蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

7ミリの気付き

2020年04月23日 | 季節の便り・花篇

 未練がましい戻り寒波が、真っ盛りのコデマリの花をしなうように大きく揺する。気温が1ヶ月逆戻りした。いっそのこと4ヶ月戻して、コロナ以前の世界に戻れたらと思う。仕舞い込んでいた冬物の下着を、また引っ張り出す羽目になった。
 
 「夏野菜の苗を植えています。新玉ねぎを掘りにいらっしゃいませんか?」という誘いのメールが届いた。丁度、病院に行く予定があった。定期的にもらっている薬だから、予め電話しておくと、殆ど待つことなしに処方箋が受け取れる。コロナが齎した新しい制度である。
 全国で病院での集団感染が多発し、一番怖い「三密」が病院ということになって、やはり躊躇うものがあった。待合室に人影は疎らで、マスクで武装して受付に診察券と後期高齢者健康保険証を出すと、1分後には会計で呼ばれ、診察ナシで処方を受けることが出来た。入る時と出るときに、アルコールで手指を消毒する。薬局で薬を出してもらう時も同じだった。

 そのまま観世音寺まで車を走らせ、車を置いて裏の日吉神社脇の畑を訪ねた。途中の草叢に、レンゲソウや濃い紫色のスミレを見付け、ガラ携のカメラを向ける。一面に拡がるイモカタバミが、濃いピンクの絨毯を拡げていた。
 Yさんご夫妻と亜・濃厚接触しながら、畑を案内してもらった。黒いマルチを敷いた畝に、茄子、胡瓜などの苗を植え付ける作業中だった。程よく土からせり上がった玉ねぎを抜かせてもらった。「ビールのお伴に最高!」と、新しい簡単レシピをご主人が伝授してくれる。
 まだ青く、ぷっくり膨らんだイチゴ、群れるように集う晩白柚の蕾、可愛い無花果や枇杷の実……日差しに包まれて、少し早めのスナックエンドウを一掴み摘ませていただき、厚かましく豌豆入りのお握りまで2個いただいて、畑を辞した。
 「来週あたり、豆刈りに来てください!」というお誘いを、カミさんへの土産にいただいて帰った。

 戻り寒波は明日迄続くという。そんな中、太宰府で二人目のコロナウイルス感染者が出た。風俗店、病院、リハビリセンター、クルーズ船、役所……集団感染は所を選ばない事態になってきた。医療崩壊も、既に始まっている。救急車が受け入れ先を盥回しにされるケースも増えている。待機中の自宅や、路上で死んだ人も10人を超えた。間接的にコロナに斃れる不安さえ漂い始めた。
 そんな最中に出た「アベノマスクに不良品発生!」のニュースには、もう呆れる気力もない。

 戻り寒波の朝でも、ストレッチを済ませた後の身体はポカポカと温かく、早朝の散策も汗ばむほどである。石穴稲荷の参道脇に、見かけない花を見付けた。7ミリほどの小さな花が、かすかに紫色を帯びて一面に咲き敷いている。意識しないで見過ごしていただけなのだが、こんな可愛い花があったなんて、想定外の発見だった。蓬に似た葉の先端に咲くミリ単位の小さな宇宙が、「コロナ籠り」に倦んだ心を明るくしてくれる。何だろう、この花は?
 蓬と言えば、太宰府天満宮土産の、蓬を練りこんだ香り高い梅ヶ枝餅が、昔は毎日売られていた。しかし、野生の蓬を摘む人手が少なくなり、今では蓬粉を練りこんだ香り薄い梅ヶ枝餅が、道真公の誕生日(6月)と命日(2月)に因む毎月25日に売られるだけである。

 重い夜の闇が、近くの杜から時折フクロウの声を届けてくる。行きつ戻りつしながら、ゆっくりと季節が歩んでいた。
                              (2020年4月:写真:名も知らない花)