おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

天使の分け前

2022-11-26 08:58:45 | 映画
「天使の分け前」 2012年 イギリス / フランス / ベルギー / イタリア


監督 ケン・ローチ                                                                   
出演 ポール・ブラニガン ジョン・ヘンショウ ガリー・メイトランド
   ウィリアム・ルアン ジャスミン・リギンズ ロジャー・アラム
   シヴォーン・ライリー チャーリー・マクリーン

ストーリー
長引く不況で若者たちの多くが仕事にあぶれるスコットランドの中心都市グラスゴー。
暴力が日常になっている環境に生まれ育ち、子供の頃から何度も警察の厄介になってきた青年ロビーは、恋人との間に子供ができたことをきっかけに、今度こそ生活を建て直したいと願う。
恋人の妊娠が判明し、心を入れ替えようとした矢先に再び暴力事件を起こしてしまい、裁判所から300時間の社会奉仕活動を命じられる。
彼がそこで出会ったのは、同じ社会奉仕を命じられて現場に集まった同世代の男女3人の若者たちと、彼らの指導にあたるウイスキー愛好家の中年男ハリーだった。
ハリーはロビーの境遇に理解を示し、まるで息子にでも接するように親身になって相談に乗ってくれる。
ロビーはやがて、親身に接してくれるハリーからウイスキーの奥深さを学び、興味を持つようになる。
だが恋人の父はロビーと娘の関係を認めず、手切れ金をやるから娘や子供と別れてロンドンにでも行けと圧力をかけてくる。
以前からもめ事の絶えないチンピラ連中も、事あるごとにロビーにちょっかいを出してくる。
このまま暴力事件にでも発展すれば、今度こそロビーは刑務所行き決定だ。
ロビーが煮詰まっている様子を見て、ハリーは彼をウィスキー蒸留所の見学に連れ出す。
だがこのことが、ロビーの人生を大逆転させるきっかけとなるのだった……。


寸評
この映画で一番良かったのはタイトルだ。
「THE ANGELS' SHARE (天使の分け前)」とは中々のタイトルでテーマそのものだ。
天使の分け前の云われは劇中で語られるが、ロビーにこれぐらいの分け前が有ってもいいのではないかと訴えていたと思う。
描かれている世界の現実は非常に厳しいものだ。
主人公のロビーは暴力事件を起こして監獄行きの一歩手前、仕事はもちろんのこと住む所すらない。
そんな境遇をストーリー展開の中でサラリと物語っていくところがよい。
ロビーはかつての悪仲間に付きまとわれていて、更生したい気持ちが有るにもかかわらず、彼らによって度々悪夢の世界に呼び戻されそうになる。
「いざとなった時は、良いことをやった仲間より、悪さを一緒にやった奴の方が助けてくれる」とは私の知人の言葉なのだが、ロビーにとっては彼等は厄介者でしかない。
そんなロビーを温かく見つめるのがハリーなのだが、このハリーも一介の労働者であり決して裕福ではない。
しかし彼の住む部屋には優しい日差しが入り込み、彼の人柄を表す空間として描かれている。
ハリーの優しさは、ロビーの長男誕生の報を祝ってスプリングバンク32年物のウィスキーをふるまうことで象徴的に描いている。
ネットで調べてみたら、このスプリングバンク32年物は4万円以上するシロモノだった。

前半では、貧しさが人を残酷にする様子を切々と描き、主人公と周辺人物にきっちり感情移入させていく。
その演出はけっしてオーバーにならず、あえて言えばドキュメンタリー風でもある。
必要以上とも思える前半の描き方から、後半部分では一転して非現実的と思えたり、時にクスクス笑ってしまうようなシーンが登場してくる。
そのアンバランスが、貧しい人々を救うのはこの程度の分け前で十分なんだぞと強調しているようで、前半に感じた重たい気分が、ここにきて爽快感に変わっていく。
このあたりの脚本は素晴らしいと思う。
最後のウィスキーを失うくだりや、ハリーへの感謝の表現は拍手喝さいものだった。

僕が知らなかったスコッチウィスキーの世界も、興味を持って見ることが出来た。
おそらく「天使の分け前」のエピソードは一生忘れないだろうし、ウィスキーを飲んだ時にウンチクを傾けたくなるだろうと思う。
テーマを表現する舞台装置としてのウィスキーだったのだろうが、でもやはりウィスキーが舞台装置である必要があった映画だと感じた。