杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

椿の庭

2022年08月27日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年4月9日公開 128分 G


葉山の海を見下ろす坂の上の古民家を移築した一軒家。絹子(富司純子)の夫の四十九日の法要が行われた。法要のあと、東京から参列した娘・陶子(鈴木京香)は、年老いた母がいまだ、姉の娘の渚(シム・ウンギョン)と二人きりでこの家に暮らし続けていることが気が気でない。東京のマンションで一緒に暮らそうと勧めるが、絹子は長年家族で暮らした思い出深いこの家から離れるつもりはない、と言う。よく丹精されたその家の庭では、四季の移り変わりにあわせ、花が変わり、海からの風も変わり、季節を全身に浴びるように感じることができる。今日も近づく夏の気配を感じながら、朝食をとる二人。

梅雨
激しい雷雨に藤棚の花が散り、やがて雨蛙が現れだした頃、渚が家に帰ると、玄関に見慣れない男物の靴が……。絹子は相続税の問題で、訪ねてきた税理士からこの家を手放すことを求められていた。絹子の悲痛な表情に胸を痛める渚。

盛夏
お盆に訪ねてきた夫の友人と、若い頃の思い出話に花を咲かせる絹子。渚は、このところ元気のなかった祖母が久しぶりに見せた笑顔に安堵する。だが、その直後、絹子は過労から倒れ込み、病院に担ぎ込まれる。

そして季節は秋から冬へ……絹子にも、渚にも、人生の新しい決断の時が迫っていた。(公式HPより)

 

数多くの広告写真を手がける上田義彦の初監督作品です。椿から始まり、ツツジに藤、松の葉から滴る雨の雫、蓮の花、仏壇の芍薬(牡丹?)や百合、スイカを切る音、梅に桜・・・庭に咲く四季折々の花々や果物と庭先から見える海の描写がとにかく素晴らしかった!

高台の古い日本家屋の一軒家に住む老婦人と彼女の孫の日常が淡々と綴られるだけのお話なので、静止しているかのようにゆっくり流れる時間を心地よく慈しむ心のゆとりのある時に観るべき作品です。

冒頭に登場する、椿の花でくるまれて庭に埋められる「金魚の葬儀」は、命あるものはすべからく朽ちる時がくることを示す象徴的なシーンです。蟻が寄ってくるリアルさにはちょっと目を背けたくなりましたが、これこそが自然の営みそのものとも受け取れます。

続いて描かれる49日法要場面で、この家の間取りや部屋の様子が映し出されます。絹子が着物を着替えるシーンで見せる流れるような所作がとても美しく印象的です。着物姿自体に品があり、旧き良き日本女性の姿が重なって見えます。

陶子が呼びかけた「渚」が何者なのか、親族らしいけれど陶子の娘とは違うような?と思いながら観ていくと、中盤あたりで絹子の長女が生んだ子で陶子の姪だとわかります。韓国人の男性と駆け落ちして家を出たこと、両親は他界していること、母親の最期の言葉が日本語で「ごめんなさい」だったことから、亡き母の想いを察して、叶わなかった祖母との暮らしを、自分が叶えようと日本にやってきたことが明かされ、やっと腑に落ちるのです。

同様に、相続税を捻出するために絹子が家を売らなければならなくなったこともわかってきます。季節は藤やツツジから紫陽花に変わり、瑞々しい桃を味わう真夏へ移ります。桃の皮を剝かずに切って出すのは韓国風?

お盆に尋ねてきた、夫の友人の幸三(清水綋治)をいそいそと出迎え、若い頃の思い出話を懐かしく語り合う二人。レコードに針を落として聴く曲はブラザース・フォーの『トライ・トゥ・リメンバー』亡き夫が好きだった曲です。劇中でも随所にこの曲が挿入されていました。「もし私がこの地から離れてしまったら、ここでの家族の記憶やそういう全てを思い出せなくなってしまうのかしら」という絹子のセリフに、彼女の想いが全て込められていると思いました。それは彼女が過去に生きているということでもあります。

庭先で倒れた絹子ですが、医者からは薬を飲めば大事ないと言われていました。しかし、税理士(ファン)が客(田辺誠一)を連れて来て、売却話が進むと、彼女は渚に隠れて薬を飲まなくなります。少しずつ家の整理をする様子にも彼女の「決意」が見えます。

陶子が訪れたある日、絹子は娘に夫との思い出の指輪を、渚にはパリで買ったブローチを譲ります。昔話に花を咲かせた夜、陶子は渚に姉と母のことを「お互いいつか元に戻れると意地を張ってたのね」と話します。

秋も深まった頃、渚は祖母が薬を飲んでいないことに気付きますが、何故と聞くことができません。落ち葉を掃いてと言う祖母に思わず苛々をぶつけてしまいますが、何よりもこの家を愛している祖母の気持ちに寄り添うことにします。

椿の花が満開になった天気雨の日、祖母は庭を眺めながら静かに息を引き取ります。祖母の手を握りじっと雨音を聞く渚の胸中にどんな想いが浮かんでいたのでしょうか。

梅の花が咲く頃、渚と陶子は家の最後の片づけにやってきます。そこで渚宛ての手紙とベビー靴(送りたくても住所がわからず送れなかった孫の誕生祝)の入った箱を見つけます。手紙には母が祖母に送った渚の赤ん坊の時の写真が同封されていました。時を超えてやっと届いた母と祖母の想いがそこにはありました。

桜の花びらが舞い始めたある日、家を壊す重機の音が響く中、渚は庭の金魚を迎えに行って一人暮らしの家に戻り、水槽に2匹の金魚を放ちます。

この結末は衝撃的です。家を大事に住んでくれると約束してくれたからこそ絹子は売却に応じたのではなかったのかと 確かに古い日本家屋は情緒はあっても便利さに慣れた人には不便なだけなのかもしれないけれど、あまりにも無残に取り壊される音に耳を塞ぎたくなる思いになりました。

家も人もいつまでも「同じ時」に留まることはできない。だからこそ今日の一瞬一瞬が愛しいと思える、そんな作品でした。

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