杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ウツボカズラの甘い息

2023年05月28日 | 
柚木裕子(著)幻冬舎文庫

家事と育児に追われる高村文絵はある日、中学時代の同級生、加奈子に再会。彼女から化粧品販売ビジネスに誘われ、大金と生き甲斐を手にしたが、鎌倉で起きた殺人事件の容疑者として突然逮捕されてしまう。無実を訴える文絵だが、鍵を握る加奈子が姿を消し、更に詐欺容疑まで重なって…。全ては文絵の虚言か企みか?戦慄の犯罪小説。(「BOOK」データベースより)


容疑者となる文絵と事件を追う刑事、交互にそれぞれの視点で進んでいきます。
冒頭で登場する心療内科の患者が文絵であること、彼女が解離性離人症 を患っていることから、容疑者としての要素を匂わせますが、後半で見事にひっくり返されるんですね。

高村文絵は夫の敏行との間に2人の娘がいる専業主婦ですが、結婚してからの育児や夫婦関係のストレスから過食症を再発し更に解離性離人症を発症しました。彼女の唯一の趣味は懸賞応募で、ある日、人気タレントのディナーショーが当たります。束の間の贅沢を味わい帰途につこうとした彼女を旧姓の「牟田さん」と言って呼び止めたのは、杉浦加奈子という中学の同級生でした。昔、文絵にかけられた言葉に救われたのでお礼がしたいと言う加奈子から強引に誘われ、彼女の別荘を訪れた文絵は、サングラスの下に隠されていた酷い痣に驚きます。その理由と、今準備している仕事(セレブ向けの「リュミエール」という化粧品の日本委託販売)のことを話し、痣のある自分は人前に出られないので会員向けのセミナーの講師をして欲しいと依頼します。月50万という破格な報酬に心を動かされたものの逡巡する文絵に、加奈子はこの化粧品を使ってみて欲しいと言います。

すると、たった一夜で肌は潤いを取り戻し、目に見える効果を実感した文絵は、ダイエットにも取り組みます。元々の素地がある彼女は一か月半で10kgの減量に成功し、美貌を取り戻した文絵は、自分の病気のことを加奈子に正直に話しますが、彼女は心配ないと言い、ビジネスパートナーの飯田章吾を紹介し、彼の後押しもあってこの話を了承します。この頃には更に4kg痩せていました。(ダイエット食品を利用したとはいえ、かなり強い意志が必要なわけで、この点だけは称賛に価しますね)

初めてのセミナー当日、渡された名刺には『リュミエール化粧品代表』の肩書があり戸惑った文絵ですが、章吾の説明にそんなものかと納得してプレゼンに臨み大成功を収めます。回を重ねるごとに会員数が増え、高額な報酬で文絵は充実した毎日を送るようになります。

鎌倉・七里ガ浜の貸別荘で、田崎実という男性の死体が発見されます。
周辺の聞き込みからサングラスをかけた女が浮かび上がり、刑事の秦は鎌倉署の女性刑事・中川と組んで捜査に当たります。
田崎が美容関係の会社「コンパニエーロ」の経営者と判明し、会社のある住所を訪ねた二人は、田崎が二週間前に賃貸契約を解約していたことを知ります。
次に田崎の母親セツが入居している介護施設で、重度の認知症のセツの言葉の断片から「ノガミのおじちゃん=彼女の兄の新岡正平」を訪ねますが、そこでも大した情報は得られませんでした。次にコンパニエーロで働いていた二人の女性派遣社員から話を聞いたところ、代表の高村文絵の存在が浮上し、警察は文絵に照準を合わせます。

九月。加奈子からフランス行きのため仕事は一時中断すると告げられた文絵は束の間の休息を得ますが、ある日突然知らない番号からの電話が携帯に頻繁にかかってくるようになります。内容はどれも同じで、会社が上場すると言われて株を買ったという顧客からのクレームで、文絵は全く身に覚えがなく、慌てて加奈子と章吾に電話をしますが、繋がりません。名刺に書かれているコンパニエーロの住所を訪ねますがもぬけの殻です。混乱する文絵のもとに現れた秦と中川から見せられた写真には章吾が写っていて、文絵は彼が偽名を使っていたと知りショックのあまり倒れてしまいます。警察で田崎殺害事件について聞かれた文絵は身に覚えがないことを訴えますが、警察は彼女を容疑者としてマークします。

極度のストレスで解離性離人症を発症した文絵の言動に疑問を抱き、夫の敏行にも事情を聞くと、彼女の本当の病名は解離性同一性障害であることがわかります。文絵は三年前の事故で亡くした二人の娘がまだ生きていると信じていました。事件の日のアリバイがなく、病気のこともあって、警察は加奈子は文絵の幻覚で、犯人は文絵だという見方が強まります。

