創価学会・公明党が日本を亡ぼす

  政教一体で憲法(20条・89条)違反だ!-打首獄門・所払い(=解散)せよ!

創価を斬る・41年目の検証-70

2018-05-24 07:40:47 | Weblog

藤原弘達 創価学会を斬る・41年目の検証  言論出版の自由を守る会編
                       日新報道  2012/2
 人権侵害・政権簒奪・歴史改竄
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
    ------(P.315)---(以下、本文)-------

⑤ 言論出版妨害事件の淵源
 --「水滸会遺戒置文二十六箇条」を検証する/小川頼宣
 「水滸会遺戒置文二十六箇条」と題する内部秘密文書が創価学会に存在する。いわば池田大作会長(現・名誉会長)の「日本乗っ取り計画」のテキストである。
 もともと同書は、太平洋戦争後に創価学会を実質的に創設した戸田城聖二代会長(※創価学会は前身の創価教育学会の会長である牧ロ常三郎を初代会長と位置づけていることから)が、将来の創価学会を託す男子青年部の幹部を育成・訓練するために設けた「水滸会」(※日本でも人気のある中国の古典「水滸伝」に因み、英雄豪傑の集まった梁山泊を模した)での戸田発言をはじめ、「支部長会」や「部隊長会」などの各種会合での戸田の発言を、戸田の死去後に「水滸会」に出席していた青年部幹部らがまとめた「水滸会記録」をべースにしている。

 この「水滸会記録」は、「いよいよ編集へ 水滸会と華陽会戸田先生のご指導の記録」(昭和34年1月30日付「聖教新聞」)とあるように、昭和33年の暮れから34年にかけて整理・編集されたもの。完成後は「男子部隊長は、男子部長を中心に墓前に並び、精魂こめて集成し終わったばかりの水滸会記録を先生の御前に供えて唱題した」(昭和34年4月10日付「聖教新聞」)との記事が示すように、戸田の一周忌法要に際して戸田の墓前に供えられたが、刊行されることはなく、その後、所在も不明となっていた。
 「水滸会記録」が刊行されなかつた理由は、同文書が出版されれば宗教団体である創価学会が「日本乗っ取り=天下取り」を企図していることが明白になり、厳しい社会的批判と監視に晒されること。また水滸会での戸田発言は、戸田の死去直前の昭和33年2月14日付「聖教新聞」に掲載された戸田の闘病記と、担当医の所見に「重篤な肝臓病(肝硬変症)」とあるように、大量飲酒をくり返し、しばしば飲酒したまま指導や講義を行ったことで知られる戸田の、酔いにまかせた“ホンネ”や戯れ言が散見され、刊行が憚られたからとも推測される。
  そして戸田の指導の記録を提案した池田が、昭和35年に創価学会の会長に就任した後にも「水滸会記録」の出版に踏み切れなかった背景には、今日、創価学会の「永遠の指導者」(創価学会会則)として、創価学会に絶対的に君臨する池田の姿からは想像することのできない、池田の権力基盤の脆弱さもその一因だったと考えられる。

 周知のように戸田は、昭和33年4月2日に死去した。池田はその著作とされる小説「人間革命」(※ゴーストライターの故・篠原善太郎【創価学会の外郭出版社・鳳書院の社長】が執筆)において、自らを戸田の正統な後継者と位置づけているが、池田が会長に就任する昭和35年5月3日まで会長が二年余にわたって不在だった事実が示すように、戸田は後継会長の指名を行わなかった。
 したがって池田は会長就任後、戸田会長の晩年から会長空位期間中に理事長の職にあった小泉隆をはじめとする先輩幹部らを斥けて、早急に権力基盤を確立する必要に迫られていた。そのために池田は、戸田の遺言や構想を実現すべく行動することで自らを戸田の正統な後継者であると位置づけることに腐心した。
 また同時に、早くから創価学会内部にあって「天下取り」を公言していた池田は、勢力伸長と戸田の遺言や構想の実現を背景に、戸田を凌駕する絶対的宗教指導者の地位の確立を企図。その宗教上の権威と権力、そして勢力伸張の結果もたらされる組織のカネと票の力を基盤に国政に進出し、天下に覇を唱えることを夢想した。
 「水滸会遺戒置文二十六箇条」には、政界進出は地方議会と参議院までとしていた生前の戸田の主張とは異なり、「君等が衆議院に出てやらなければ駄目である。君等が覚えておいて戦うときに広宣流布のキッカケとなる」と記載されており、戸田が「水滸会」に出席していた青年部幹部らに、衆議院への進出を指示していたことになっている。
 池田にとって都合の良い「水滸会記録」を作り、それを戸田の遺訓・遺言だとするには、創価学会において絶対的な権力基盤を確立する必要がある。仮に「水滸会」に出席し、戸田から直接、指導・薰陶を受けていた戸田門下生が多数存在し、創価学会内部において一定の影響力をもっている状況下において、改変・改竄した「水滸会記録」を出版すれば、池田が戸田の意志や遺訓を改竄・捏造している事実が発覚してしまう。したがって池田は、創価学会における絶対的な権威と権力を確立するまでは「水滸会記録」の出版に踏み切れなかったのである。そのことは、池田が戸田の正統かつ正当な後継者であることを自己宣伝する小説「人間革命」の、「聖教新聞」への連載開始が昭和40年だったことからも窺うことが可能だ。

