糖降下剤を処方されたのであるが、あるときの検診時に血糖値が普段よりも少し高かった。
中年の太った看護婦は「あなた昨夜はお酒を飲んだでしょう」と、まるで鬼の首でもとったように決め付けてものをいう。明日は糖尿病の検診に行くのが分かっていて酒を飲む馬鹿がいるかと内心思いつつ「酒は飲んでいませんよ」と、応ずると「嘘おっしゃい。こんなに高いのだからお酒を飲んだのに決まっている」と畳み掛けてくる。「いや、酒は絶対に飲んでいません」というと、「嘘を吐いても医者の目は誤魔化せないわよ」とまだしつこくいってくる。ここで私の堪忍袋の緒がぷつんと切れた。
「誰が医者だ。この野郎。てめェは唯の太った看護婦じゃねぇか。医者はこちらにおいでの若い先生じゃあねぇか。婆の看護婦風情が利いた風な口たたくんじゃねぇ」突如として豹変した私をみて看護婦は目を白黒していたが、私はその若い医師にこういった。「昨日の晩飯に肉じゃがを食べたのですが拙かったでしょうか」。若い医師は「ジャガイモは澱粉の塊ですから血糖値を上げる食べ物ですね」と答えた。若い医師とベテランの看護婦の間では、看護婦のほうに主導権があったようだ。
この一件があってからなんだか県立病院へ行きにくくなってしばらく通院を中断してしまった。この間も病気は徐々に進行して、次の健康診断の時には完全にアウトになってとうとう入院する羽目になってしまった。
糖尿病患者の入院というのは何もすることがない。カロリー計算された食餌を摂り、インスリン注射のやり方を習う程度である。
私が暇そうにしているのを見て担当の美人看護師さんが図書室から俳句の本を借りてきてくれた。俳句というものは小学校の国語の時間に習った程度でその後特に意識したことはなかった。私と俳句の出会いはこの半月ばかりの入院がきっかけではじまったのである。
その後、複数のインターネット俳句会に入会して句作を続けているが一向に上達しないままである。ただ、それでも続けているのはときどきしゃぶらせて頂く飴玉の所為である。いずれの句もネット句会では1ポイント、2ポイントを得たのに過ぎないが、俳句が解かっている方から講評をいただけるのは嬉しいことである。
【現代俳句協会・インターネット俳句会平成25年3月】
919 山ざくら炭焼小屋は朽ちにけり 秋山白兎
実景の強さ、風土を感じる句。「山桜」と漢字にしなかったのは「炭焼小屋」を立体的に浮き立たせるためのこと。座五の切れ字「けり」も効いています。
3月句会において大畑 等先生から【注目句】として上記のようなご講評をいただきました。うれしいですね。
【現代俳句協会・インターネット俳句会平成25年10月】
93 石仏の御鼻欠けおり青みかん 秋山白兎
率直な書きっぷり。「御鼻」と書く作者に温かさを感じました。お供え物だったのでしょうか、「青みかん」が句の焦点を作っています。
10月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
【現代俳句協会・インターネット俳句会26年10月】
430 なりはひのニッカポッカやゐのこづち 秋山白兎
「ニッカポッカ」は建設現場で職人さんが穿いているだぼだぼのズボン。障害物をより早く感知するために、太ももの部分を広げていると聞きます。このズボンの「ゐのこづち」、作者は愛しい仲間のように感じたのかもしれません。上五の「なりはひの」が効いています。
10月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
【現代俳句協会・インターネット俳句会26年11月】
1053 酒がある青首大根煮てくれろ 秋山白兎
川端茅舎に「約束の寒の土筆を煮て下さい」がありますが、この句は「酒がある」と書いて、さらに直接的な表現となっています。「青首大根」の「青首」は土俗的に響いています。
11月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
大畑 等(おおはた・ひとし)先生・略歴
1950年、和歌山県生れ。
千葉県在住。建築士。
昭和63年「麦」の東京研究会にて田沼文雄の指導を受ける。
平成4年「麦」新人賞。
平成12年「麦」作家賞。
現在、「遊牧」同人、「宙」会員。
私家版句集「むぎ懲役」、共著「おおいとⅡ」。
その理由というのが子供じみていて恥ずかしいことであるが、あらましは次のとおりである。
