蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

変幻の妙

2016年06月20日 | 季節の便り・花篇

 梅雨最盛期の雨が奔る。屋根を叩く雨音が一段と激しくなり、熱中症計の湿度は84%を表示している。一年で一番不快な季節の真っ只中に呻吟している。

 原因不明の熱と腰痛・関節痛・頭痛で、3日間寝込んだ。氷枕のゴロゴロと鳴る音を聴きながら、倦怠感の底に沈む毎日が続いた。駆け込んだ行きつけの病院は運悪く主治医不在で、大学病院から派遣された若い研修医らしき医師は触診も聴診もせずに、問診だけで「風邪の症状もないから、これ以上の検査はしないし、風邪薬も出せません。解熱剤を出しますから服んで様子見てください」
 無理に大口開けて「喉を見てください!」と迫ってはみたものの、それ以上の対応はなかった。間違ってはいないのだろうが、これでは患者が納得し難い。患者の言葉に真摯に耳を傾け、せめて最低限の聴診・触診くらいは施して患者の気持ちを癒し、安心させて帰らせる……最近の若い医師には、そんな年寄りの慕い寄りが煩わしいのだろうか?
 3日後、熱が落ち着いたところを見計らって、いつもの主治医に訴え、2日間点滴を受けてようやく常態に復帰した。

 日によって10度15度を超す気温の乱高下に身体が対応出来ず、自律神経も狼狽えているのだろう……年寄り泣かせの6月である。早く夏の身体に体調を整えておかないと、と少し焦りながら、朝の30分のストレッチ、膝廻りの筋肉鍛錬、スクワットを再開した。
 この夏、久し振りに沖縄・慶良間諸島の座間味島でスキューバ・ダイビングを楽しむことにした。68歳の冬、アメリカ・カリフォルニアの冬の海で国際ライセンスを取って9年、そろそろ最後のダイビングかもしれないと思いながら、座間味島3泊のダイビング三昧を計画した。カリフォルニア・カタリナ島とメキシコ・ロスカボス、それに座間味島の海と、潜った回数は決して多くはないが、繰り返した20メートルの海底散歩は、もう十分悔いのないほど体験した。
 冬は8ミリ夏は5ミリの、内部に気泡を含むクロロプレンゴム製のウエット・スーツで全身を包み、BC(浮力調整ベスト)を着込み、エアタンクを背負い、足にブーツを履いて60センチのフィン(足鰭)を装着、手にググローブをはめて、マスクを被りシュノーケルを咥えると、ズッシリト足腰に重量がかかる。それでも水中では身体が浮くから、腰に8キロのウエイトを巻いて、ボートの舷側からバックロール・エントリーで背中から飛び込む……私の一番お気に入りのエントリー・スタイルである。
 耳抜きをしながら、徐々に海底に沈みこんでいくと、あとは中性浮力を保って呼吸で深度を微調整しながら、ゆったりと海中散歩を楽しむだけである。
 カリフォルニアの国際ライセンスNAUI(National Association of Underwater Instructors)の「オープンウォーター・ライセンス」は、18メートル50分が1回のダイビングが基準である。特に寒流が流れ込む冬のカリフォルニアの海は厳しく、ここでライセンスを取れば世界中の海で大丈夫といわれている。
 珊瑚礁を巡り、熱帯魚と戯れ、時には海亀やエイ、イカの群れと遊ぶ。カリフォルニアの海底では、巨大なジャイアントケルプの林の中を泳ぎ抜け、真っ赤なガリバルディーという魚や、ロブスター、砂に潜るエンゼル・シャークという鮫と遭遇した。メキシコの海では、海中を覆い尽くすギンガメアジの大群の中で、シーライオン(カリフォルニアアシカ)と遊ぶ経験も持った。静寂の中で過ごすひとときは、限りない安らぎの時間だった。

 月下美人が6輪の蕾を、雨の中で伸ばし始めている。5ミリ足らずのイガイガの芽が日毎伸び続け、もう12センチまで育った。やがて徐々に頭を擡げて数日、夏の夜8時ごろゆっくりと花開き始める。半ば開いたところで一気に弾けるように甘い芳香を放ち始め、豪華絢爛な姿を惜しげもなく見せてくれる。一夜限りの花である。夜明けにはすっかり萎んで、あとは食卓に載るのを待つだけとなる。サッと湯通しして刻み、甘酢をかけて箸休めにする。しゃきしゃき感ととろみが、絶妙の食感である。
 「月下美人、変幻4態」を並べてみて、改めて自然の造形の妙に感じ入るのだ。

 鉛色の空が一段と重く垂れこめ、雨脚が速くなった。湿度85%、纏わりつく粘っこい湿気に耐えかねて、とうとうエアコンの除湿をかけた。
                (2016年6月:写真:月下美人4態)

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