杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

弥栄の烏

2021年07月15日 | 

阿部智里 (著)文春文庫

八咫烏の一族が支配する異世界・山内を舞台に繰り広げられる、お后選び・権力争い・外敵の進入。大地震に襲われた山内で、100年前に閉ざされていた禁門がついに開かれた。崩壊の予感が満ちる中、一族を統べる日嗣の御子・若宮は、失った記憶を取り戻すことができるのか。そして、人喰い猿との最終決戦に臨む参謀・雪哉のとった作戦とは――。巻末には、先輩の大作家・夢枕漠さんとの熱い対談を収録!

八咫烏シリーズ第一部完結編です。
これまで周到に張り巡らされてきた伏線が全て回収され、この異世界の謎が明かされます。

山神の怒りにより大災害に襲われる山内。禁門が開いて大猿が現れ、若宮・奈月彦は神域の山神の元へ呼び出されます。人を喰らって化け物と化した山神から御供の少女の世話を命じられた若宮は、その一方で山神の正体を探ろうとしますが、同時に「金烏」とは何かと自分の存在意義を自問するようになります。

現世が舞台の前作「玉依姫」と対をなす今作で、山神の怒りを受けて殺された人物と生死の境をさまよう人物が誰なのかが明かされます。

一瞬で炭化したのは雪哉の親友の茂丸だったのねそして重傷を負ったのは澄尾でした。いつもは冷静沈着な雪哉の慟哭の描写は胸が痛くなるほどでしたが、彼の一番の理解者であり唯一心を許せる親友だった茂さんを喪ったことで、ますます冷徹な軍師となっていく姿は・・イタ過ぎる
展開は「玉依姫」で予めわかっているのですが、今作は八咫烏側の視点で進んでいきます。

浜木綿ではなく真赭の薄が志帆の世話をすることになった理由も語られます。

浜木綿は流産していて、子供が産めない身体だと宣告されてしまうのね 宗家の世継ぎを作るため、真赭の薄に側室になってくれと頼む彼女と、はっきり拒絶する真赭の薄。どちらの心情もしっかり描かれているのが凄い!

「玉依姫」では「英雄」が猿をも退治するのかと思わせる終わり方でしたが、猿との最終決戦は雪哉率いる八咫烏の勝利に終わります(それにしても雪哉の作戦は市井の者を犠牲にする冷徹なものでしたその雪哉が若猿に襲われた時、猿の最期の言葉に一瞬見せた表情はせめてもの救いになるのか??あれは「黄金の烏」で若宮が殺した子猿の兄だったっけ?)が、仲間を全滅に追い込んでまでも遂げたかった大猿の目的は、金烏の謝罪だったのです。謝罪と引き換えに金烏である奈月彦の「本当の名前」を教えると言いながら、謝罪を受けた後、その言を翻し自決した大猿に、彼の怨念の深さが窺えました。 

名前=自己を喪い消え去る運命にある金烏と八咫烏の世界。でもそれはまだ先の話です。

苦しむ奈月彦に浜木綿は、自分の過去の話(育てていた変わり朝顔が、身の変遷の後に同じ場所で原種に戻って逞しく咲き乱れていたこと)をします。希望は過去ではなく未来にあるのよね。玉依姫から授かった新しい命の報告をして物語は幕を閉じるのでした

今作では真赭の薄がクローズアップされていて、戦いの前に歩み寄りを提案する彼女は「女は引っ込んでろ」と雪哉たち武人に非難されるのですが、山神の命で神域に出向こうとする彼女を引き留める男たちに逆に「男は引っ込んでいろ」とやり返す場面があります。女はただ守られるだけの存在として認識されているのは八咫烏も人間も変わりないけれど、真赭の薄は性差を超えて、自分らしく生きることを選択した人として描かれていました。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 玉依姫  | トップ | オンネリとアンネリのふゆ »
最新の画像もっと見る

」カテゴリの最新記事