HARD HEAD

旅行 社寺

西国三十三所 第三番粉河寺

2012-04-30 09:41:04 | 西国三十三所札所
2010.6.8 第四番施福寺から父鬼街道(480号線)を峠越えをすれば

 距離は近いが道路の名前が良くないので遠回りだが170号線から62号線

 を通るルートにしたおよそ60分程で着く丁度十二時昼食をとる。





 江戸中期の建築として知られる雄壮な大門(重要文化財)

 左右の金剛力士像も5mもあり勇壮である。



 中門(重要文化財) 1832年再建、豪壮さの中にも繊細さが漂う。







 本堂(重要文化財) 創建770年幾度かの火災に遭う、戦国時代秀吉の

 紀州攻めに巻き込まれてほぼ全山焼失した、現在の本堂は1720年建立、

 高さ33m欅材で入母屋造りを上下に重ねた複雑な構造は、

 八ツ棟造りとも呼ばれる、西国三十三所中もっとも大きな本堂

 本尊千手千眼観音菩薩は永遠の秘仏。







 本堂前の庭園 桃山時代の枯山水鑑賞式蓬菜庭園で国の名勝指定。

 第二番金剛宝寺(紀三井寺)に向かう。  

西国三十三所 第四番施福寺

2012-04-28 14:10:12 | 西国三十三所札所
2010.6.8 昨日和歌山市内に宿泊し今日は第四番→第三番→第二番と巡る予定



 第四番施福寺は西国霊場屈指の難所 交通も最寄駅から直通のバスなし

 南海バスからシャトルバス(オレンジバス)乗り換え平日は一日四本のみと

 接続が悪いのでレンタカーにした、予約してある和歌山駅近くの店に

 八時開店を待ち車を借りて阪和自動車道、和歌山ICから高速道に入り

 岸和田和泉ICで降りるそれから槇尾山駐車場までは10キロで着く

 槇尾山の山頂近い標高530mの山中にある本堂に向かって急勾配の参道を

 登り始める約10分程すると仁王門に着く。



 仁王門が見えまずはホットする





 仁王門をくぐると、参道は再び急勾配の、自然石の石段、道も狭くなり

 歩きにくい、息も上がって辛い、山頂に近くなると小雨も降り始めた、

 30分程かかりやっと頂上にたどり着く、冷たい風が心地よい。







 本堂 寺の創建は古く仏教伝来して間もないころ、その後寺は繁栄し

 天正年間には寺領二万石、一山の坊舎約970、僧3千人を抱える大寺院と

 なったが、織田信長の焼き討ちで諸堂は焼失、現在の諸堂は安政年間

 信徒によって再建された。



 西国巡礼を再興した花山法王がこの寺を訪れた際、あまりに深い山に

 道に迷ってしまった、その時馬が道案内したという伝説にちなみ馬の

 銅像も立つ。



 境内は金剛、葛城連峰の展望台からは大和葛城山、金剛山などの

 山並を望むことができ、眺望は素晴らしい。





 帰路は余裕ができ、参道途中の弁才天社による、役行者や行基らが

 修行したという落差50m余りの満願の滝がある

 (上下二枚の写真でひとつの滝です) 第三番粉河寺に向かう。

 



 



 

