脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

きょうの収穫

2009年07月31日 | 心の葛藤
庭での本日のささやかな収穫です。

脳脊髄液減少症がひどくなってから、
なぜかゴーヤを体が欲するようになりました。

ゴーヤーチャンプルーが大好きです。

何か効く成分が入っているのかもしれません。
あの苦味成分がいいのかもしれません。

今日は涼しかったのに、
具合が悪くて何もする気になれず、
ほどんど
寝ていました。

気分も何かとめいっています。

昨日は、
ちょっと出かけたこともあって
その後、暑かったせいか、庭に出て立っているだけで

何度も立ちくらみのような、
脳貧血のような、

意識が遠のくような、倒れこみそうなことが
何回もありました。

脱水なのか、異常に水分を取ってばかりいました。

たった一人の時に、倒れこんで
打ち所が悪かったら、
そのまま誰にも気づかれないのかなぁ・・・なんて

ふと、考えてしまい
あわてて、家の中に入りました。

そんなこんなで

今日で7月も終わりです。

時間がたつのが早く、齢ばかりとってしまいます。

このまま
私の人生何もできずに終わってしまうのだろうか・・・?

そう考えると、

今でも、ときどき生きているのが嫌になります。


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半世紀も生きてきて、私は何をしてきてのだろうか? (はな)
2009-07-31 22:56:16
なぜ死なせてもらえなかったのだろうという体験があります。

小学校の遊具で圧死寸前になった時。
中学生の時、深夜に家に放火された時。
部活のしごきで日射病で2回目の心臓マヒを起こしそうになった時。
町内会のクリーンデーで、障害のある子どもが草刈り用の鎌を振り回し、私の眼鏡がぶっ飛んだ時。

一番応えたのは、私の大切な娘が、私の頼んだ用事の為に外出した時にあと一歩で飛び降り自殺の巻き添えになる所だった事。

私の気づかない所で私を守ってくれる人が居る!?

そのことを胸に刻めるようになってまだ数年です。でも体調不良の時はそんなことは忘れてしまいます。

そういえば外国に一年少し暮らした時、人種差別としか思えない嫌がらせを受けて借家を出たこともありました。

見えないことから起こる無理解、見えるがために起こる差別。現実は簡単には変わらないけれど、心は変えられると思います。
ゆめさんのブログでどれほどの人が勇気づけられているでしょうか。感謝です。
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