おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

長い散歩

2024-01-22 07:21:03 | 映画
「な」行に入ります。

「長い散歩」 2006年 日本


監督 奥田瑛二
出演 緒形拳 高岡早紀 杉浦花菜 松田翔太
   大橋智和 原田貴和子 木内みどり 
   山田昌 津川雅彦 奥田瑛二

ストーリー
安田松太郎(緒形拳)は、昔ながらの厳格で規律を重んじる元高校の校長だが、教育者としての厳格さがアダとなって幸せな家庭を築けず、アルコール依存症だった妻(木内みどり)を亡くし、成人した一人娘(原田貴和子)とも親子の溝と心の壁が出来てしまっていた。
彼は家を娘に渡して自分は小さな別のアパートに引っ越すことにした。
引っ越し先のアパートには5歳の娘、幸(サチ)(杉浦花菜)を連れたシングルマザーの横山真由美(高岡早紀)が暮らしていた。
真由美は恋人の水口(大橋智和)と一緒になって幸を虐待していた。
幸は薄汚い同じピンクのワンピースに身を包み、腕や足には理不尽な暴力による傷跡が絶えなかった。
そして彼女は自分の身を守るように段ボールで作った天使の羽根をいつも背中に身に付けていた。
いっぽうで、真由美の彼氏の水口は幸の頭を撫でて優しく接しているが、その関わり方は彼女を「女」として見ているものだった。
ある日の午後、幸が水口に性的な目線を向けられ、足を触られているのを見た真由美は、娘に彼氏を盗られたと思い込んで激しい嫉妬心と怒りで幸を押し倒し、絞め殺そうとした。
痛々しい耳をつんざくような悲痛なSOSを隣室で聞いた松太郎は何とか助けねばと、母親に猛抵抗して難を逃れて家を飛び出した幸を追いかけた。
幸は樹海の中にある小さな洞窟のような空間に普段から買ってもらえない玩具や絵本を万引きして溜め込み、「小さな居場所」を作っていた。
そして、ついに見かねた松太郎は少女を救い出し、彼にとって数少ない家族との幸せな思い出の地である山を目指し旅に出た。


寸評
5歳の幸を演じた杉浦花菜ちゃんに大拍手である。
母親の高岡早紀から虐待を受け続けるが、その時に放つ目線がいい。
細やかな演技指導が行われたと推測できるが、あの年齢でそれを受け入れて見事に演じきっている事に驚く。
可憐さやあどけなさを表現するのなら何とかなりそうだが、役柄は虐待を受ける幼い少女である。
彼女の演技なくしてこの映画は成り立たなかっただろう。

母親の真由美は自分の親の育て方を見習っているだけだと言っているが、どのようにして我が子の虐待に至ったのだろう。
真由美は幸が幼稚園の頃には天使の羽をつけてのお遊戯会に出席していたようだが、どうやらその時に亭主(?)に去られたことが原因のようでもある。
シングルマザーとして水商売に身を投じたことも原因だろうが、ヒモ男と出会ってしまったことが大きかったのかもしれない。
内縁の男と一緒になって実の子を虐待する事件は度々報じられているから、描かれたような環境下に置かれている子供は結構存在していると思われる。
母性本能以上のものが生まれてしまう心理状態が僕には理解しがたい。
もっとも、真由美が言うように、僕が幸せなためなのかもしれない。

作品はある種のロードムービーでもあるのだが、目指しているのは松太郎一家が幸せに暮らしていた頃に訪れた青空が美しい山である。
松太郎にとっては贖罪の旅であり、心に傷を負っている幸にとっては再生の旅である。
店員がまったく気付かない事に違和感があるけれど、幸の万引きシーンや食品売り場での悪戯シーンにはゾッとする恐ろしさがあり、ゆがんだ心の表現としては強烈だ。
幸はなかなか松太郎に心を開かないが、やがて少しずつ打ち解け始め、ワタル(松田翔太)という青年の登場で急激に変化していく。
松太郎は娘と関係が上手くいっていないが、娘が万引きをした時に発した「校長の娘が万引きをするとは何事か!」とひっぱ叩いたことを原因としている。
つまり、妻子よりも自分の立場や名誉を重んじる利己的な人間だったという事だろう。
ワタルという青年もアフリカから帰国して世間に馴染めないでいる孤立者だ。
両親と共に過酷な状況のアフリカの地で暮していたようだが、帰国してからは精神的にも日本に溶け込ず、周囲も彼を受け入れなかったのかもしれない。
疎外者であることは幸も同様で、幸が松太郎より同類のワタルになついていくのは分からないでもない。
松太郎の行為は冷静に見れば誘拐であり、真由美が捜索願を出したことで手配されることになるが、真由美には幸を気遣う愛情がまだ残っていたと言う事だろうか。
誘拐犯として松太郎は刑に服するが、それぞれの者たちはその後どうなったのかまったく分からない。
特に幸は一体どうなったのだろう。
希望ぐらいは見せてくれても良かったのではないかと思う。