40代の初めごろ会社の健康診断で癌の疑いがあるといわれた。これは診療所の医者の性質(たち)の悪い冗談であったが血糖値がかなり高いのは事実であった。そこで県立病院で改めて検査を受けたのであるが、結果は初期の糖尿病だという診断であった。
そこで月に一度、内科の検診を受けて血糖降下剤を処方されたのであるが、あるときの検診時に血糖値が普段よりも少し高かった。
中年の太った看護婦は「あなた昨夜はお酒を飲んだでしょう」と、まるで鬼の首でもとったように決め付けてものをいう。明日は糖尿病の検診に行くのが分かっていて酒を飲む馬鹿がいるかと内心思いつつ「酒は飲んでいませんよ」と、応ずると「嘘おっしゃい。こんなに高いのだからお酒を飲んだのに決まっている」と畳み掛けてくる。「いや、酒は絶対に飲んでいません」というと、「嘘を吐いても医者の目は誤魔化せないわよ」とまだしつこくいってくる。ここで私の堪忍袋の緒がぷつんと切れた。
「誰が医者だ。この野郎。てめェは唯の太った看護婦じゃねぇか。医者はこちらにおいでの若い先生じゃあねぇか。婆の看護婦風情が利いた風な口たたくんじゃねぇ」突如として豹変した私をみて看護婦は目を白黒していたが、私はその若い医師にこういった。「昨日の晩飯に肉じゃがを食べたのですが拙かったでしょうか」。若い医師は「ジャガイモは澱粉の塊ですから血糖値を上げる食べ物ですね」と答えた。若い医師とベテランの看護婦の間では、看護婦のほうに主導権があったようだ。
この一件があってからなんだか県立病院へ行きにくくなってしばらく通院を中断してしまった。この間も病気は徐々に進行して、次の健康診断の時には完全にアウトになってとうとう入院する羽目になってしまった。
糖尿病患者の入院というのは何もすることがない。カロリー計算された食餌を摂り、インスリン注射のやり方を習う程度である。
私が暇そうにしているのを見て担当の美人看護師さんが図書室から俳句の本を借りてきてくれた。俳句というものは小学校の国語の時間に習った程度でその後特に意識したことはなかった。私と俳句の出会いはこの半月ばかりの入院がきっかけではじまったのである。
その後、複数のインターネット俳句会に入会して句作を続けているが一向に上達しないままである。ただ、それでも続けているのはときどきしゃぶらせて頂く飴玉の所為である。いずれの句もネット句会では1ポイント、2ポイントを得たのに過ぎないが、俳句が解かっている方から講評をいただけるのは嬉しいことである。
【現代俳句協会・インターネット俳句会平成25年3月】
919 山ざくら炭焼小屋は朽ちにけり 秋山白兎
実景の強さ、風土を感じる句。「山桜」と漢字にしなかったのは「炭焼小屋」を立体的に浮き立たせるためのこと。座五の切れ字「けり」も効いています。
3月句会において大畑 等先生から【注目句】として上記のようなご講評をいただきました。うれしいですね。
【現代俳句協会・インターネット俳句会平成25年10月】
93 石仏の御鼻欠けおり青みかん 秋山白兎
率直な書きっぷり。「御鼻」と書く作者に温かさを感じました。お供え物だったのでしょうか、「青みかん」が句の焦点を作っています。
10月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
【現代俳句協会・インターネット俳句会26年10月】
430 なりはひのニッカポッカやゐのこづち 秋山白兎
「ニッカポッカ」は建設現場で職人さんが穿いているだぼだぼのズボン。障害物をより早く感知するために、太ももの部分を広げていると聞きます。このズボンの「ゐのこづち」、作者は愛しい仲間のように感じたのかもしれません。上五の「なりはひの」が効いています。
10月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
【現代俳句協会・インターネット俳句会26年11月】
1053 酒がある青首大根煮てくれろ 秋山白兎
川端茅舎に「約束の寒の土筆を煮て下さい」がありますが、この句は「酒がある」と書いて、さらに直接的な表現となっています。「青首大根」の「青首」は土俗的に響いています。
11月のネット句会で大畑等先生から【注目句】として上記のような講評をいただきました。ありがとうございました。
大畑 等(おおはた・ひとし)先生・略歴
1950年、和歌山県生れ。
千葉県在住。建築士。
昭和63年「麦」の東京研究会にて田沼文雄の指導を受ける。
平成4年「麦」新人賞。
平成12年「麦」作家賞。
現在、「遊牧」同人、「宙」会員。
私家版句集「むぎ懲役」、共著「おおいとⅡ」。