 昭和40年に小説「人間革命」の連載が開始されたのは、池田が創価学会において絶対的な権威と権力を把握したことの証左に他ならない。昭和37年の参院選で戸田時代(昭和31年参院選で3名当選)を凌駕する9名の当選を果たした池田は、「政党は作らない」「衆院には進出しない」との前言を翻して、昭和39年に公明党を結党し、昭和42年の衆院選に公明党を出馬させた。
 その結果、公明党はいきなり25議席を獲得し、世間を驚かせた。
  会員の増加という勢力の着実な伸張とともに、戸田が成し得なかった衆議院進出を果たしたという実績を背景に池田は、創価学会内部における絶対的な権威と権力を掌握。「戸田先生が出来ないことを私がやったのだ!」と有頂天となり、年来の夢想だった「天下取り」に向けて前進を開始した。
  昭和55年に創価学会から造反した池田のゴーストライター部門(特別書籍部)の責任者だった故・原島嵩元教学部長は、生前、「水滸会遺戒置文二十六箇条」は、池田の指示で、副教学部長だった佐久間昇が「水滸会記録」を、池田の意志に沿うものへと改変したものである旨、発言している。

 実際、創価学会の外郭印刷会社のひさご印刷の原稿用紙に書かれた「水滸会遺戒置文二十六箇条」には、池田の指示によるものと見られる加筆・修正跡があることから、おそらく池田は、自らの「天下取り」の野望を達成するために、「水滸会記録」を「水滸会遺戒置文二十六箇条」へと改変したのだろう。そしてその際に、自らの積年の野望である「天下取り」や衆院への進出を戸田の意志によるものと位置づけたものと推測される。
 だが得意満面の時、人は得てして躓き、高転びする。組織内における絶対的な権威と権力を把握したことで創価学会内部に批判者のいなくなった池田は、「天下取り」の阻害要因となる外部の批判者をも駆逐しょうとした。その結果、生じたのが言論出版妨害事件だった。

 言論出版妨害事件は、創価学会・公明党に対する厳しい社会的批判、政治的批判を招いた。特に憲法が規定する言論の自由や出版の自由、さらには政教分離規定への抵触が大きな問題となった。昭和45年5月3日、池田は創価学会の第三三回本部総会の席上、言論出版妨害の事実を謝罪すると同時に、創価学会と公明党のいわゆる政教分離を宣言した。これによって池田の「日本乗っ取り計画=天下取り」のテキストである「水滸会遺戒置文二十六箇条」は永遠に出版の機会を失うこととなったのである。
 その「水滸会遺戒置文二十六箇条」の存在が世間に明らかとなり、注目を浴びたのは、前述の原島が、昭和54年に創価学会から造反した際に持ち出して公表した資料の中に同文書が含まれており、しかもその内容が、池田大作による「日本乗っ取り=天下取り」のテキストだったことによる。
 前述のように「水滸会遺戒置文二十六箇条」は、池田の手によって改変されているものと見られるが、同文書には「水滸会」における戸田発言の趣旨が色濃く残されていることは確実である。その意味で、戸田・池田の二代の会長にわたる政界や官界さらにはマスコミ界等に対する基本的な概念や姿勢が投影されていることは間違いない。
 そこで言論出版妨害事件を再検証する本書出版の意図に基づき、本稿では、同文書中にある「言論機関の使い方」と題する章を紹介する。ここには「天下取り」を推進するために、マスコミ等の言論機関にどう対処するかの姿勢、ノウハウが記されており興味深い。戸田・池田と二代にわたる創価学会会長の言論に対する基本的な姿勢を読みとることで、創価学会の言論抑圧体質の淵源・要因も浮き彫りになるものと考える。
       ---------(320P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-69

2018-05-23 08:29:46 | Weblog

藤原弘達 創価学会を斬る・41年目の検証  言論出版の自由を守る会編
                       日新報道  2012/2
 人権侵害・政権簒奪・歴史改竄
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
    ------(P.309)---(以下、本文)-------

