朝礼の話題

見たり読んだりして、感じたことを朝礼で話しています。この頃は仕事の話は少なくなりました。

時間感覚

2012-04-05 20:58:38 | 21世紀
時間の経つのが速い
2112/04/05
 会社を退職して、家にずっといます。足・腰が不自由で、外出も儘なりません。妻や子供の買い物の送り迎えに運転するくらいしか、用事もありません。
 日曜日、8時から10時にリンパ・マッサージに掛ること、1週間に1回病院通いすることしか、することが無いのです。
 しかし、時間の経つのは早く、炬燵でテレビを見るか、本を読み作文していると、もう昼か?もう3時か?もう7時か?もう12時かと、時間が短く感じます。
 することがなければ、退屈し、時間の経つのは遅いだろうと思っていましたが、勤めて居た時より時間を短く感じます。
 人間個人の感じる時間は、その人の生きて来た長さに反比例するのは真実のようです。10才の子供の感じる1時間は結構長い時間で、1時間の授業が耐えられないほど長く感じたものです。60才での1時間は、10才の子供の10分間と同じと考えて間違いないと思います。
 73才の私には、朝起きて30分経ったらもう昼、昼ごはん食べて1時間経ったらもう夕食の時間なのです。
 リンパ・マッサージの麻生先生に、先週マッサージして1週間たったとは思えない。時間の経つのを早く感じるというと、「ゆっくりするのが好きなんでしょう。今迄ゆっくりしたことがないからそんな感じがするんでしょう」と言われてしまいました。毎日、何人もの患者のマッサージをしていて、自分の時間のない先生は、仕事の時間を長いなぁと感じておられるようです。
 私も、会社の仕事している時、昼休みが来るのが待ち遠しく、昼休みはすぐ過ぎていました。私の現在感じているのは、昼休み時間の感覚なのかもしれません。しなければならない事をする時間は長く感じ、自由に好きなことをする時間は短く感じると言う方が正しいのかもしれません。
 「若さ」と言うことの定義は「時間を長く感じること」かもしれません。
 同じ時間で、老人が考える10倍も考え、何かを成し遂げるのが若さと理解しましょう。短気が若さです。いらいらした気分にならないのは、若さが無くなった証拠であって、のび太君は若さの無い老人と解釈しましょう。
 私達が自分に若さを感じるには、時間に縛られ、時間内に何かを完成させるような課題が必要なのではないか? いらいらを感じることは、若さの環境にいるのだ。不満を感じ何かを改良しようと言う目的意識が若さである。肉体や環境から若さを取り戻すことは、ない。若さを取り戻すのは自分の考えであり、時間の感覚を取り戻すことだと思う。