三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

E・F・ロフタス、K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話』

2005年08月06日 | 問題のある考え

E・F・ロフタス、K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話 偽りの性的虐待の記憶をめぐって』はほんとに恐い本である。
8歳の時、父親が友達を強姦して殺したのを目撃した女性が、そのことを全く忘れていたのに、20年後に突然思い出し、女性は父親を告発した、という事件が1989年にあった。
このニュースは私も読んだことがあり、へえー、そんなことがあるのかと思ったものでした。
カウンセリングによって抑圧されていた性的虐待の記憶を思い出した人は、欧米には大勢おり、親が告発されて起訴され、中には有罪の判決を受けて刑務所に送られる人がいる。
ところが『抑圧された記憶の神話』によると、カウンセラーの暗示、誘導によるニセの記憶らしいのだ。

アメリカでは、性的虐待の記憶どころか、宇宙人に誘拐されたこと、悪魔崇拝の儀式への参加、前世といった記憶すらも、カウンセリングを受けることによって思いだし人がゴロゴロいる。

こういう理論である。

諸問題の根源は子ども時代のトラウマにある、トラウマを受けた子どもは心理的な苦痛を回避するために記憶を抑圧することが多い。カウンセリングの大きな目的は抑圧された記憶を取り戻し、トラウマを日の光にさらすこと。そうすれば抑圧された記憶の暗黒の力は消散する。

抑圧と忘却とは違う。
忘却とは物忘れ、抑圧とはある一部の記憶だけを失い、しかも記憶を失ったという意識さえないことである。
耐え難い経験は抑圧して、記憶から消してしまう、だが抑圧されていた記憶を思いだせば、すべてはよくなるという理屈は素人にはもっともらしく聞こえる。

カウンセリングはこのように進められる。

あなたの人生に何か問題があるのなら、あなたは虐待を受けていた可能性がある。

こういう考えのカウンセラーは、すぐさま「子どもの頃、身体的、性的、情緒的な虐待を受けたことはありませんか」と暗示し、誘導する。
そして、思いだせない人には、記憶が思いだせなくても心配しなくていいと言う。

記憶のない女性は多く、最後まで思いだせない人だっているのです。でも、だからといって彼らが虐待を受けなかったというわけではありません。

そしてこんなことまで言う。

虐待の出来事を具体的に思いだせない場合、記憶が抑圧されている可能性がある。抑圧は記憶を意識から消してしまうだけでなく、それ自体が虐待の指標かもしれない。

性的虐待の記憶がないことが、性的虐待があった証拠だと言うのである。

このように、カウンセリングによって親から虐待を受けたという記憶を植えつけられてしまうことが社会問題化しているという。
虐待された記憶がないのは子どもばかりではなく、虐待をしたとされる親のほうも自分が虐待をしたことを覚えていない。
だからといって、虐待がなかったことにはならない。
親も虐待したという記憶を抑圧しているかもしれないからだ。

虐待されたと告発された親が、やってもいないのに罪を認めている。
ある父親は17年間も子どもたちを性的虐待し、告発される一ヵ月前にも虐待したと娘から言われているのに、全く覚えていない。
ところが、警察やカウンセラー、牧師たちに自白を強要され、その父親は嘘の自白をし、現在は刑務所に入っているそうだ。
ちなみに、性的虐待を認めた父親は福音派の熱心な信者である。

この問題は、多重人格障害や外傷後ストレス障害の増加についても当てはまるかもしれないそうだ。
今までほとんど症例のなかった多重人格障害が驚くほど増加しているし、外傷後ストレス障害は当然のようになった。
これは被暗示的な人がカウンセラーによる暗示に迎合し、暗示にそった症状を呈し始めることで生じるのではないかと考えられている。

抑圧された記憶がはたして事実なのかどうか。
ロフタスたちは偽りの記憶(スーパーで迷子になったなど)を作り出すことに成功している。
だから、宇宙人に誘拐されて身体を調べられた、という記憶を、カウンセリングによって与えることは十分に可能なわけである。
となると、カウンセリングによって思いだした記憶が、本当に事実なのか、暗示による空想なのかはわからない。
問題は、実際に性的虐待によって苦しんでいる人がいるわけで、それがこの問題の非常にデリケートな点である。

回復した性的虐待の記憶がはたして事実かどうか、きちんと確認していかなければならないのだが、すべての問題が性的虐待によって説明できると考えているカウンセラーの思い込みに反証することは難しい。
私が性的虐待を受けたことはない、もしくは性的虐待をしたことはない、ということを証明するのは不可能である。
誰も覚えていない、だけども必ずあった性的虐待。

性的虐待を受けたかどうかをチェックするリストがある。

1 自分のしたいことが何かわからないで困るということがありますか?
2 新しい経験をするのが怖いですか?
3 人から何か暗示されると、従わなければならないように感じますか?
4 人から暗示されたことが命令のように感じられ、従いますか?。