④ ウソにウソを重ねる「新・人間革命」--政教一体は骨がらみの体質/溝口敦
矛盾を糊塗するためウソを上塗り
 法悟空名による『新・人間革命」は1970年創価学会・公明党による「出版妨害事件」の項にようやくさしかかった。同年5月3日池田大作氏の「お詫び講演」がー時しのぎの詐術にすぎなかったことは、その後の歴史が証明している。「新・人間革命』が「お詫び講演」に対してどうウソにウソを塗り重ねるか、きわめて興味深いが、連載はまだ「お詫び講演」には達していない。そこに至る助走の段階でごまかしと言い訳のための足踏みをしている(平成15年7月8日現在〕。
  考えてみれば、「新・人間革命」の代作者が誰であれ「お詫び講演」を合理化し、美化して描き出すことは難事である。なぜなのかは順を追って考えれば自ずと明らかだろう。
 ① 創価学会・公明党は池田氏を批判する著作に対して出版妨害し、言論抑圧した。
 ② 社会世論は彼らによる出版妨害に対し糾弾の火の手をあげた。
 ③ 池田氏はそうした世論と糾弾に酎えきれず、過去に行った数々の出版妨害について詫び、再発させないための約束ごとをした。「国立戒壇」の否定、創価学会と公明党の分離、強引な折伏活動の停止などがその内容である。
 ④ だが、それ以降、こうした約束ごとをなし崩しで骨抜きにし、反故にした。
  創価学会は会員を選挙活動に動員し、票を結集することで公明党を一定の勢力に仕立て、与党体制のー角に食い込んだ。池田氏は公明党の政治力を背景に「天下を取る」ことを完全には諦めきっていない。
 --こうした機会主義的な流れ自体に一貫性も整合性もない。しかも「新・人間革命」がやろうとすることは①③④を全て「善」として描くことである。たとえば…
 一、①の出版妨害を善とすれば、③の池田氏のお詫び講演は間が抜けてしまう。
 一、③のお詫び講演を善とすれば、④の骨抜きは何なのかと批判を招く。
 互いに矛盾した①③④の動きはこちら立てればあちら立たずの関係にある。
 丸ごと美化するのは不可能なのだが、「聖教新聞」で連載するからには丸ごと美化が使命になる。
 矛盾をクリアする唯一の方法はそのときどきウソをつくしかない。通して読めばウソとその場しのぎは自明となるが、どうせ読むのは創価学会員だけである。会員がそのときどきのウソと虚飾のレトリックに喜ぶなら、それでよしとするしかない。要するに「新・人間革命」は他の創価学会関連の出版物と同様、真理を無視することでようやくその場を糊塗できる著作でしかない。それ以上のレベルを求めていないし、求めてもムリというのが宿命である。
 一例を挙げよう。
「新・人間革命」2505回(「聖教」紙、平成15年6月に3日付)に次の記述がある。
「各教団が恐れていたのは、公明党の衆議院への進出であった。
  そこには、甚だしい誤解があった。公明党が将来、政権を担うようになったら、日蓮正宗を国教にし、国立戒壇を建立して、ほかの宗教は権力によって排斥されてしまうと思い込んでいたのだ。
 そんなことは、学会としては明確に否定しているにもかかわらず、頑なにそう信じ込んでいたのである」
  1970年以前、創価学会は公明党をして衆議院に進出させていた。それ以前の64年5月、池田氏はそれまでの「それらは政党ではない。すなわち創価学会は政党ではない。したがって衆議院にコマを進めるものではない」をあっさり否定していた。「衆院に出さない」を否定して「出す」に切り換え、現実に衆院に進出しているにもかかわらず、公明党の衆院進出に対する他教団の「恐れ」をなぜ「甚だしい誤解」と否定できるのか。盗人も裸足で逃げ出す居直りであり、黒を白といいくるめるウソでしかない。

真実の軽視が生む不毛
 国立戒壇も同様である。池田氏自身がそれまで国立戒壇や創価学会による独裁を広言していた。
 「国立競技場、国立美術館、国立公園等も、すべて国民の要望であり、国民のものである。宗教にあっても、最高の宗教(つまりここでは創価学会の意味)が国民の幸福のために、国立戒壇として建立されることは、必然でなくてはならぬ」(池田『会長講演集」四)
 「広宣流布の時には参議院議員、衆議院議員もいてさ、皆な財布の中には少くとも10万や20万入れて、洋服も月賦じやないの着てさ、一つ国会議事堂やプリンスホテルや帝国ホテルで会おうじやないか。要所要所を全部ね、学会員で占めなかったら広宣流布出来やしませんよ。一つ天下を取るまで諸君は大事な体だからうんと修行して行きなさいよ」(池田「遺戒置文講義」「聖教新聞」57年9月6日付)
 他宗の恐れや批判は根拠のあることであった。が、「新・人間革命」はそれを「甚だしい誤解」と退ける。こういうウソ論理の延長上に「池田お詫び講演」が歴史上の事実としてある。代作者は「お詫び講演」をどう描き出すつもりか。言い方としては、池田氏はお詫びしなくてもよかったのだが、池田氏の寛忍大度と良識がしなくてもいいお詫びにあえて踏み切ったぐらいだろう。
「新・人間革命」は池田氏の「偉大さ」を顕彰する目的を持つ。間違っても創価学会や池田氏が誤りをおかしたと記してはならない。そういう限定がある以上、たえず歴史的な事実に背を向け、「ウソも方便」を繰り返すしかない。要するに真実が持つ力や説得力を小説の力にすることはできず、単に会員や会員候補に向けたプロパガンダ小説に低迷するだけである。
 およそ新宗教も誕生後50年も経って一定の地位を占めれば、社会的にも通用する文化や価値を生み出すのがふつうである。天理教や金光教、立正佼成会など、教団内はもとより一般社会にも通用する文化や「作風」を成立させている。
 だが創価学会だけは戦後の再出発後半世紀以上を経て、しかも最大の教勢を誇りながら文化的に価値ある何ものをも生み出していない。たとえば創価大学に学術的な業績はあるのか、富士美術館に誇るべき収蔵品の体系はあるのか、民音は会員に芸能文化の面で何かを定着し得たのか、潮出版社や第三文明社は胸を張って誇れる出版物を持っているのか、聖教新聞に報道や論説面で何かを期待するのは木を見て魚を求める類だが、せめて特筆大書できる催事や刊行物、システムなどはあるのか。
 これらの問いに対しては、いずれも否と答えるしかなかろう。創価学会・公明党は不思議なほど文化的に不毛の組織である。多数の人員を抱え、巨額の経費も用意できる。にもかかわらず教団外に通用する何ものも生み出していない。
 不毛であることの原因は種々あるだろうが、先の「新・人間革命」に明らかなように、真実の無視、軽視が根本に横たわっているとは指摘できる。すなわち創価学会は歴史的な事実から何も学ばず、その路線を修正できない。
 いつまで経っても成熟できず、組織外の社会を敵視だけしている。会外からの批判に対しては、ああいえばこういうで、つねに自陳を正しいとするから、体質改善を進めようがない。

