月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

久しぶりのまな板の鯉。脳外科での検査をうける

2021-08-01 23:42:00 | コロナ禍日記 2021

 

 

 

 



 

6月11日(金曜日)雨のち晴れ

 

 

朝6時起床。ヨガと瞑想は屋外。

病院というところは、病気を直すところではなく、病気をつくりあげるところではないか、と思う。

5月9日の外傷の突発的事故以来、じぶんの頭のことを本当は疑っている。大丈夫なのだろうかと。大丈夫と、思うのは自分だけで、他人からみたら、信じられない言動をし、本人はいたって普通で必死で前を向いて生きているような格好だ、そういうことが、ままあるのが、あたまの病気の人の言動だと承知していた。

 

きょうも、朝から忙しかった。人物取材や、グルメのコラム記事を書かせていただいた取材対象者に校正をまわし、別件でアポイントをとって、またテープをおこして記事をつくる。気づいたら2時前だった。

予約は3時だった。本当は、1週間前に検査をうけるはずが、5月のCT検査のあとで「いますぐどうということはないのですが、あなたの脳に空洞がある」といわれ、大いに心配。1回、仕事が多忙であったので、スルーして、今回の検査となっていた。

 

前回は、受診はバスと電車を乗り継いで、たいそう時間がかかったので、今回はマイカーで行こうと思っていた。

 

着くと、1階で予約カードを端末の中に差し込み、出てきた紙をもってエレベーターで2階まで。そのまま、放射線科へ向かう。病院の白い壁が黄ばんでみえる。コロナ患者も入院している指定病院だった。

 

 

黄金色に額装された様々な油絵ばかりが目に入り、消毒液の香りの中で絵画ばかりをみて歩く。

 

突き当たりが、脳外科の検査室だった。まるで銀色の業務用大型冷蔵庫だ、少々おじつけずいて鉄製のドア外に立つ。いつだっただろう、よく似たドアをみた。と思ったら、8年前に行われた手術室のドアを思い出したのだった。

 

中にはいると、すぐにピンクの検査着に着替えてほしいと指示をうけて、いわれるとおりに着替えをすませた。

手首に、自分の名前をかかれたビニールの腕輪こそなかったが、心なし手術の時をおもいだして、心臓がどきどきとしてきた。

 

検査室というのは、蛍光灯がはんぱなく、明るい。強い視線で誰かにみつめられているみたいだ。

ピンク色の検査着をきているわたしには、スポットライトにあたっている。他人からはどうみえるのだろう。そう考えたら笑いがこみあげてきた。

 

 

「さ、ここで横になってください」といわれ、ストレッチャーの上によじのぼって仰向けに寝る。と、そこままトンネルの中に運ばれた。先週金曜日の頭のCTに続いて脳のMRIだ。

 

耳にはヘッドフォンをしていたが、音がわずかにしか聞き取れない。おかしいな、壊れている? 大丈夫なのだろうか。始まれば、安定的に響くだろうし、と思い、きゅっとまぶたを閉じた。

 

コーンコーンコーン、ぴぴぴぴぴ、ぐわーーん。カーンカーン。ガガガーー!

頭蓋骨にむかって響き、魂ごと破壊する大轟音ダ。音によって体が破壊されようとしている。死がとても近しいものに思えた。ななんだ。なんだこの大音量の洪水。

 

以前、腹部のMRIを受けたときには、クラシック音楽に助けられたというのに。全くといって聞こえない。

 

これはまずい。どうしよう。わたしは恐怖のあまり、瞑想状態に入ろうとする。深呼吸をし、1から10まで数えながら深い呼気と排気を繰り返す。必死に吸い、体のなかに滞る空気を一心に吐いて、吐き切った。

 

音が襲ってくる。すごい音、音により破壊されるようだった。

なんて長い20分間だろう。般若心境を唱える。最後には父の戒名を呼び、体の内から音に負けないように、パワーを発信し続けた。そうしないことには、外からの轟音に対抗できなかったから。わたしにとっての闘いの30分となった。あいかわらず、ヘッドフォンは作動せず、音楽など全くといいほど流れていなかった。

 

 

いつまで、……? 時計も壊れているの?

もう力尽きそうになった時、音がややフェイドアウトした。3分ほど経っただろうか。ストレッチャーは穴の外へ運び出された。騒音の降らない世界、ここは天国か。いつもの世界にもどってこられた。

 

「あのヘッドフォン、全く鳴ってなかったです。次の方も大変だから」

「あら、そう。ごめんなさい。」看護婦さんがぺろりと舌をだす。

検査着から着替えている最中に、グランドフードホールのゼネラルマネージャーさんから、携帯電話を頂戴した。仕事の案件が、成立したようだ。凛とした覇気のある声をきいて、心底、幸せな気持ちになった。切って2分もしないうちに、グラフィックデザイナーのAからも電話があった。「だ、大丈夫。えっ?お父さんの戒名と般若心行を唱えていったって。それおかし。お父さんも大変ね、こう度々じゃあ。ゆっくりできないで」と大笑いしていた。

 

 

表にでたら、夏の光がそそいでいた。セミがいまにも鳴き出しそうな快晴の空だった。病院のそばに立っていた見上げるほどの大きな楠の木、無数の葉がざわざわと揺れていた。葉のゆらぎの中に、なにか自分にむかってのメッセージがあるように感じ、茂みの奥をしばらく観察し、立ち止まってみあげていた。

1週間後。診察室

「あなたの脳は全くの正常です。脳の萎縮も血栓もいまのところはみあたらないです。外傷の後遺症も、いまのところはみられませんでした」「あの、脳の空洞は?」「あれ?、うぅーん、おそらくここ。薄いのですよ。僕は外科手術でそうなったと最初、思ったのですが。そうではないといわれたので。少し心配になったのです。いまのところは大丈夫」ドクターは頭を掻く。

これで仕事が続けらる!アタマに浮かんだのは、そのひとつだけだった。

 

 



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