これはリストの一部だが、言うまでもなく誰にでも当てはまることばかり。

アメリカでは、女性の三人に一人、男性の七人に一人が18歳になるまでに性的虐待を受けているという。
どういうのが性的虐待かというと、身体接触がなくても性的虐待になることはたくさんある。
子供部屋にノックもせず、いきなり入る、性器を見せる、卑猥な言葉を言う、などなど。
クレヨンしんちゃんのお父さんみたいに、ぞうさんぞうさんと、ちんちんぷらぷらさせるのもダメだし、カンチョーもダメ。

(追記)
宇宙人による誘拐についてはスーザン・A・クランシー『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』を見てください。

コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 青草民人「弱肉強食」 | トップ | 「あなたが大切だ」 »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
杉田水脈には及ばざるが如し (ゴーストバスターズ)
2020-04-12 17:15:10
  >子供部屋にノックもせず、いきなり入る、性器を見せる、卑猥な言葉を言う、などなど。
クレヨンしんちゃんのお父さんみたいに、ぞうさんぞうさんと、ちんちんぷらぷらさせるのもダメだし、カンチョーもダメ。

 就学前の女児をお父さんがお風呂に入れてあげたとき、ノリノリでやってましたならともかく。小学生にあがった娘に対しては、母親に頼めばよいのではと思いますし、中学生になった娘の部屋にノックもしないで勝手に入ったり、高校生になった娘に、相変わらず下ネタの親父ギャグを連発したりというようなお父さんは持ちたくないですよね。
 職場でも女性の従業員に同じ態度で接していたら、セクハラ・パワハラ・モラハラもんですね。

 認知心理学の応用研究としてもっとも成功した分野のひとつが「目撃証言の研究」だそうで、なかったものを思い出すという関連研究は、このロフタス以降たくさんの蓄積がありますね。
 ま、しかし解離性健忘といって「あったにもかかわらず思い出せない」という現象も起こるわけですよね、人間には。

 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/08-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E8%A7%A3%E9%9B%A2%E7%97%87%E7%BE%A4/%E8%A7%A3%E9%9B%A2%E6%80%A7%E5%81%A5%E5%BF%98

 それをカウンセラーやセラピストが不適切な方法を使って無理強いするのは問題があるということで、このような傾向には一定程度歯止めがかかったようですが。

 翻って、歴史修正主義という問題。ある漫画を一冊読むだけで、ある本を一冊読むだけで、それまで学問が積み上げたこと、ある通説を全否定する。〇〇は、無かった。あれは、朝日のねつ造だ!と。ソーシャルメディアであっというまに広がり、同じ傾向のフォロワーだけ集めれば極論と思われるものも大手を振ってまかり通る。お互い気を付けたいものです。
返信する
正か邪か (ゴーストバスターズ)
2020-04-13 21:20:37
 TEDは、英語のいい勉強になるのでよく見ますが、このロフタスさんの肉声を聞くこともできますね。
 https://digitalcast.jp/v/17663/
 
 しゃべり方がキツイので聞きやすいとは言えない話ですが。ここでロフタスさんは「記憶」はレコーディング・デヴァイスのようなものではないと言われてます。録画や録音したものではなく、ウィキペディアのように書き換えが加わるものだ、と。だから人の証言はあてにならない。これによって冤罪の被害者が減ったと評判になったんですね。

 フォールス・メモリー。虚偽記憶というものが人為的に作られる、というところから一歩踏み込む。ショッピングモールで迷子になってお年寄りに助けられたという、まったく経験していない記憶を被験者の四分の一に暗示によって作り出した。また溺れかけて救急救命士によって助けられたという記憶を作り出した例を挙げてます。昔、心理学ってなんだか人体実験場(動物実験)みたいで不愉快で近寄りたくなかったですね。今は倫理委員会があるんだってロフタスさんも釈明していますが。
 そしてこの研究を発表したことによってリプレスド・メモリー・セラピストたちから嫌がらせを受けるようになった、と。で、このあとのいきさつはこの「解離性同一性障害」のウィキペディアの記事が詳しいです。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%A3%E9%9B%A2%E6%80%A7%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3#%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%A0%B1%E5%91%8A