ヒットラーと同列
 戦後の創価学会では初代・牧口常三郎の「価値論」を意識に上らせることはほとんどなくなったが、真理の無視の淵源は牧口・価値論にあるのではないかと思えるほどである。
 牧口・価値論は人生の目的を幸福の追求にありとし、幸福の追求とは価値の創造獲得だとする。
 新カント学派は価値を真・善・美の三価値としたが、牧口はこのうち真は状態であって価値ではないとして除き、かわりに利を加えて美・利・善の序列とした。美は人間の部分的な価値の対象、つまり感覚などにかかわるから個人の利より低く、善は公利だから単なる利より高く、最上位の価値になるとする。
 つまり牧口は真実なしに価値はあり得ると考えた。だが真実の裏づけなしに価値があり得ると考える方が奇怪である。この立場からはウソも百回つけば真実になるといったヒットラーのマキャべリズムを批判できない。ばかりか真実の無視、軽視という点でヒットラーと同列である。ヒットラーは最終的には敗れた。真実から力を得ることも、真実を味方にすることもできなかったからである。
 ヒットラーが残したのは人種差別、選良主義、民族抹殺、オカルテイズム、全体主義など、いずれも後世が批判するものでしかない。唯一、正の面の遺産はアウトバーンとされるが、池田氏の場合、気の毒なことに正本堂という大建築物もすでに破壊されて後世に伝えようがない。
 真実を無視することの結果は悲修である。「新・人間革命」が出版妨害・言論抑圧に関してできることは歴史の偽造であり、その結果が恥の上塗りになることは自明の理である。なぜなら池田氏がお詫び講演で約束した政教分離はその後の推移に見るように反故となり、ウソとなった。
 こうしたウソつきの事実を小説で取り上げ、再構成することはウソつきにウソつきを重ねることでしかない。ウソにウソを乗じたところで真実になる道理はなく、単に二重のウソになるだけである。
 創価学会が相変わらず政教一体の選挙活動を展開し、会員票や、会員が必死になって獲得した外部票を公明党の候補ばかりか、上部が指示するまま他党の候補にさえ投票して、票を商っていることはご承知の通りである。不在者投票の制度も会員が外部の老人や病弱者を連れ出し、目当ての候補者に投票させることに使われている。
 創価学会は会員の選挙への取り組みを原動力とする公明党の政治力に依存し、すでに公明党なしには本体の組織さえ維持できない依存症に罹患している。政教一体は骨がらみの体質であり、池田氏の一片のお詫び講演などで左右されるものではない。
 「新・人間革命」の代作者はせめてものことに池田氏の死後、出版妨害事件を扱うべきだったが、すでに事件にさしかかった以上、支離滅裂なまでにウソにウソを重ねるしかない。
       ---------(315P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-68

2018-05-22 07:55:14 | Weblog

藤原弘達 創価学会を斬る・41年目の検証  言論出版の自由を守る会編
                       日新報道  2012/2
 人権侵害・政権簒奪・歴史改竄
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
    ------(P.306)---(以下、本文)-------

③ インタビュー/塚本三郎元民社党委員長に聞く
◆ 歴史的事実を無視した不見識な誹謗だ/塚本三郎
 --「聖教新聞」掲載の座談会で、秋谷会長以下の創価学会の最高幹部が、かって創価学会を批判した政治家を激しく非難していますが、その中でも塚本元民社党委員長に対する攻撃は熾烈てす。
塚本…「フォーラム21」に、創価学会が私を誹謗しているとの報道がありましたので、そうした事実があることは知っていました。もっとも「聖教新聞」は読んだこともありませんので、具体的にどのようなことを言っているのかは知りません。

