おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

拝啓天皇陛下様

2024-01-31 07:18:37 | 映画
「拝啓天皇陛下様」 1963年 日本


監督 野村芳太郎
出演 渥美清 長門裕之 左幸子 中村メイ子
   高千穂ひづる 藤山寛美

ストーリー
山田正助(渥美清)はもの心もつかぬうち親に死別し世の冷たい風に晒されてきたから、三度三度のオマンマにありつける上、何がしかの俸給までもらえる軍隊は、全く天国に思えた。
意地悪な二年兵(西村晃)が、彼が図体がでかく鈍重だからというだけで他の連中よりもビンタの数を多くしても大したことではなかったが、ただ人の好意と情にはからきし弱かった。
入営した日に最初に口をきいてくれたからというだけで棟本(長門裕之)に甘えきったり、意地悪二年兵に仇討してやれと皆にケツを叩かれても、いざ優しい言葉をかけられるとフニャフニャになってしまう始末だった。
だが、中隊長(加藤嘉)の寄せる好意には山正も少々閉口した。
堀江中隊長は営倉に入れられれば一緒に付き合うし、出て来れば柿内二等兵(藤山寛美)を先生にして読み書きを習わせるのであった。
昭和七年大演習の折、山正は天皇陛下の“実物”を見た。
期待は全く裏切られたが、この日から山正は天皇陛下が大好きになった。
戦争が終るという噂が巷に流れ出すと、山正は天国から送り出されまいとあわてて「拝啓天皇陛下様」と、たどたどしい手紙をかこうとした。
が、それは丁度通り合わせた棟本に発見され、危うく不敬罪を免れた。
まもなく戦況は激化、満州事変から太平洋戦争へと戦線は拡がり、山正はその度に応召し、勇躍して戦地にむかった。
そして終戦、山正はヤミ屋をしたり開拓団に入ったりの生活をしていたが、懐かしい棟本を訪れた。
ところが、同じ長屋に住む未亡人(高千穂ひづる)に失恋した日から山正は姿を消した・・・。


寸評
日本の戦争映画は新兵が古参兵にいじめられるシーンを描くことで、軍隊はひどいところだと繰り返し描いてきたが、本作はそれとは真逆の作品である。
軍隊生活は、食うや食わずの元農民にとっては極楽だったという視点で描いているのだ。
幼い頃からの食うや食わずの苦しい生活に比べれば、地獄のような軍隊の訓練も楽なもので、おまけに村では正月だけ食べることができた白いオマンマが朝晩食べられる軍隊ほど結構なところはない。
何とかいつまでも兵隊でいられないもこかと考えた時、「そうだ、軍隊で一番偉い人、大元帥陛下に手紙でお願いしよう」となるというものである。
天皇は極楽をもたらしてくれる尊敬の対象で、イデオロギーから来ているものではない。
極楽だった軍隊に馴染みすぎた為に、戦後の日常に適応できなかった滑稽さを、もっと上手く描いていたら傑作喜劇になっていたのではないかと思う。

この作品は軍隊はあくまでも彼等が属していた社会の一部としての存在で、描かれているのはヤマショーこと山田正助と棟本の友情物語である。
人のよい彼等も古参兵となると新兵イビリをやらかすようになっているが、彼等のキャラクターや描かれている内容からして陰湿になるまで描かれることはない。
今まで彼等をいじめていた原一等兵も除隊する時には善人となって彼等と仲良く別れていくのだ。
ヤマショーがいざ除隊という時になって、覚えたての字で「ハイケイテンノウヘイカサマ」と天皇に軍隊に残してもらえるように手紙を書くところなどは、彼の悲惨な生活を想像させるに十分なのだがチョット物足りないかな。

ヤマショーこと山田正助の物語を戦友・棟本の視点から描いているが、その描かれている内容は男の友情の一つの美しい姿である。
戦地で死線を共にした戦友としてではない、ある時期を一緒に過ごした者の友情だ。
終戦後、浮浪者のような格好の山田が現れ、棟本夫婦は同居させてやっている。
ちょっとしたことで山田は追い出されてしまうが、やがて再会しまた交流を深める。
山田は失恋して姿を消すが、結婚相手が見つかり棟本夫婦に仲人を頼みに来る。
羨ましいような友人関係であるが、しかし結末は悲しい。
棟本は酒に酔った山田がトラックにはねられて死亡した死亡記事を目にする。
そして「背景天皇陛下様、あなたの最後のひとりの赤子がこの夜戦死をいたしました」とつぶやく。
多くの国民を天皇陛下万歳と叫ばせて死なせた軍国主義へのささやかな批判だろう。
戦争(軍隊)を扱っていながら、野村芳太郎監督はそれを前面に押し出すことのない喜劇に仕上げているのだが、風刺喜劇としては少し力感に欠けているように感じる。
一人の心優しい孤独な男を通した人間喜劇として、題名と共にではあるが記憶に残る作品だと思うが…。
でも、あの柿内二等兵という先生役は藤山寛美という天才喜劇役者である必要があったのかなあ。

僕等のような年代の者にとっては、中村メイコ、桂小金治、若水ヤエ子などのバイプレーヤーを見ることが出来るのは懐かしいし、街の人として山下清画伯が登場しているのはちょっとした驚きだ。