湯田中温泉 散策

2012-04-26 15:30:49 | 旅行
4.24 帰りのバス出発は13時30分朝食後散策にでる







 駅北側に回ると足湯、300円で入れる日帰り入浴施設「楓の湯」、保存

 されている旧駅舎がある、東京ではハナミズキが咲いているがこちらは

 梅が終わり桜は満開前です。



 南に下り夜間瀬川に行く湯田中栄橋より下流(西)を見るとうっすらと

 左に黒姫山右に妙高山の残雪が見える。



 同じ橋より上流を見る 川の上流は横湯川となり地獄谷野猿公苑がある。



 東京ではなかなか見られない土筆も一面にあり、採っていたご婦人もいた。

 それから街中を歩いて見た名前の由来開湯1350年前、田の中からこんこんと

 湧き出ずる湯のとうり外湯の数は多数ありその中の「大湯」は共同浴場の

 番付の東の横綱に選ばれたとの事ですが、歓楽街温泉の雰囲気は

 余りありませんでした、バスにて帰路に着く。



 帰りは中央道で八王子に向かう 諏訪湖が見える。



 八ヶ岳 山頂に少し雪がある



 双葉サービスエリアによる 走行中座席の反対側の窓に残雪の甲斐駒ケ岳、

 富士山も顔を出していたので、降りてから撮影に行くが雲に隠れて

 見えず残念でしたが、一宮では桃の花も見られ無事旅を楽しみました。


信州小布施 散策

2012-04-25 16:42:25 | 旅行
2012.4.23 地獄谷野猿公苑より帰りのバスが予定より一本早い便に乗れた

 のと天気も大丈夫そうなので小布施まで行く事にする、11:58分発の

 特急に乗り22分程で小布施に着く。



 1000系ゆけむり 最後尾展望車両より桜が満開





 北斎館 江戸の浮世絵師、葛飾北斎(1760~1849)が晩年80代半ば

 地元の豪商高井鴻山(1806~83)の庇護のもとに描き遺した作品

 が展示されている。



 東町祭屋台天井絵「龍」と「鳳凰」



 上町祭屋台天井絵「怒涛」の男波と女波



 東町祭屋台天井絵「鳳凰」図


 
 岩松院 北斎館より30分程歩き到着した







 仁王門 桜が満開





 本堂 本堂の大間天井絵「八方睨み鳳凰図」タタミ21畳の大画面は葛飾北斎

 最晩年の作品





 戦国時代の悲劇の武将 福島正則(1561~1624)公の霊廟

 広島城(49万8千石)の大大名が、幕府の謀略により1619年この信越地方

 (4万5千石)に国替えさせられた。



 

 一茶と蛙合戦の池

 俳人 小林一茶(1763~1827)は1816年当地を訪れ

 「やせ蛙まけるな一茶これにあり」を詠んだ

 寺の桜の花見時になると裏庭の小さな池にヒキガエルがいずことなく

 集まってくる、産卵するメスが少ない為オス同士奪い合いとなる

 合戦を見て詠んだ。病弱な初児、千太郎への声援の句である。



 境内に水芭蕉も咲いていた、水も綺麗だ。



 特急2000系スノーモンキーで湯田中温泉にもどる。(本日の歩数15000歩)





湯田中温泉 湯ったり

2012-04-25 13:44:27 | 旅行
2012.4.22~4.24 信州湯田中温泉に妻と温泉にゆったり入りに行きました



 行きは上信越道浅間山は少し残雪が見えました



 湯田中温泉に13時頃着き、明日の天気予報は降雨、一日ホテルにいる

 予定にして早速外湯めぐりに出かけ、二軒の露店風呂を回ってきた

 湯量豊富源泉かけ流し、いい湯でした。夕方からは雨も降り始めた

 宿泊したホテルの風呂もサウナ、大浴場、ジャグジー、打たせ湯、寝湯、

 薬草風呂等楽しみ就寝した、翌朝目覚カーテンを開けると朝日が射していた

 地獄谷温泉のお猿の温泉が見たく、妻に声を掛けたが興味ないとの事で

 一人で行きはタクシーで向かう。









 天然記念物、渋の地獄谷噴泉







 地獄谷野猿公苑 世界唯一の温泉に入る猿、冬期は多数の猿が

 入って温まる、外人観光客も珍しげに写真を撮っていました。







 野猿は河原、山に多頭数おり、人にも慣れている、近くにある一軒家の

 旅館の窓は全て金網が貼ってあった。

 帰りは上林温泉バス停までゆみち遊歩道を30分歩いた、少し時間が

 あったので近くを散策する。



 民俗資料館 豪雪の館 

 建物は江戸安政年間に日本有数の豪雪地帯、新潟県松之山町に建てられた

 「豪農の家」を移築、復元したもの。





 山ノ内町立志賀高原ロマン美術館と「遊説カー」 

 世界的な建築家黒川紀章、設計の縁で妻若尾文子と選挙遊説した車が

 寄贈された。