 --創価学会は、塚本元委員長が昭和45年2月の国会で、創価学会・公明党が引き起こした、戦後、もっとも悪質な人権侵害ともいえる言論出版妨害事件を追及し、池田会長の証人喚問を要求したことを激しく非雜。「日本の憲政史上に残る宗教弾圧の暴挙だった」(平成16年7月5日付「聖教新聞」)などと攻撃しています。
塚本…お門違いなんじゃないでしょうか。言論出版妨害事件は、創価学会・公明党が引き起こしたものです。しかも、私の国会の議事録を読んでいただければすぐに分かることですが、私が衆議院の予算委員会で、創価学会・公明党による言論出版妨害事件を質したのは、私自身が、創価学会・公明党による言論出版を妨害するような圧力を受けたからに他なりません。

 --昭和45年2月28日に開かれた衆議院予算委員会で、塚本元委員長は、自ら執筆した「公明党を折伏しよう」のゲラが、印刷所の学会員によって持ち出され、公明党国会議員を通じて民社党の幹部に出版を中止するよう圧力がかかった事実を明らかにし、創価学会・公明党の人権侵害体質を問題にされ、真相究明のために池田会長の国会証人喚問を要求しています。もっともこの事実についても創価学会は、「『公明党を折伏しよう』とかいうデタラメな本まで書いた。国会で、そのデタラメ本を振り回して騒いだこともあった」(同)と誹謗しています。
塚本…公明党の幹部から私の先輩である民社党の春日一幸先生に、「塚本の出版を中止させて欲しい」という圧力があったのです。しかし私はそれを断って印刷を強行しました。すると刷り上がった本の印刷状態はムラだらけという最悪のもの。印刷所は名古屋でも一流の印刷所ですから、考えられないような仕上がりでした。しかも書籍の出版と流通を取り扱う取次業者の東販と日販が、『公明党を折伏しよう』の取り次ぎを拒否してきたため、私の本は一冊も書店に並べることはできませんでした。こうした事実を踏まえて私は、創価学会・公明党の言論出版妨害という憲法で保障された言論・出版・表現の自由に抵触する重大問題を質問したのです。
 こうした歴史的経過と事実を無視して、「宗教弾圧」だったなどと、一方的に私を非難することは、不見識だと思いますよ。
 私の国会質問の内容は、議事録に載っていますから、お読みになればすぐに分かります。創価学会の幹部の皆さんは、私の質問の議事録をお読みになっていないんでしょうね。読んでいれば、こんな事実と異なる発言はできないでしょうから。

 --意図的というか、確信犯的発言だと思いますが。
塚本…言論出版妨害事件当時、創価学会は厳しい社会的批判を浴びました。その体質が変わったのかどうか、私は分かりませんが、この記事を見る限り、自分たちと意見を異にする人に対する姿勢にはあまり変化がないようですね。

 --「聖教新聞」掲載の首脳座談会の中では、亡くなった民社党の春日一幸元委員長を誹謗するくだりもあります。「とっくの昔に死んだから、あまり言いたくないが」(同)などと言いながら「『票狙い』の卑しい魂胆で、学会を狂ったように攻撃してきた」(同)として、昭和45年に春日元委員長が、国会に創価学会問題に関する「質問主意書」を提出したことを非難しています。
塚本…公明党そして創価学会は、春日先生をはじめ、西村・佐々木の両元委員長にもさんざん世話になっています。その結果、創価学会や公明党の最高幹部との間で、民社党と公明党の合併話まで持ち上がりました。私は、宗教団体と一体になっている政党とは一線を画すべきだとしてこれに反対しましたので、結局、合併の話は頓挫しましたが。その春日先生を悪し様に罵ることに驚きを禁じ得ません。

 --塚本元委員長をはじめとする外部の政治家ばかりではなく、いま、創価学会・公明党は竹入、矢野の両元委員長に対しても激しい攻撃を加えています。
塚本…創価学会とすればあれほど支援してやったのだから、ということだつたんでしょうが、言論出版妨害事件の時に竹入さんは、田中角栄さんに藤原弘達さんの書いた『創価学会を斬る』の出版中止を仲介してくれるように頭を下げるなど、懸命に池田大作さんを守るために努力したんでしょう。当時、竹入さんも矢野さんもずいぶんと私を非難していました、そうした事実からもわかるように、客観的に言えば竹入さん、矢野さんは、池田さんや創価学会を守るために努力した。社会的評価は別として、創価学会からすればその功績は大きかったんじやないんですか。

