おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

トリコロール/青の愛

2024-01-19 07:26:22 | 映画
「トリコロール」三部作です。

「トリコロール/青の愛」 1993年 フランス / ポーランド / スイス


監督 クシシュトフ・キエシロフスキー
出演 ジュリエット・ビノシュ ブノワ・レジャン
   エレーヌ・ヴァンサン  フロランス・ペルネル
   シャルロット・ヴェリ  エマニュエル・リヴァ
   ジュリー・デルピー

ストーリー
ジュリー(ジュリエット・ビノシュ)は自動車事故で夫と娘を失う。
夫は優れた音楽家で欧州統合祭のための協奏曲を作曲中だった。
ジュリーは、田園地帯にある屋敷をすべて引き払い、それまでの人生を拾ててパリでの新しい生活を決意する。
そして夫の未完の協奏曲のスコアも処分してしまう。
ジュリーは、空っぽになった家に密かにジュリーに思いを寄せていた夫の協力者であったオリヴィエ(ブノワ・レジャン)を呼び出し、一夜を共にするが、かれの目が覚める前に家をあとにする。
手には彼女と過去を結ぶ唯一のあかし、“青の部屋”にあったモビールを握っていた。
パリでの生活を始めるジュリーは静かな毎日を過ごしながらも脳裏にはあの旋律が甦ってきて、焦燥感と不安に駆られていた。
老人ホームにいる母親(エマニュエル・リヴア)もジュリーを虚ろな目で見ているだけだった。
そんなある日テレビをつけるとオリヴィエが処分したはずの楽譜を持ち、自分が曲を仕上げると宣言しているのを見る。
そして夫が見たこともない若い女性と写っている写真も公開されていた。
大きな動揺の後、ジュリーは、オリヴィエに曲の手直しを夫のメモを元に指示し、また夫の愛人で彼の子を身ごもっているサンドリーヌ(フロランス・ぺルネル)に屋敷をゆずる。
ついに完成した曲をオリヴィエは、ジュリーの作品として発表すべきであると言う。
ジュリーは、ひとしきり考え、彼の元に向かうことを、彼の愛を受け入れることを決意する。


寸評
冒頭でジュリーら一家が乗る車が道路から外れ巨木に激突する事故を起こし、夫と一人娘が死亡してしまう。
その前の映像からして、事故は恐らく故障によって操縦が効かなくなった為に起きたのだろう。
事故の瞬間が捉えられていないが、エンドクレジットの後で事故は架空のものであり、故障によるものではないとスポンサーへの配慮を見せていることが何よりの証である。
病院で目覚めたジュリーは喪失感に包まれ自殺を試みるが死ねない。
そこでジュリーが口にする「やっぱり死ねない」のひとことは、彼女が再生を目指す存在になったことを示し、物語はそこから始まる。

人は逃れようのない出来事にしばしば出会うことがある。
言いようのない体験を受け入れ難いとき、運命という便利な言葉に逃げ場を求める。
ジュリーは運命を受け入れ、全てを処分することで過去を切り離し再生を目指すが、過去の記憶が存在している限り彼女は自由になることができない。
映画は印象的なブルーの映像を散りばめながら、ジュリーの厭世的な生き方が描き続けられる。
ドラマ性は乏しいのだが、ジュリエット・ビノシュが醸し出す雰囲気と映像が僕をつなぎとめる。
運命は偶然という事象にもつながり、ジュリーの十字架のチェーンを届けに来る青年はそれを偶然見つけたのだろうし、娼婦と言われた女性にも偶然が訪れている。
風俗ショーに出演している彼女は、うつろな父親がショーの女性の下半身を見つめている姿に出会う。
見たくはない父親の姿に偶然出会ってしまった戸惑いだ。
いたたまれなくなった女性はジュリーに慰めを求め、ジュリーはそこで夫の作曲に関わるテレビ番組を目にする。
偶然目にすることになった番組を通じて夫の恋人の存在を知ることになる。
ドラマ性が少なかった映画はこのあたりから俄然輝きだす。
二人は対面することになるが、普通なら修羅場となりそうなものだが、二人とも冷静である。
亡くなった夫は二人を愛していたのだろうが、愛の中身は違っていたのだろうと思う。
妻への愛は完璧な女性として尊敬する気持ちから生まれたものだったと思うし、恋人であったサンドリーヌには癒されるものがあったのではないかと想像する。
ない物ねだりを二人にしていた身勝手な男だったのかもしれないが、二人はそんな男を許しているようだ。

未完であった夫の楽曲を完成させようと、最終的にジュリーが動き出す。
ジュリーが過去に背を向けるのではなく、受け入れることを意味している。
ズビグニエフ・プレイスネルの音楽がジュリーを後押しするように奏でられ、音楽映画の様相を呈してくる。
過去に起きたことを愛すべき記憶として受け止め、ジュリーは新たな自由を得ることが出来たのだろう。
いつまでもブツブツ言いたがる者にはたどり着けない境地でもある。
最後に残るのは信仰と希望と愛──この三つの中で最も尊いものは愛だと歌われる。
ここでの愛とは寛容さを示す優しさを言うのだろう。
ジュリーは夫を認め、恋人女性を認め、オリヴィエの愛を受け入れる。
僕には望みを叶えることが出来たオリヴィエに対する羨ましさが残った。