おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ハーヴェイ

2024-01-29 07:17:39 | 映画
「ハーヴェイ」 1950年 アメリカ


監督 ヘンリー・コスター
出演 ジェームズ・スチュワート ジョセフィン・ハル
   ペギー・ダウ チャールズ・ドレイク
   セシル・ケラウェイ ヴィクトリア・ホーン
   ジェシー・ホワイト ウォーレス・フォード

ストーリー
米国中西部の小さな町グレンドーラ。
当地の名門ダウド家の主人エルウッドは、ハーヴェイと称する6フィートの白兎と大の親友であると自ら信じ込んでいる。
会う人毎に名刺を渡そうとし、この親友を紹介したがるので、彼と同居している姉のヴィタや彼女の娘マートル・メエは大いに閉口している。
ヴィタは、マートル・メエの婿探しに適齢の男性がいる婦人の茶会を催したが、エルウッドがチャーリーの酒場でいい御機嫌になって帰宅して兎を紹介しはじめたので、婦人たちは気味悪がって早々に退散してしまった。
ヴィタは遂に彼を精神病院に入れることにしたが、病院の若い医師サンダースン博士はヴィタの説明することが支離滅裂だったのでヴィタを患者と間違えた上、エルウッドにすっかり共鳴してしまった。
院長チャムリー博士はエルウッドが帰ってからやっと彼が狂人であることに気づき、ヴィタを釈放する一方でサンダースン博士をクビにしてチャーリーの酒場に彼を追って行くが、これまたすっかりハーヴェイ党になって馴れぬアヴァンチュールにまで発展した末、兎の幻想に追われながら帰院した。
看護人ウィルスンはエルウッドを探してダウド家を訪問するが、そこでメエはウィルスンといい仲になる。
一方エルウッドは酒場でサンダースン博士と看護婦ケリーを結び付けてやったのだが、ウィルスンに発見されて病院へ連れ戻され、ヴィタの願いで幻想の消える注射を打たれることになった。
しかしこの時乗ってきたタクシーの運転手から幻想の消えた患者が如何に平凡な人間になるかを聞いて、彼女も初めてエルウッドの良さを悟った。
入院はおろか注射も中止して、彼女とエルウッドは、見えざるハーヴェイともども心楽しく帰宅した。


寸評
この作品をコメディのジャンルに入れるとすれば、姉や姪がエルウッドを精神病院に入院させようとするシーンが最もそれらしいのだが、僕にはとてもこの作品をコメディとは思えなかった。
担当医としゃべっているうちに、医者は姉のほうを患者だと勘違いし強制入院させるくだりである。
間違いが分かり姉のヴィタは帰宅してくるが、病院で受けたひどい仕打ちをぶちまける。
病院が彼女を患者として扱ったための行為なのだが、彼女からすれば衣類をはぎ取られ水風呂に入れられるという、まるで娼婦に対する扱いを受けたとスゴイ剣幕なのである。
勘違いから生じた滑稽話で愉快な内容となっている。
しかしそれ以外は、彼が他の人には見えない大きなウサギのハーヴェイと一緒にいることで、他の人から気味悪がられるエピソードと、何処までも純真で穏やかで物事にポジティブなエルウッドと、そうではない人々とのすれ違いによる騒動を描いているだけである。
しかもエルウッドの性格を反映して、実にゆったりとした、ほのぼの感に満ちたシーンが続くので、作品は大笑いといった風ではない。
エルウッドはハーヴェイを隠しもせず閉じ込めもしない。
カウンターに座って隣にいるハーヴェイに話しかける。
バーにいた客は気味悪がって出て行くが、バーテンはいつものことだから気にしない。
そんなシーンが手を変え品を変えて繰り返されるが、僕はさして面白いとは思わなかった。
どうもアメリカ人と僕の間にはジョークに対する感性の違いが横たわっているように思う。

エルウッドの説明によるとハーヴェイはプーカである。
プーカはケルト神話にある動物の姿をした妖精で、特に変人・奇人が好きだということである。
エルウッドは決して変人・奇人ではない。
長年精神病院に患者を運んでいるタクシーの運転手はヴィタに、「病院に来る前は回りを見渡して素晴らしい光景を発見し、非常に優しくチップもくれた人が、治療を受けた後は横暴になって運転に文句ばかりを言うようになり、チップもくれなくなる」と言う。
それを聞いてヴィタはハッと気がつき、「弟は気が違っているのではない、犯罪を犯したわけでもない、白いウサギが見えると言っているだけだ。ウサギがみえているままで人をハッピーにする人間であるほうが、よほどまともな人間ではないか」と思い直す。
しかし、どうもこのヴィタにもハーヴェィが見えていたようなのである。
彼女はハーヴェイを否定しているのではなく、白いウサギがのさばって家を占拠しているみたいで気味が悪いから、ハーヴェイをどうにかしろと主張しているのだ。
病院の医院長もハーヴェイが見えだす。
彼も素直な気持ちになり、心に秘めたことをハーヴェイに聞いて欲しいと思うようになる。
目に見えない存在に話しかけるのはエルウッドだけではない。
亡くなった父や母、妻や夫や友達、あるいは犬や猫にだって話しかけることってあると思うし、そういう行為をおかしいとは思わないだろう。
人は見えない者に語り掛けるような優しさを持つべきで、好かれる人間であるべきだと言っているのだと思う。