 --「聖教新聞」における一連の最高幹部らの発言が示すように、創価学会は自らに逆らう者を滅ぼせと主張しています。そうした排他的な体質をもつ創価学会・公明党が、自民党と連立を組んで日本の政界に大きな影響力を発揮していることは、憲法の政教分離原則の上からも重大問題です。
塚本…創価学会・公明党に対して何かを言うつもりはありません。しかし自民党の諸君には早く本来の自民党に立ち返るべきだと申し上げたいと思います。自民党支持者の多くは、創価学会・公明党を共産党を嫌うのと同じように忌避している。その創価学会・公明党と組むことによって自民党は、本来の支持者を失っていることを真剣に考えるべきだと思います。国家・社会の行く末を誤らせることのなきよう忠告しておきたいと思います。
                                           (取材・構成/乙骨正生)
       ---------(309P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-67

2018-05-21 08:45:07 | Weblog

藤原弘達 創価学会を斬る・41年目の検証  言論出版の自由を守る会編
                       日新報道  2012/2
 人権侵害・政権簒奪・歴史改竄
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
    ------(P.301)---(以下、本文)-------

言論出版妨害の被害者だった塚本代議士
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件は、池田大作会長の指示に基づき、創価学会そして公明党が組織的に実行した、憲法の言論の自由を侵害する重大事件である。塚本氏はその事件の本質を具体的事実に基づいて議論し、創価学会の体質を問題にしているのである。繰り返しになるが、そもそも事件の出発点は創価学会が卑劣な言論出版妨害を行ったことに起因する。それを批判する議員を「宗教弾圧」と非難する創価学会の姿勢は、盗人猛々しいと言う以外ない。
 この後、塚本氏は、1月1日付「聖教新聞」で誹謗中傷されている「公明党を折伏しょう」と題する自著を通じて体験した言論出版妨害の事実に基づき、創価学会・公明党の体質に言及する。
 以下、少々長くなるが、大変興味深い内容なのでその部分を見てみよう。

(塚本)私自身の体験をひとつ聞いていただきましょう。これは御調査いただかなくてもすぐおわかりいただけることだと思います。
 お読みいただいた、あるいはごらんいただいたとは思いますが、「公明党を折伏しよう」、この私が印刷をいたしました。あえて出版だとは言いません。印刷をいたしましたこの書物に対して、昭和44年8月『公明党を折伏しょう』なる著書を出版しようとして印刷に付しました。この原稿を名古屋市の某印刷会社に手渡しました。もちろんその場合、ツルのタブーなるものを私はある程度承知しておりましたので、印刷会社の責任者に、創価学会員が従業員におりはしないか、ごく少数の人に活字を組ませるように等々、でき得る限りわずらわしい事態になることを避ける心組みで注意しておきました。私はことさらに問題を起こそうとは実は思わなかったからであります。
 ところが、何と驚くべし、わずか数日後にはすでにその第一校正のゲラが公明党首脳の手に渡ったのか、その情報が通じて、わが党の責任者のもとに、塚本の準備している「創価学会に強くなろう」なる著書の出版を中止するようにとの要請がなされてまいりました。
 なお、私の驚いたことは、著書の題名等いまだ私がきめておらない段階に、すでに公明党の責任者より堂々とその題名がわが党の責任者にも伝えられたことであります。私は印刷所にこの由を問い合わせたところ--印刷所に聞きましたところ、その題名は印刷所に私がふと漏らした注文書に書き込まれたものであることがわかったわけです。まだきめていない段階において、私がふと漏らした「創価学会に強くなろう」ということを、かりに実は注文書に彼はつけたというわけでございます。そのことがすでに公明党の幹部のもとに数日後に手渡ってしまっておるではございませんか。
 なお、工場長に調査してもらったところ、創価学会員が3名ほどいたので、外に漏れてしまって申し訳ありませんでしたとの返事であります。
 およそかくのごとくで、出版の中止ができねば題名を変更してくれとの要請であります。創価学会という名前だけは変えてくれということに、実は要請が変わってまいりました。一体これは私一人の体験でないことは、藤原氏の問題をごらんになってもわかるとおり、私自身が驚いたような事態ではございませんか。これらの著者の方々が一様にこのことは指摘しておるではございませんか。戦前の事前検閲と少しも違わない事態が、ツルのタブーとしてこの数年間創価学会の批判は許されないとしてきた事態を何と考えられておるのでございましょうか。
 (『ツルのタブーとは何だ』と呼ぶ者あり)教えてあげましょう。創価学会に対して批判をしたものは、ことごとくその大きな宗教団体の財力の裏付けをもって、公明党の幹部の諸君や創価学会の幹部の諸君が実は印刷所へ話し合いに行って発行させないようにするから、創価学会、公明党に対する批判は絶対言論界においてはできないという通用語でございます。おわかりになりますか。こういうことで、これだけの人たちが実はこういう被害にあっているのでありまするから、証拠を突きつけてもそのように反抗なさる態度は、往生ぎわが悪いと私は思います。

