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おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「音」(百年文庫)ポプラ社

2012-07-19 22:34:38 | 読書無限
 暑い日には、涼しいところで、読書。例えば、行き帰りの電車の中。幸いにゆっくり座ってほどよいクーラーがきいていて。
 が、暑いところを歩いてきて、座席に座ると、ホッと一息、ついつい居眠り。気がつくと乗り換え駅。ということもままありますが、読書もたまには。
 百年文庫は短編シリーズでほどよい長さ。時にはすてきな清涼ドリンクにもなります。このところ、女性作家のものを。
 幸田文さん「台所のおと」。そして、川口松太郎さんの「深川の鈴」。もう一つは、俳人・高浜虚子の小説「斑鳩物語」。前の二つがとてもすてきでした。
 特に幸田文「台所の音」。ついつい夢中になって読んでいて、慌てて飛び降りました。夢中になることは素敵ですが、時には心臓によくないことも。ちょっと大げさですが。
 後数ヶ月しか持たないだろう、病の床につく「佐吉」とかいがいしく台所で働く20歳も年の差のある女房の「あき」。本人には気づかせまいとの周囲と自然と己の生命の長くないことを悟っている本人と、互いに心を許しあう人々の(市井の人々の)心の機微が描かれています。
 「なか川」という小さな料理屋が舞台。病で倒れ台所に立てなくなった夫に代わり、それまでともに作りだしてきた料理を今度は一人で料理する「あき」。障子一枚隔てた病の床で聞き耳を立てて聴く「佐吉」。今の音は何をしている音なのか、ちょっと水の出し方が・・・、自分が立てる音ではないもどかしさの中で音を聞き分ける。心の動揺をもそのかすかな音で見分ける神経の高ぶり・・・。
 包丁を、水を、油を・・・、それぞれの音が作り出す微妙な音色。一つ一つの音の、あるいは一連の流れの音の醸し出す雰囲気、味わい、それを感じる人の心とそのふれあい。
 幼い頃、自分が病気で寝ているときなど、隣の台所で立てる母親の物音、いったい何をしているのだろう? そんな子供の頃の記憶は誰にでもありそう。自分が動けないもどかしさと不安と母親がいるという安心感と・・・。
 作者の幸田文さんの文章、厳格な父親幸田露伴の晩年を看取った経験が生かされているような文遣い。くわいを揚げる音と雨の音のオーバーラップ。雨を待ちわびる病人の心と台所の情景が見事に浮かび上がってきます。
 ラストは、お手伝いする若い二人の結婚の話と5月の幟の話で終わる。4月までの命と悟りつつある二人にとってかなわぬ5月への夢、その上での諦観が巧みです。
 最近は、こうしたしみじみとしたお話が好きになりました。年のせいでしょうか。
コメント
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