しかし、文絵の言葉に本当を感じた秦と中川は、加奈子について調べ始めます。すると加奈子は五年前にマルチ商法に引っかかって多額の借金を抱え自殺していたことが判明します。加奈子の同級生から、彼女と接触したサングラスの女の存在を聞き、それが加奈子の小学校の同級生の園部敦子とわかりますが、彼女もまた七年前に自殺していました。敦子は、両親の遺産を『神光の恵み』という新興宗教につぎ込み、そこにもサングラスの女の存在が浮かびます。
敦子の父親の知人から聞いた、サングラスの女が落としたATMの明細書から『真野知世』という名前と振込先がわかり、介護ホーム『白鳩の園』に向かった二人は、加奈子の似顔絵を見せ、それが入居者の真野修の娘の知世だと判明します。知世は修を入居費の2300万円を20代で支払っていました。
知世の振り込み記録と三つの自殺・殺人事件現場が一致することから、彼女の関与を突き止め、オーストラリアに出国していた知世を追い詰めます。

秦は知世を甘い蜜で虫を誘い出し、中に落ちた虫を食べて生きるウツボカズラのようだと感じます。(これが題名になった由縁ですね)

オーストラリアで知世の回想という形で真実が語られるのはちょっと物足りなかったかな。秦たちの調査で徐々に追い詰めていく形の方がスリルがあったのにな。

本田亮子という偽名で滞在する知世は、日本のニュースを調べて自分の犯罪が完璧だと満足しながら半生を振り返ります。(彼女の犯行の動機編ですね。)

父の会社を守ろうと懸命に働いたものの、資金繰りに苦しんだ父は練炭自殺を図った挙句植物状態になります。多額の医療費を捻出するため水商売を始めて愛人となった知世は贅沢に慣れ、関係が終わった後も元の生活に戻れず、次の男に騙されて衝動的に殺してしまいます。死体を埋めた彼女はお金を稼ぐ手段として『神光の恵み』の教祖をたぶらかして敦子から三億円を巻き上げると、教祖を事故に見せかけて殺害し海外に逃れます。
金がなくなると次の金づるとして敦子を装い加奈子と接触し、マルチ商法で加三千万円を巻き上げた挙句に彼女をビルの屋上から突き落として殺害します。
警察が借金苦による自殺だと判断したことでさらにエスカレートした知世の次のターゲットが加奈子の中学時代の同級生の文絵だったのです。知世のターゲットたちはいずれも友人というほど近い距離感が無く、かといって全く知らない人ではないという微妙さが狙われていました。ディナーショーのチケットも懸賞に当たったのではなく、偽装されたものだったのです。

彼女の生来の美しさと疾病を利用した今回の計画に、パリに滞在中に知り合った田崎を利用し、まんまと詐欺を成功させた後で田崎を殺してその罪を文絵にかぶせた知世は、完璧な計画に酔いしれますが、次の瞬間、捨てた筈の真野知世という名前の逮捕状を持って秦や中川たちがやってきます。日本への機内でも本名で呼ばれたのはいつ以来だろうといつまでも考え続ける知世でした。
知世も田崎も治る見込みのない親を抱え終の棲家として老人ホームに入れていますが、それは親孝行というより高額な費用を払っても厄介払いしたいという動機に見えてなんだかな~~でした。秦刑事も妻が脳梗塞から植物状態となり、その介護を義母に任せていますが、彼はそのことに負い目と罪悪感を感じているのとは対照的です。

文絵が娘たちが生きていると思い込んでいるのが判明したあたりから、事件は急展開を迎えます。サングラスの女が加奈子から敦子になり、二人とも既に亡くなっていると知る場面は刑事でなくとも唖然呆然です。最後に知世が実在していると知り彼女がホンボシだと判明する頃には文絵が純然たる被害者であることがわかってきます。でも文絵の辛い経験には同情を覚えますが、元々あった美への執着や周囲からの羨望や賛辞への陶酔にはあまり共感できなかったのは、そもそも自分がそこに賛同する素地がないからかも。

お金はあればあるほど人は貪欲になっていくもので、一度覚えた贅沢は手放せないのも人の性だと思うと何だかやりきれない気持ちになります。

秦刑事とコンビを組む女性刑事の中川は場を読んで次にしなければならないことを的確に判断できる、優秀な女性として描かれていて、登場する女性の中で唯一好感が持てるキャラでした。
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