月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

ことばの力で運命は変わる

2023-04-25 19:51:00 | 随筆(エッセイ)





 文は体を表す、と言われる。文章には書き手の性格や考え方、教養まで滲み出る。人間の有り様が分かるという意味だそうだ。手紙にしろ、電子メールにしろ、文字を書く時はこれらを思い出し、言葉の音(おと)を大事に綴る。届ける人の顔を思い浮かべながら、足したり引いたり、今の心に一番ぴったり合う言葉をみつけるように心がけている。

 では、話し言葉はどうだろうか。人は何げない言葉に救われたり、傷つけられたり、導かれたりしている。美しい言葉で丁寧に話す人は往々にして誰からも信頼を得ているようである。反対に陰口を叩いたり、噂話や人を揶揄をしたり。誰それを罵倒したりが多い人は、言葉を吐く時も苦しげであるし、歯をくいしばって闘わねばならない人生が多いのではないのか。〝口は災いの元〟というが、自身を含めて災いにならないよう気をつけねばならない。悪態が勝る人で、幸せな人を見たことがないから(歯に衣きせず自分の考えを発言する人は別です)。

 これは私の憶測だが、前者の人は口からこぼれた言葉を、声帯を通して自身の耳で聴き、心で捉え、肌感覚で感じ、当の本人がいちばんダイレクトに言葉を受け取ってしまう、だから、自身をも傷付けているのではないかしら、と思ってみたりする。言葉は返ってくるという恐ろしさがあるのだ。

 ああ言霊信仰である。言霊とは、言い放った言葉が魂をもち現実に起きることだが、1300年前に編まれた古事記や万葉集にも記述がある。神社で、お祓いや祈祷をする時に神主さんが奏上する祝詞は、神への崇拝が込められた最上級の祈りの言葉。悲観論はそのとおりに不運をもたらし、「よかったわ」「ありがとう」「あなたのおかげかも」「必ずやり切ります」と自分を肯定し、ポジティブな言葉や願いを口にすることは、どうにも幸運を引き寄せる、らしい。

 口下手な私は、なかなか思うように喋ることは難しいが、周囲に対する誠実な思いを飾ることなく伝えられたら、言葉の力に照らされて、心も豊かになれるかも……!いい本や美しいものに触れ、内面を耕すことで言葉の力は変わる!そう思って今日も心清く、あなたへ思いを乗せて、メッセージ(言葉)を届けよう。

トップの写真は、熱海の来宮神社の樹齢2100年のクスノキです。このエッセイは、季刊誌にて掲載されたものを一部加筆修正。




52. 言葉の力で運命が変わる|みつながかずみ|writer @k_anderu #note #この経験に学べ




太陽とデッキチェア

2023-04-25 19:47:00 | 随筆(エッセイ)







 冬の至福といえば、ぽかぽかと照る陽ざしの時間だ。どの季節よりも光のオーラを集め、まっすぐな力で完全な日だまりをつくる。凍るような北風を忘れるほどに、陽差しはものすごい力で人々をぬくめ、行き交うものや車のフロントガラスや、裸の木々、緑やそこかしこに濯がれて、万物に安らぎと安心を与えている。ほんの一時のマジックのように。

 今年、デッキチェアを購入した。南向きのベランダに配置し、水やりした植物から漂う緑の精気を感じながら、山の稜線や流れる雲、木々の先に止まった鳥のつがいなどを眺めている。

 たいていは、朝、淹れ立ての紅茶と本を持って、そこへ座る。時には、進まない仕事の原稿を持って、赤のボールペンで直しを入れたり、資料を読んだりということもある。デッキチェアは、外と内の境界線にある異世界。本であれ、回想であれ、もうひとつの世界へ旅するのにちょうどいい場所だ。

 わたしにとって旅のホテル選びの条件は、地の食材をつかった料理がおいしいことを一番にあげるが、その次はテラスからの眺めを優先させたい。なぜならホテルのテラスで、外の音を聴くひとときが、その旅を振り返った時、印象に残ることが多いから。
 昨年の初夏は八重山諸島を旅した。空がまだ碧い時刻。小浜島のテラスからは、刈られたばかりの芝から、虫の羽音と青臭い匂いが、水のような新鮮な空気の中に充満していた。朝露で濡れているテラス用のゴムサンダルが足裏の熱を鎮める。ギャー! キュルルルルルぅ、ルル、亜熱帯特有の嘴がオレンジにとがった野鳥が叫ぶ。寄せては返す波の静寂が、昨晩から鼓膜に張りついたままだった。
 前日は、小浜島から、石垣島を経由してフェリーで2時間半くらいの西表島にいた。神秘のサンクチュアリ、一本一本の木々から樹海の精気を噴き上げているような圧倒的な湿気と巨大なシダ類やヒカゲヘゴが、樹齢数百年の杉に絡みつく岩山をトレッキングした。マングローブの森をカヌーで滑る。水面に指を浸けてなめると、塩っぱかった。


 わたしは、冬のデッキチェアにいながら、あの旅のひとときとつながっている。そういった異国がここにはあると思う。冬の太陽がみせる奇跡だ。