2015.11.17 人吉城に16:30分過ぎに到着、人吉城歴史館は17:00で閉館のため
スタンプ押印と館内展示の簡単な拝観を先に済ますと16:45分頃になってしまった。
城内の拝観は現地案内人によると往復急いでも約40分かかり、
いささか山登りになるので、お体に無理のある方は歴史館を見学、
又は資料を参考に無理のない所を散策し、17:25迄にバスに戻るようにと話があり、
夕暮れにもなり急いで怪我でもしては皆に迷惑をかけると私は西外曲輪と
大手門橋を渡り川の向こう岸から復元された多門櫓等の撮影をすることにした。
残念であるが、国宝青井阿蘇神社の拝観や五木寛之の百寺巡礼の人吉別院も
まだ残っているので、また人吉に来ることに期待した。




人吉城 国指定史跡 日本百名城 およそ700年という長い期間、この地を治めた相良氏の居城。

案内図




人吉城 模型や古写真。




大手門跡



多門櫓と大手橋



角櫓

再建された建物群 左から角櫓、長塀、多門櫓。いずれも平成5年(1993)に復元された。
手前を流れる川は左、球磨川、右は同支流の胸川。


長塀跡


軍役蔵跡.買物所跡。


角櫓跡と船着場跡。



西外曲輪


井戸遺構.道路部分は後口馬場。奥に見えるのは人吉城歴史館「相良清兵衛屋敷跡」。

人吉城歴史館玄関。



相良清兵衛屋敷の地下室遺構。江戸時代の慶長年間(1596~1614)に建造され、
1640年の「お下の乱」の直後に破壊されて埋められる。
見学終了後今日の宿泊地鹿児島市に向かう。
スタンプ押印と館内展示の簡単な拝観を先に済ますと16:45分頃になってしまった。
城内の拝観は現地案内人によると往復急いでも約40分かかり、
いささか山登りになるので、お体に無理のある方は歴史館を見学、
又は資料を参考に無理のない所を散策し、17:25迄にバスに戻るようにと話があり、
夕暮れにもなり急いで怪我でもしては皆に迷惑をかけると私は西外曲輪と
大手門橋を渡り川の向こう岸から復元された多門櫓等の撮影をすることにした。
残念であるが、国宝青井阿蘇神社の拝観や五木寛之の百寺巡礼の人吉別院も
まだ残っているので、また人吉に来ることに期待した。




人吉城 国指定史跡 日本百名城 およそ700年という長い期間、この地を治めた相良氏の居城。

案内図




人吉城 模型や古写真。




大手門跡



多門櫓と大手橋



角櫓

再建された建物群 左から角櫓、長塀、多門櫓。いずれも平成5年(1993)に復元された。
手前を流れる川は左、球磨川、右は同支流の胸川。


長塀跡


軍役蔵跡.買物所跡。


角櫓跡と船着場跡。



西外曲輪


井戸遺構.道路部分は後口馬場。奥に見えるのは人吉城歴史館「相良清兵衛屋敷跡」。

人吉城歴史館玄関。



相良清兵衛屋敷の地下室遺構。江戸時代の慶長年間(1596~1614)に建造され、
1640年の「お下の乱」の直後に破壊されて埋められる。
見学終了後今日の宿泊地鹿児島市に向かう。