ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

それは学校には無理

2022-08-23 08:18:25 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「政治家を批判できない?」8月18日
 『旧統一教会団体小学校で講座 大阪・箕面の1校』という見出しの記事が掲載されました。『大阪府箕面市の市立小学校1校で17年前から、世界平和統一家庭連合の関連団体が子ども向けの科学実験講座を開いていたことが分かり、学校や地域住民で作る運営委員会がこの講座を取りやめることを決めた』ことを報じる記事です。
 起こるべくして起きた事件だと思います。30年ほど前から、「開かれた学校」が推奨されてきました。いろいろなレベルでの「開かれた」がありましたが、その初期段階が、地域の人を学校に招き入れその教育力を活用するという考え方でした。分かりやすく言えば、地域の人を講師として招き、子供たちに話をしたり、技術を伝えたりするということです。
 私も、地域の人に地域に伝わる昔の話をしてもらったり、地域の伝統行事である○○凧の作り方を教わったりという活動に取り組んだことがありました。
 そしてその上のレベルになると、学校理事会や評議会という名称で、学校の教育計画・運営に住民代表が関与するという形になります。地域の方を講師に呼ぶとき、学校側はその人物について深く知る方法がありませんでした。多くの場合、地域の方から紹介されるという形になるので、いろいろと調べるというのは紹介者を信用していないということになりかねず、「○○さんの紹介だから」ということでフリーパスになってしまうのが普通だったのです。
 また、学校理事会等で推薦があった場合は、上記のケース以上に「詮索」は難しくなります。つまり、「開かれた学校」の理念を掲げる限り、地域のさまざまな人が子供に直接影響を与えるということは避けられなくなるのです。このことにはもちろんメリットがありますが、同時に問題のある団体や人物が、子供に好ましくない働きかけをする危険性が増えるというデメリットが増すことも事実なのです。
 私が経験したケースでは、道徳の授業で某教団の○田大作の教えを子供に話して問題になったということがありました。道徳と宗教、何となく近い感じがしますが、今回の事件では、科学実験講座に旧統一教会というのですから、学校側が安心してしまったのも無理がありません。子供にサッカーを教える人がどのような団体の属しているのかなんて、普通は考えません。
 今回の旧統一教会を巡る騒動で、今後学校と外部の団体の関係にも厳しい目が注がれるようになるはずです。その対応と責任を学校だけに押し付けるようなことがあってはなりません。社会的に問題のある団体とその構成員について、行政の側がきちんと情報提供するような仕組みも検討する必要があります。信教の自由や平等権の問題もあり難しい部分もありますが、だからと言って学校任せは無責任です。

 

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