蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

サプライズ―脱・日常を探して(その6)

2010年01月11日 | 季節の便り・旅篇

 11時30分、Virgin Riverを渡り、R9号からR89号に移って、沿道の紅葉を愛でながら南に走った。走りすぎる車も少なく、広大な原野を地形の変化だけを楽しみながら走り続けた。ジプシー・キングスをCDで聞きながら、やがて12時50分、アリゾナ州にはいる。遠くに煙を吐く3本煙突が見え、その遥か彼方に鋭い稜線を持つ美しい山が霞んでいた。実は、今夜の宿がその山・San Francisco Peaks(3,900メートル)の向こうにあった。再び西部時間に戻り、いまは11時50分となる。
 やがて、左手にGlen Canyon Damでせき止められた巨大な湖・Lake Powellが見えてくる。ダム・サイトでトイレ・タイムを取り、岩山に囲まれて曲折するダム湖の景観で目を休めたあと、少し走ってバーガー・キングでランチを摂った。

 Pageの街をかすめた時、その街の名前に、記憶の底の何かが触れた。確かめる間もなく、娘が左にハンドルを切って土埃を立てながら未舗装の道に走りこんだ。何もない荒れ果てた原野は、ネイティヴ・アメリカン・ナバホ族の土地である。
 原野にみすぼらしい1軒の小屋が建ち、数台の車が停まっている。娘が「小屋の方を見ないで、足元だけを見ながらついてきて!」という。何だろう、恐竜の化石でもあるのかな?と思いながら、乾き切った荒地の砂を踏んでついていった。何もない。砂と岩と潅木以外、生命の気配さえない荒野だった。200メートルほど歩いた時、地面に岩の割れ目が現れた。何気なく通り過ぎようとしたら、娘が「駄目駄目、その割れ目にはいって!」と言う。身を滑らせるように割れ目にはいった瞬間、思わず声を上げた。地底洞窟……というより、地隙。オレンジ色の様々な岩が美しい縞模様に彩られ、天井から射す光の中で幻想的に輝いていた。いつか娘から送られてきた写真で見た Antelope Canyonがそこにあった。娘がひと言も触れずに密かに用意した、究極のサプライズだった。

 かつて此処は、Lake Powellの水底だった。涸れた大地にナバホ族が発見し、ナバホ族自ら管理する、事前に申請して許可をもらわないとはいることが許されない聖地である。きめ細かい砂が足元を優しく受け止める。幻想的空間に息を呑み、嘆声を上げながら、変幻限りない岩肌の襞に触れ、身を捩じらせて下っていった。岩と水と光が刻む大自然の驚異!言葉では言い尽くせない眺めに酔う、Narrow Canyon の神秘だった。
 8月から10月にかけて、この砂漠地帯にも夕立が来る。烈しい雨は怒涛の鉄砲水となって砂漠を覆い、この割れ目に流れ込む。大型バスを押し流すほどの鉄砲水に逆らうことは出来ない。Canyonに流れ込んだ雨水は一気に天井までを埋め尽くし、観光客を地の底に押し流す。「上流で雷が鳴ったら、すぐに脱出するんだよ!と」娘が笑って言う。今は乾期だが、美しいこのCanyonが牙を剥いた痕跡は、天井近くにとどまっている流木や枯れ草に窺い知ることが出来る。
 数百メートル下り降りたところで、長い鉄梯子を上って地上に戻った。地の底から這い上がった目に、日差しが強烈に眩しかった。

 湖の畔に走り戻ってティー・ブレイクのあと、17時を過ぎたR98号を夕映えに染まりながら南下、San Francisco Peaksを右手に走りすぎて、18時30分アリゾナ州Flagstaffの町に到着。わがままなナビに振り回されながら、夜の底でようやく今夜の宿・ホテル・ウインダムに辿りついた。
 近くのゴルフ場のクラブ・ハウスのレストランで美味しい夕飯とワインを堪能してベッドにはいったが、Antelopeの神秘の景観に興奮した頭が冴え、訪れる眠りは遅かった。「2010年の年賀状に添える写真は、これしかない」!……閃いた思いに安堵して、ようやく深い眠りが訪れた。
             (2010年1月:写真:Antelope Canyonの幻想)
 

