陽だまりのねごと

♪~思いつきひらめき直感~ただのねこのねごとでございますにゃごにゃご~♪

まぐだら屋のマリア    原田ハマ

2011-12-07 06:11:01 | 
まぐだら屋のマリア
クリエーター情報なし
幻冬舎


兄の原田宗典の方はよく知っている。
最近ご無沙汰だけど、一時ハマってよく読んだ。
宗典の妹がこのハマさんだとここ最近知って、きっと同じく笑える話を期待して図書館で借りてきた。

泣いた。
小説を読んで泣いてしまうなんて、若くもない私、ここんとこ記憶がない。

題名からしてキリスト教に関係があるのかとも思って読み始めたが、
宗教色は名前だけ。
主人公他登場人物の名は読みが聖書に登場する人物というのは兄に通じるユーモアか?

     紫紋 シモン 

     丸孤 マルコ
     
     与羽 ヨハネ     
 

そして題名のマリアはなんと

     有馬リア 上から読んでも下から読んでも ありまりあ 通称 マリア

地名もまた凝っている。
実際にあった老舗料亭の食品偽装事件を思い出させる話が小説のはじまりに出て来て、
主人公が死ぬために辿りついたのが

     尽果  つきはて

まくだらはマグロとタラをかけあわせたような美味な魚で
食べたら尽き果てた命も救われるという伝説の怪魚がこの辺りで獲れるということから
まくだら屋という店の名になったと、
確かに、
命名だけは著者が兄宗典の妹だとニンマリさせる。

この小説には家族とか地域とか、個と個でバラバラな今、失われた言ってしまえば
薄っぺらい言葉かもしれない愛が充ち溢れ、人がそれによって再生されてゆく過程が
劇的なストーリー展開のベースでゆるやかに描かれている。

本当に泣けた。終章で涙が滲んでしまった。
やさしい。
やさしすぎる。
人は、ほんとうは、やさしく神様に創られているような気がしてきた。

介護もすぐに介護サービスに頼らないで、
地域で、お世話になった人たちの自発性で支えられている場面では
ここまで介護保険が財政困難で追い詰められている背景が頭を巡った。
介護が個人の私のものから公のものという社会通念に
あっさり取り替わったところに起因している所為もある。

家庭内で長男嫁のものであった介護があまりにあまりだから公で手助けしよう
ここまで介護保険を使いやしないだろう?から始まっている。
完全に『家庭』から『介護はプロの手で』にすり替わるとは、しかもたった10年で。
政治屋の皆様も想像しなかったのよね?

いまや子育ても家庭から地域に出てきている。
保育園育てが主流となり、
子育て期間は家に居るから、まずは仕事を探すママで溢れている。

家庭の役割はどんどん社会が担い、地域の連携は天災の度に思い出される。

古き良き人間関係が、この小説にはそっくりそのままあった。

まぁ~いいや。
読み終えた今日は、性善説で~♪

さぁ~散歩いこっと






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