おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

遠い夜明け

2024-01-10 07:06:31 | 映画
「遠い夜明け」 1987年 イギリス


監督 リチャード・アッテンボロー
出演 ケヴィン・クライン デンゼル・ワシントン
   ペネロープ・ウィルトン ジョゼッテ・シモン
   ケヴィン・マクナリー ティモシー・ウェスト
   ジャニタ・ウォーターマン ジョン・ハーグリーヴス
   イアン・リチャードソン ジョン・ソウ

ストーリー
1975年11月24日、南アフリカ共和国ケープ州クロスロード黒人居留地。
静寂を打ち破って次々と黒人たちを虫けらのように襲う武装警官の集団により大地は血で染まって行く。
この事実は無視され、平穏無事に公衆衛生が行なわれたという放送が数時間後にラジオから流された。
黒人運動家のスティーヴ・ビコを白人差別の扇動者だと批判していた「デイリー・ディスパッチ」新聞の編集長ドナルド・ウッズは黒人の女医ランペーレに案内されて、ビコを訪れた。
ビコは、ウィリアムズ・タウンで公権喪失の宣言を受け拘束下にあったが、何ら臆することもなく、許可地以外の黒人居留地にウッズを案内した。
ウッズは自分の新聞社に2人の黒人を雇った。
彼は、自分の信じる道を歩き続けるビコに心を揺り動かされた。
ビコは幾度となく逮捕され、警察の暴力を受けていたがひるむことなく自分の考えを主張し続け、日に日に支持者を増やしていった。
しかし、ある日、彼が作りかけていた村が覆面の男たちに襲われた。
この中に警察署長がいたことを知ったウッズは、クルーガー警視総監に訴えたが、全ては彼の命令で動いていたのだった。
やがてウッズにも監視の眼が向けられ始め、彼の新聞社で働き出していた2人の黒人が逮捕された。
その頃、独房に入れられていた黒人男性のマペトラが自殺するという事件が起こったが、調査の結果、看守が糸で吊ったマペトラの人形を囚人に見せていたという事実が判明。
このような不穏な動きによって、ケープタウンの黒人学生集会に参加するために旅立ったビコは、途中の検問で逮捕されてしまった。
狂気のような拷問の続くなか、1977年9月12日、彼は遂に帰らぬ人となってしまった。


寸評
南アフリカのアパルトヘイト政策は1994年4月に全人種が参加する選挙が行われ、5月にネルソン・マンデラが大統領に就任して完全に消滅するまで続いた。
映画は黒人解放活動家スティーヴ・ビコと南アフリカ共和国の有力紙デイリー・ディスパッチ紙の白人記者ドナルド・ウッズとの交友をベースに描かれている。
2部構成の作りで、前半はウッズとビコの友情を軸に人種差別問題の実態を描き、後半では国外脱出を図るウッズ一家の動向が描かれる。
オープニングは、黒人たちが住むスラム街が警察の強制的な追い出しを受けるところから始まる。
警官が容赦なく黒人たちを家畜のように追い立て、掘立小屋をブルドーザーでつぶしていく。
一切手加減しない残虐非道なシーンは本当に耐え難いものだ。
するとシーンは突然静かな寝室に転換してラジオのスイッチが入る。
ニュースとして流されている内容は「公衆衛生のために、警察当局は、警告を発した後に、不法居住区から労働許可証を持たない居住者を立ち退かせた。誰もが、抵抗せず自発的に従った」というものである。
ニュースである以上、これが多くの人々の知る「事実」なのだから、国家による情報捏造は恐ろしい。

ジャーナリストであるウッズは白人至上主義を否定しているが、同時にウッズを黒人至上主義者として見ていて、彼に対する批判記事を新聞に載せる。
それは取材によるものではなく彼の思い込みによるもので、いわば捏造記事だ。
ジャーナリズムに対する批判も見て取れる。
ウッズはプールつきの家に住み、住み込みの黒人家政婦がいるという、まったくの白人社会の人間だ。
その彼が、ビコと共に黒人居留区を訪れ、彼らがどのような生活をしているのかを見、会話を通して彼らがどんなことを考えているのかを知り、白人とか黒人とかではなく、ビコを人として魅了されていくプロセスが前半だ。
ビコの魅力的な人柄が描かれていくが、それは同時に我々がウッズの立場に立って黒人たちの考えを知っていくという巧みな演出である。
ビコの主張に正当性があることを如実に表しているのが裁判のシーンだ。
対立を暴力と結びつける検察官に対して、「私たちは今こうして対立しているけれども、これは暴力でもなんでもないですよね」と応答する。
「自分たちをなぜ黒人と呼ぶのか、見たところ褐色だ」と言われれば、「あなたたちは白人と言うが、見たところピンクだ」と言って笑いを誘う。
ビコの理想が言論によって伝えられるクライマックスとなっているが、権力側は当然そんなビコを許さない。

後半では差別に異を唱え始めたウッズに対する警察組織の迫害が始まり、被害は彼の子供たちにも及んだことで妻の賛同を得て、実態を伝える本の出版の為に家族が国外への脱出を図るプロセスが描かれる。
趣は前半と打って変わりサスペンスタッチで、僕はこの様変わりに少し戸惑った。
分かってはいるとは言え、展開にはハラハラするところがありエンタメ性を感じられたのだが・・・。
ウッズが回想するソウェト蜂起の描写に憤りを覚え、天安門事件を同時に思い浮かべた。
家族が全員で国外脱出するラストシーンは、まるで「サウンド・オブ・ミュージック」だった。