証人喚問を怖れる池田大作
 自らの体験に根ざして創価学会の言論出版妨害の実態を告発した塚本氏は、これ以後、出版取次や広告の問題、憲法20条の政教分離規定に関する問題、さらには創価学会員による選挙妨害や犯罪の多さを指摘し、創価学会の体質に言及した。その過程で塚本氏は、言論出版妨害事件に関する調査特別委員会の設置と関係者の証人喚問を求めている。だが、すでに関係者の証人喚問
については、各種の委員会において複数の議員が要求しており目新しいものではない。では、創価学会が塚本氏を「日本の憲政史上に残る暴挙」「宗教弾圧」と非難する所以はなにか。それは塚本氏が、創価学会の体質を究明するために欠かせないとして要求した、次のような一言に起因すると思われる。

(塚本)いまここにたくさんのいわゆる犯罪の数々というものが、不幸にして創価学会さんのものがあまりにも私は目につきました。そこで、この際、かっては立正佼成会庭野会長を呼んだ事例が国会においてはあります。よって、この際、われわれはいまこそ国政調査権を発動して、国民の前にこのような真相を明らかにする必要があると思います。したがって、これらのデータから見まするとき、この際創価学会池田大作会長を証人として喚問することを委員長に要求いたします。

 池田氏の女性スキャンダルが問題となった月刊ぺン事件で、検察官から池田氏の証人出廷を求められた創価学会は、相手方の月刊ぺン側の代理人に2000万円とも3000万円ともいわれる裏金を渡し、池田氏の証人出廷を阻止すべく工作した。
 また平成7年初頭には、自民党の池田喚問要求を阻止するために公明党出身の新進党議員やその秘書らが、国会でピケを張ったのも記憶に新しい。ことほど左様に、池田氏ならびに創価学会は池田氏の国会証人喚問を恐れている。
 その池田喚問を最初に要求したのが塚本氏だったことから、創価学会は塚本氏を誹謗中傷し続けるのである。要するに首脳座談会での誹謗中傷は、証人喚問を要求された池田氏の恨みつらみの投影に他ならない。そうであればこそ、次のような下品で野卑な言葉が羅列されるのである。
 「宗教弾圧の政治屋は全部自滅。当然だ。正義の法則に怨嫉すれば自分を破壊」(04年8月25日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 「『ゲスは美徳に出会うと気分を損ねる』哲人。学会を嫉むゲス議員ども」(04年9月3日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 「仏法迫害の政治屋は『終にほろびざるは候はず』。現罰続々、無惨な魔物よ」(04年10月8日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 創価学会用語における「宗教弾圧」とは、畢竟、池田氏の国会証人喚問要求に他ならない。ちなみに池田氏は、昭和34年10月に3日付「聖教新聞」に掲載された学生部弁論大会の報道記事で次のように発言したと報じられている。
「3、4年前立正佼成会の庭野日敬が国会に召喚されていろいろ調べられた事がある。この時会長(戸田城聖)はにッコリ笑ってこっちへくればいいな、この時こそ立正安国論を叫びたいと申しておられました。大事な時に叫ぶことこそ、私は本当の雄弁ではないか(と思う)」
 言行不一致,自家撞着とは、こうしたことを言うのだろう。
       ---------(305P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-66

2018-05-20 07:43:39 | Weblog

藤原弘達 創価学会を斬る・41年目の検証  言論出版の自由を守る会編
                       日新報道  2012/2
 人権侵害・政権簒奪・歴史改竄
 創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
    ------(P.296)---(以下、本文)-------

② 池田大作怨念のフレーズ「宗教弾圧」/乙骨正生
 熾烈な塚本元民社党委員長への誹謗中傷
 「宗教弾圧」--政治家による創価学会批判に抗う創価学会の常套句である。
 その使用例を創価学会の機関紙「聖教新聞」に見てみよう。例えば平成17年1月1に日付「聖教新聞」に掲載された創価学会首脳らによる「栄光の学会創立75周年座談会」。そこでは「宗教弾圧の政治屋は必ず滅ぶ」との見出しのもと、民社党の元委員長だった塚本三郎氏について次のような悪罵を投げつけている。

青木(理事長)…中部といえば、昔は変な議員がのさばった。陰険、陰湿な宗教弾圧、人権侵害もあった。だが、中部の同志は勝った。
松尾(中部青年部長)…愛知県選出の塚本三郎だ。昔の民社党の委員長までやった男だったが、最後は惨めな敗残の姿になった。今じや若い人は、塚本なんて全然、知らない(笑い)。
松原(中部長)…塚本は昭和40年代に『公明党を折伏しょう』とかいう、ふざけた、デタラメな本を出した。以来、学会への狂気じみた弾圧、中傷を何十年も繰り返した。
青木…塚本は立正佼成会だった。それで偉大な学会に嫉妬していたんだよ。
原田…あいつは、そのデタラメ本を国会の衆院予算委員会にまで持ち込んで“証人喚問、証人喚問”と、狂ったように喚き散らしたんだ。
松原…昭和45年2月28日のことだ。あの陰険な宗教弾圧! 日本の憲政史上に残る暴挙だった。
松尾…しかし、末路はあっけなかったな。悲惨だったな。
原田…最後はアッと言う間に転げ落ちた(大笑い)……
松尾…今じや、誰も塚本なんか相手にしない。寄りつく人間なんて、ほとんどいない。
松原…もともと同僚や後輩からも『心の狭い男だ』と陰口を叩かれていた。有名な話だ。政治家を辞めたとたんに、皆から見捨てられたのも、当たり前だ。
藤野(中部婦人部長)…本当に哀れ(笑い)。これが、権力に狂い、嫉妬に狂った『政治屋』の末路ね」