時よ、止まれ―脱・日常を探して(その5)

2010年01月11日 | 季節の便り・旅篇

 山岳時間に進めたユタ州Zionの深い渓谷の底でも、まだ日差しは明るい。ハードなアップ・ダウンに少し凝り始めた太ももを労わりながらシャトル・バスでモーテルに戻った。
 独り留守番のPark Town散策を、手馴れた「かたこと度胸英語」でそれなりに楽しんだ様子の家内を拾い、娘の車でZion National ParkのSouth Gateをはいった。入り口の係員に、アメリカ全土の国立公園共通のパス・カードを提示する。自然保護を大事にする大変いい制度だが、分別せずに広大な砂漠に無造作に生活ゴミを廃棄し続けることとの矛盾は、いったい何なんだろう?毎年捨てられるクリスマス・ツリーから出るメタンガスが問題視されたり、川や湖の汚染拡大が急速に進んでいる事実を、どれだけ深刻に捉えているのだろう?……訪米の度に感じる疑問である。
 閑話休題(それはさておき)……木立に囲まれたZion Lodgeに車を停めてVirgin Riverを渡り、Lower Emerald Pool Trail(往復1.2マイル、約2キロ)を歩いた。木々の梢は秋色濃く、メープル系の色とりどりの落ち葉が樹間に散り敷き、その絨毯を踏みながら野性の鹿が歩いている。短いTrailを楽しむ家族連れも多く、小さな上り下りを重ねる緩やかな散策路である。やがて着いたLower Emerald Poolは、その名の通り水溜りのような小さな淀みだったが、雨期には頭上の崖から滝が迸り、散策路は水のトンネルとなる。乾期を迎えた今は水量も乏しく、細い流れが滴り落ちるだけだった。

 Zion最後の夜は、「Pointed Dog」というレストランでのディナーとなる。赤ワインのカベルネにラム、レッド・サーモン、シュリンプ、ポテト・サラダで、渓谷の夜の団欒を楽しんだ。ワインも料理も、そしてサービスも、いずれも満足のいく内容だった。いつものように「別腹」を持つ家内は、パンプディングのデザートで締めくくってご満悦。この「別腹」という特殊臓器は、残念ながら男にはない。はち切れそうなおなかを抱えて、疼き始めた脚をやや持て余しながら、夜風の中をモ-テルに戻った。

 26日9時10分、モーテルを発つ。B&B(ベッドとバス…要するに素泊まり)だが、この大自然の中で、1人1泊3千円は安い。景観だけでも遥かにこの価値を超える。園内をひと回りして別れを告げ、娘が「どうしても食べさせたい!」という不思議なランチを摂って、East Gateへのワインディング・ロードを走った。
 眩しい日差しの中を、自然がとてつもない時間をかけて刻んだ巨大な岩のアーチを見て長いトンネルを抜けると、景色が一変した。East Zionに娘が用意してくれていた次のサプライズは、光と影。縦、横、斜め、サークルと、岩肌に刻まれた模様が織り成す景観の美しさは、荒々しいというより、寧ろ優しく温かかった。豪快で険しい渓谷とは全く趣を変えた景色を喜び、路傍に車を置いて岩肌をよじ登って歓声を上げ、岩肌に寝転んで真っ青な空を突き刺す飛行機雲に見とれ、時を忘れた。このあと、今夜のアリゾナの宿までの長いドライブが待っているというのに、「大丈夫だよ。ゆっくり楽しんでいいよ」と娘が言ってくれる。
 此処にも、探していた「脱・日常」があった。寝そべった身体を秋の日が優しく包み、疼きを増す太ももに柔らかな温シップを施してくれる。「永遠に時を止めたい」と思うのはこんな時だ。

 去り難く後ろ髪を引かれながらZion National Parkに別れを告げ、R9号を東に向かった。この時、この先にこの旅最大のサプライズが待っていようとは思いもよらず、ただ移りゆく景色の中を陶然と車に身を委ねていた。
              (2010年1月:写真:East Zionの岩肌)