 ジュディス・ハーマンという精神科医の著書の出版をきっかけに、アメリカで女性が親を訴える裁判が頻発した。で、逆に訴えられた親たちがフォールス・メモリー・シンドローム・ファウンデーションを結成し逆訴訟を行い、さしづめその理論的支柱となったロフタスVSハーマンの対決の様相となった、と。
 で、ハーマンは1981年の原著の邦訳出版時にこう記します。「(同書の出版)当時の主な課題は、近親姦の話題を避けるという臨床家の誤りを正すことであり、その反対の間違いについて警告する必要はほとんどなかった。だが近親姦についての認識が増えてきた昨今では、あたかもトラウマの記憶を浮上させさえすれば病気が治るかのごとく、児童期虐待の可能性を積極的に追い求めすぎるきらいのある臨床家も出てきたように思われる。近親姦の問題はあまりにも強烈な感情を引き起こすため、臨床家といえども共感的で受容的な好奇心という専門家としての基本姿勢から、どちらかの方向へ逸脱してしまうのかもしれない。」と。

 学者さんといえども神さまではないので誤ることもこともあれば謝ることもあるってことでしょうか。

 管理人さんが
>問題は、実際に性的虐待によって苦しんでいる人がいるわけで、それがこの問題の非常にデリケートな点である。

 と言われるように、この「親からの(性的)虐待」が、すべてセラピストの誘導による娘さんの側の妄想でした、では片付かないんですよね。

 認知行動療法を学ぶにあたって、その基礎として認知心理学を学ぶと、この「記憶」あるいは「学習」をめぐっていろんな面白い研究にふれられます。頭のやわらかい若者でなくても、効率よく勉強するにはどうすればいいかのヒントがいっぱい得られますわ。
返信する
アエラドットのどっと疲れる記事 (ゴーストバスターズ)
2020-04-13 22:13:13
 「近親相姦はなぜいけない?」という記事があります。へえ~川田順造って高名な学者さん。こんなインタビューに答えているんだとかえって感心。

https://dot.asahi.com/dol/2017052900060.html?page=1

 また、こちらの事件の加害者は、娘に対する性行為をビデオに撮影していたという物証があるので、娘さんの妄想というわけにはいかないでしょう。

https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_1391703/

 概して管理人さんのブログは、加害者よりの(援護射撃的)記事が多く、被害者の苦しみについては小西聖子さんの著書の紹介などわづかですね。
返信する
身内の痛み (ゴーストバスターズ)
2020-04-13 23:18:10
 自分の身内に被害がおよび、職場に出ることも出来なくなり、付き合ってた人とも別れ、引っ越しを余儀なくされ、言動が少しおかしくなったのを見ててホントに辛い。

 加害者は立件もされず、こちら側の苦悩なんて知るよしもないし、もちろん慰謝料を払いにくるわけでもない。のほほんと生きてるだろう。ああ、こういう不条理を被害者の方たちは受けるのかと思うと、第三者がほにゃららほにゃららといい気になって語ってるのが本当に腹立たしい!
返信する
本人が望まない (ゴーストバスターズ)
2020-04-14 13:34:13
 オヤジの側がたいしたことないと思ってても、長年それを言われ、なされた側は耐え難い思いを抱く。
 これを他の例に置き換えれば。他人につけたあだ名。呼ばれる方は耐え難い屈辱を抱いていたが、ずっと黙っている。我慢に耐えかねて、ようやくそういうふうに呼ぶのはやめてくれと直接ぶつけても相変わらずあだ名で呼び、こんなのが「人権問題かよ。たいしたことないだろ」と嘯く。

 管理人さんは、再犯率(再犯者率は高くても)が数%なら低いものだ、などと書かれてますが、被害に遭った者にとってはそれが初犯の人間であろうと、再犯者であろうと、100%の現実の被害ですよ。
 初犯の加害者の側は、犯罪という意識が低いんでしょうね。で、いっぺん捕まってこれが犯罪なんだってようやく理解する。罪を犯す側に、「学習」させるために被害者があるのでしょうかね。

 管理人さんの文章をよんでると、「権力」を勇ましく批判する文章が並んでいますが、自分の権力性というものに対しては非常に鈍感だと感じます。さすが、浄土真宗。無戒名字の比丘ですね!
返信する
ああそうですか ()
2020-04-15 20:13:08
>管理人さんは、再犯率(再犯者率は高くても)が数%なら低いものだ、などと書かれてますが、被害に遭った者にとってはそれが初犯の人間であろうと、再犯者であろうと、100%の現実の被害ですよ。
>自分の権力性というものに対しては非常に鈍感だと感じます。

近親相姦について長々と書いて、結論はこれですか。
おかしくないですか。
奧さんにどう思うか聞いてください。

被害者の人権はないがしろにされているのに、加害者の人権ばかり大切にしている、と非難されているように感じます。
そんなことは一言も言ってないと言われそうですが。

訪れる人もまれなブログにコメントするよりも、再入率を下げようという法務省の施策は権力的だと、法務省に抗議するとか、ご自身のブログやフェイスブックで情報発信されたらいかがでしょうか。
こういったやり取りはもうしたくありません。
返信する

コメントを投稿

問題のある考え」カテゴリの最新記事