蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

砂漠の果てに―太陽のバカンス(Mexico賛歌・その1)

2010年01月15日 | 季節の便り・旅篇

 北米大陸が垂らした右腕の指先……娘が1週間のタイムシェアで保有するHotel Playa Grande Resortはそこにある。ロスから南に2時間半のフライト。右脇にコルテス海(カリフォルニア湾)を抱え込む、長さ1,300キロのBaja California(カリフォルニア半島)は、鋭い頂を天に刺す岩山と潅木やサボテンに覆われた乾き切った大地である。コルテス海北端には、ロッキー山脈に源流を置き、アメリカ南西部2,330キロを流れ下って、建設時最大を誇ったフーバーダムや、グランド・キャニオンを削る肥沃なコロラド河が流れ込み、植物プランクトン→動物プランクトン→魚介類→大型海洋動物という巨大な食物連鎖を可能にする豊かな海を育てた。地球上最大動物のシロナガスクジラを筆頭に、幾種類もの鯨やジンベイザメ、巨大な烏賊など、命溢れる海である。グレイ・ホエール(コククジラ)やジンベイザメのウォッチングで有名なLa Pazもそこにある。

 秋色増す11月7日、ロスをお昼に発ってUnited Airで南に飛んだ。ほぼ2年毎に3度目の訪問である。峻険な岩山に囲まれたSan Jose del Cabo空港は、頭頂を叩きつけるような真夏の日差しだった。2年前とは見違えるように整備が進み、楽しみにしていた入国審査の信号機もなくなっていた。ボタンを押して運悪く赤信号が灯ると、手荷物を開けてチェックを受けなければならないという、ちょっとしたスリルを楽しんだ施設だった。
 砂漠の中の完成したばかりの有料道路を南下し、T字路にぶつかる辺りがSan Jose del Caboの街、右に折れて美しいコルテス海沿いに40分(30キロ)ほど走った辺りがCabo San Lucasの街、その二つの街を結ぶCorridorエリア、これらを合わせてLos Cabosと称する一大リゾート・ホテル群が展開されている。その最南端のCabo San Lucasは、Lands End(大地の果て)といわれるBaja Californiaの砂漠の果ての街である。
 太平洋とコルテス海が交わる辺りの岩に波がぶつかり、時として荒々しく渦を巻く。El Arcoという刳り貫かれたアーチ状の岩塊の周辺に幾つもの岩が海に林立し、その辺りが格好のダイビング・スポットとなっている。岩と岩の間、20メートルほどの海底の白砂に身を浮かせて漂っていると、海面のうねりが届いて揺りかごのように心地よく身体を揺する。港から5分あまりで届くダイビング・スポットは、少々の荒波でも船酔いするいとまもなく、バックロールで海に沈めば穏やかな海底パノラマが待っているのだ。そのすぐ目と鼻の先を、アラスカから回遊してきた鯨が悠然と通り過ぎていく。過去2度とも巡り合うことの叶わなかったその姿を見ることが、今回の最大の期待であり目的だった。
 空港ばかりでなく、見違えるほど道路も街も整備が進んでいた。まだ開発期に訪れた頃に比べると、目を見張るほどの変容だった。メキシコ特有の鄙びたダウンタウンの風情が隅っこに押しやられ、増加する大型クルーズ・シップで押し寄せる観光客の波に備えた施設が拡大している。すっかりメジャーになってしまい、2年前に感じた土産物屋の従業員達の失われた素朴さも、一段と加速したことだろう。

 チェックインしていつもの娘の部屋に荷を解けば、あとはプールと海と夕日とマルガリータが全ての、究極のバカンスが待っていた。1週間、存分に太陽に染まって肌を焼き、俗世間を忘れ……序でにこっそり歳も忘れて、寛ぎの空間に身を委ねよう。
             (2010年1月:写真:San Jose del Cabo空港)
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