樅の木は残った  上・中/下 読み返した本  11

2011-04-30 15:32:20 | 日記
山本周五郎著  新潮文庫

「口外してはいけない」ということを守ることが、如何に難しいことかを実感させられる本。
テーマはいわゆる「伊達騒動」。歌舞伎の「先代萩」「伽羅(めいぼく)先代萩」で有名なので改めて紹介する必要はないと思う。
主人公・原田甲斐は非情な男である。同時に藩の存続に決死の思いを持つ、熱血漢でもある。彼は仲間との密約を決して口外しない。しかし、同盟を誓った仲間は、原田甲斐の余りの口の堅さに疑心暗鬼になる。「我々は仲間なのだから、もう少し腹を割ってもいいのではないか」というわけだ。
ここだ。一旦、「口外しない」と誓ったのだから、それを守るのが当然のことなのである。甲斐は、その約束に殉じて横死する。
考えてみて欲しい。最近の贈賄事件といい、特捜検事の証拠捏造事件といい、裁判になるとポロポロしゃべりまくる。白を切れと言っているのではない。そうしたことの裏には、それなりの信念があった筈なのだ。
根性がないと言いたいのだ。つまり、すこぶるつ付きの悪人が居なくなった。逆に言えば、すこぶる付きの、信念を持った人間も居なくなったのだ。
誰でも一生抱えていかなければならない荷物がある筈だ。それも人には決して言えないことが。それを、ペラペラ喋ってしまったら……。昔、『わたしは貝になりたい』という小説と映画があったのを思い出す。