<藤原弘達の“創価学会を斬る”シリーズ・3/7>
新・創価学会を斬る 藤原弘達 昭和47(1972)/6 日新報道
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◆ 不運は拝んでもなおらぬ
秋雨が冷たく舗道を濡らす真夜中、店の裸電球の下で故郷の沢内村にいた頃を彼女はしばしば思い出すことがあった。
電気もなければ、茶碗さえもない赤貧、貧しいが故に、村八分同様にあつかわれ、毎日毎日が空腹の連続であった。食べられる物は何んでも食べ、飢をしのいだ。そのうち栄養失調にかかり頭の毛がだんだんと抜け、遂に女の生命である頭髮は一本もなくなってしまったという。
中学へ通うときも、教室の中でも、頭を風呂敷でかくした。あまりの恥しさに、いったい女の恥らいというのはどんなことなのか、それすら忘れてしまったような感覚だった。
この生活から一刻も早く脱れ出よう。彼女の支えはこの一点にしかなかった。待ちに待った中学校の卒業式の夜、早目にセンべイ布団にくるまったが、目は暗闇の中で、冴えに冴えて眠れなかった。両親の寝息が聞え始めた。祖父は中風で寝たっきりなのでほとんど物音をたてない。胸を冒されてもう治る見込みがないといわれている姉は、本当に死んだように眠っていた。静かに起き上った彼女は、隣りの妹と弟の寝顔に向って、「いまに姉ちゃんがお前たちに腹いっばい喰べさせてやるからな、もう少し辛抱していてくれよ」と涙ながらに語りかけた。かねて用意していたわずかばかりの身の回り品を小脇に、裏木戸を静かに開けた。三月とはいえかなりの残雪が月光に輝き、生物はすべて雪の中に眠っているかのようだった。
盛岡までの道のりは約二七キロ、七里である。しかし希望に燃え立つ彼女には,寒さも遠さもそれほどに感じなかったという。
女中、店員、事務員、喫茶ガールと職を転々、家出娘の中卒を暖かく迎え入れるほど世間は甘くないことを、身をもって体験させられた三年間であった。成長期を栄養失調で過ごした体力もまた何をするにもブレーキになり、心だけは焦った。
ある夜、混濁した脳裡に白装束をまとった自分の姿がぼんやりと浮んできた。ああ、これで楽になる、もう私にはいっさいこの世の責任はない。なんの心配もなくゆっくり休める--さようなら。どこか遠くで誰かが私の名前を呼んでいるような気がする、誰だろう、もう誰でもいい……つまりは自殺、それも未遂に終わったのである。
しかし彼女は死神には勝った。自分は死んではならない人間なのだ。もう一度倒れるまでやろうという気になり、再出発は毎日三十円を必ず貯金することから始められた。
貯金が十万円になったところで、三十万円を借り入れ、現在地から一〇〇メートルばかり離れたところに、生まれて初めてささやかな店を持った。自分でやる商売は苦しみはあっても楽しみのほうが多かった。そして一年後に結婚、今までの苦労が一度に開花したようなものだった。
だが楽しみはにわか雨のように過ぎ去って行った。セールスマンであった夫には少しも誠実さがなかった。百万円の手切金を持ってさっさと家を出て行ってしまった。初めから金目当てだったわけである。
そして忘れもしない四十三年三月十日、庫之助と再婚の式を挙げたのだった。
創価学会に入り、一心に信仰したのも、夫の命令というより、むしろあまりにも不運の連続である自分自身を、宗教が救ってくれるかもしれないと心の底のどこかで願っていたのではないのか。こう気がついた彼女は、襟首に冷たい空気の流れを感じてそっと手をやったという。
◆ 狂信母子が婚家を破壊
女がいなくなってからは、夫も悪いと思ったのか、また商売に精をだすようになった。再び幸運らしいものが芽生え出したのである。いくらか借金をすれば建築ができる見通しになり、長年夢に見た建築にとりかかった。店舗、食堂、住宅である。
建築士と図面で打合わせをしている彼女の姿には、どうみても過去の暗い人生のかげりなどはみじんも見えなかった。やがて建築は土台回しから始まり予定通りどんどん進んでいった。
しかし、元来が無学に等しい彼女には、建築過程でここがなんの間になるかは見当もつかなかった。ようやく竣工寸前になって気づいたのは、図面と実際の間取りがあまりに違うことだった。彼女はあわてて建築士のところへ駆けつけた。
「おや、奥さんご存知なかったのですか。」
「何がです。」
「ご主人とその実家のお母さんが見えられて、初めの図面通りでは家相が悪いから手直ししてくれというので、図面から直したんですよ。いまやっているのは、この図面の通りなんです。」
あまりのことに彼女は返事につまってしまった。どんなことを言つて建築士の許を去ってきたのかはっきり憶えていない状態で帰宅し、夫の帰りを待ち構えた。
「こんな所を子供部屋にして、どうするんですか。ちっとも日が入らないでしょう。」
「商売がこんなに繁昌したのも実家の母と私が、毎日御本尊様を拝んでお願いしていたからだ。だから間取りも御本尊様のいわれる通りにしたのだ。拝めば子供部屋にも、日が当たるようになる。」真暗な子供部屋は、いつまでたっても明るくはならない。どこにもはけ口がない怒りと気のゆるみから、新築祝いの夜、合所にたった彼女はめまいをおぼえ意識を失なった。
気づいたとき、初めに耳にした言葉は「とうとうバチが当たった」という夫と実家の者たちの会話だった。こらえにこらえていた堪忍袋の緒が遂に切れた。
「出て行け!!」
彼女は家中に響く大声をだした。子供が驚いて座敷の隅へ飛んで行った。
「私は使命を与えられて、この世に生まれて来たのだからこの家からは出られない。この家が御本尊様のお蔭でできた以上、この家で私は信心をつづけなければならないんだ。」
と冷たくにうつろな表情で言ってのける夫だった。
負けるものか、ダルマさんだって七転八起ではないか、こう感じた彼女は奥歯をギリギリとかみしめた。蒼白な顔は、さながら白面夜叉のようであった。
----------(次回に、つづく)---------32-