蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

寄り添う命

2020年04月07日 | 季節の便り・花篇

 昼ごはんを済ませて降り立った庭先で、降りかかる日差しの中をアゲハチョウが舞った。今年初めての訪れだった。

 緊急事態宣言が出された。まさかと思っていたが、福岡県も道連れにされ、明日への不安が一段と濃くなった。遅きに失した感は否めない。首都圏を脱出した学生が、帰省先で集団感染を引き起こしたり、50代以下の感染が広がっている。新型コロナウイルス性肺炎が日本に上陸したとき、真っ先に懸念したのは、カラオケ、スナック、パブ、キャバクラ、飲み屋などだった。そんなことも気付かなかったのかと、またムラムラが起きる。

 今日は忘れよう。不要不急の外出ではない。大自然の中を歩くのに、何の躊躇いもない。蝶に誘われて、午後の日差しの中を歩き始めた。
 いつものコースでしかないのだが、少し足取りが重い。博物館裏の散策路、自称「囁きの小径」で、早くも道教え(ハンミョウ)が迎えてくれた。カエルの声が一段と冴える中を、ムクドリが地を這うように飛び過ぎていく。本当に、人っ子一人居ない静寂である。腰でリンリンと鳴る「ニアミス防止の鈴」に、跳び離れるカップルもいない。時折激しい風が奔り、枯葉の渦が真正面から襲い掛かる。

 西洋石楠花が、少しけたたましいほどの満開である。木陰のマイ・ストックの枯れ枝を拾い、山道を辿った。小さなスミレが枯葉の間から微笑みかける。辿り着いた秘密基地「野うさぎの広場」で、期待していたハルリンドウの群落が迎えてくれた。早速腹這いになってカメラを向けた。
 朽ちた枯れ枝の間に、8輪ものハルリンドウが寄り添って咲いていた。もう、言葉がなかった。今日の散策のブログは、この写真だけで何も要らない!落ち葉に埋もれながら、這いずるように写真を撮り続けた。
 寄り添う姿に、心が弾む。こんな大自然に抱かれていると、改めて命の尊さを実感する。ガラ携でも写真に撮り、博物館環境ボランティアの「五人会」の仲間たちや、カミさんを中心に集まる歌舞伎仲間たちに写メした。コロナ・ブルーに負けないように、「ご自愛下さい」と言葉を添えた。

 木漏れ日の下は、思ったより風が冷たい。ハルリンドウに囲まれて腰を下ろし、シジュウカラやホオジロの声を聴いていた。
 早速、返信が来る。
 「ありがとうございま~す!秋の竜胆と違って、枯葉を踏みながら、ソーッと探さないと見過ごしそうですもの!枯葉を踏む音まで聴こえて来そうでしたよ。竜胆さん、静かに待っていてくれたのですね!
 ワイワイ騒いでいるのは人間だけ。自然の流れに沿って、慌てることなく、与えられた命を生きているのですね♪拘りのない生き方、憧れます。
 今日も、好い一日になりました♪」

 冷えた珈琲で喉を潤し、肌寒くなって木漏れ日の広場を後にした。山道を抜けて車道に出ると、少し西に傾いた春の日差しが懐かしいほどに暖かかった。瞼の裏に温もりを溜めながら歩く帰り道は、足取りまで軽くなったようだった。クスノキの新芽が、ブロッコリーのようにモコモコと湧き始める季節である。

 朝から歩いた歩数は、11,000歩を超えていた。高齢者とは言わせない!コロナ弱者とも言わせたくない!!
 いつまで続くかわからない人類の試練である。命を寄り添わせながら、マスクなしで歩ける日々が戻ることを信じて、青空を見上げていた。
                       (2020年4月:写真:寄り添うハルリンドウ)