 ではここで創価学会首脳が「日本の憲政史上に残る暴挙」と形容する「宗教弾圧」とはどのようなものだったのか。問題の昭和45年2月28日に行われた衆議院予算委員会での塚本氏の質問を国会の議事録から見てみよう。当時、国会では、前年暮れに発覚し一大社会問題となっていた創価学会・公明党による藤原弘達著『創価学会を斬る」などに対する言論出版妨害事件が大きな焦点となっていた。

(塚本委員)私はただいまから、総選挙以来問題になってまいりました言論出版の自由妨害の真相につきまして、
 第二には過ぐる総選挙をはじめ、最近行われております民主主義政治の根幹であります選挙運動にまつわりまして、通常の選挙違反とは違っております異常なる妨害、悪質なる妨害が累積いたしております。これを第二にご質問申し上げてみたいと思っております。
 そして最後には、憲法第20条信教の自由と政教分離の問題につきまして、政府の見解をただしてみたいと存じております。
  いままで多く本委員会をはじめ本会議におきまして、この言論あるいは出版の自由妨害につきまして、論議が展開をされております。しかし、これらの多くの問題は、政党すなわち公明党という立場から議論が展開されておるようでございますが、しかし、深くこれを堀り下けてみますると、一連の宗教問題であると私は思っております。
 したがいまして私は、今回の言論妨害は創価学会に関する宗教問題であると思っております。
 それを公明党を対象にして論ずるところに、若干の食い違いがあると思うのであります。私は憲法第20条信教の自由は、また一方において政教分離の原則をも打ち立てているものと思います。
 よって世人が迷惑を受けあるいは不信に思っております言論妨害をはじめ、一連の諸問題につきましては、宗教の面に力点を置いて国民の疑いを晴らさんとするものでございます。
 ここで塚本氏が言及しているように、すでにこの問題は衆議院予算委員会はじめ各委員会で多くの議員が取り上げていた。例えば塚本質問前日の2月27日の予算委員会でも、共産党の不破哲三議員が言論出版妨害事件を取り上げ、厳しく創価学会・公明党の体質を批判している。

 (塚本)この問題は、いわゆるこの問題だけにとどまっておらないということも、すでに多くの委員が言っておるところでございます。創価学会員、潮出版社、公明党議員等が出版を妨害したとする行為は、著者藤原弘達氏及び出版社日新報道の、誘惑にも負けない、圧力にも屈しない勇気によりついに目的を果たせなかったが、このような行為は、明らかに憲法で保障された表現の自由を奪おうとするものと見なければなりません。藤原弘達氏の『創価学会を斬る』の出版問題は、公明党及び創価学会批判に加えられた圧力としては、氷山の一角とみなければならないでございましょう。
 出版界におきましては、菊とツルのタブーという言葉が言い伝わっております。菊とは皇室であり、ツルは創価学会をさしております。創価学会を批判してはならないという意味であります。
 内藤国夫著「公明党の素顔」、植村左内著『これが創価学会だ」、福島泰照著「創価学会-公明党の解明』、大戸惺著「宗教の本」等の出版物に対する創価学会、潮出版社社員、公明党議員等の、社会の注目を引いている重大な出版妨害の事件について、人権侵犯事件処理規程に基づいて調査はいまだしておらないということは、きわめて遺憾なことでございまして、ひとり、いわゆる藤原弘達氏のごとき著名の人物だから問題になっただけで、いま申し上げた数々の、ここにありまするその著書等は、実はこの問題を契機にしてやっと日の目を見るようになったことが大部分ではございませんか。
 だからこのことは、実はいままでこのような事態が犯されておったということをはっきりと国民の前に明示していただきまして、これから、宗教団体である創価学会が国民の前にお詫びをしていただくのが本筋ではなかろうか。公明党という党の問題よりも、これはすべて創価学会という宗教に対する問題であります。
 かって評論家丸山邦男氏は、この問題を党の問題として扱うことは筋違いだということを言っております。もちろん、このことは一昨々日もお会いいたしました著者藤原弘達氏も言明いたしております。
 問題は宗教の問題で論じてきておるのにかかわらず、公明党の議員の皆さま方がとやかくなさること、そのこと自身が問題でなかろうかといわれております。信教の自由に基づきまする国家的な多くの保護を受けておりまする宗教団体が、こんな巨大な力で出版界に対する圧力を加えておりながら、そのことに対して、政党だけがぎゃあぎゃやあ言っておるということ自身が、私は問題の問題たるゆえんでなかろうかと思っておりますが、いかがでしょうか。
       ---------(301P)-------つづく--

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