暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

夏休みも終わりに近づくとまたジャズフェスティバルが来る

2007年08月18日 10時58分12秒 | 日常
2007年 8月17日 (木)

午後スーパーに買出しに出かけ、息子の希望で親子どんぶりを夕食に手早く造り、早めに夕食を済ませ今日はわが町からはそう遠くないハーレム(Haarlem)という古くから栄えた町に出かけた。 

ハーレムはアムステルダムに近いことからオランダの黄金時代、東インド会社で儲けた金持ちたちが館を立ててここに住み、ごみごみした町の喧騒を避けてここから馬車などで通勤しながらゆったりと暮らしたところでもあり、今も当時の古い面影が多くの残っている町でもある。 ニューヨークのハーレム地区は名前が知られているのだがここがオリジナルなのでもある。 ニューヨークは古くはニュー・アムステルダムと言われわずかの金でイギリスに売却したという話をきいたこともあり古いニュー・アムステルダムの近郊だからニュー・ハーレムとも呼ばれていたのだろう。

この町にはオランダの肖像画家フランス・ハルスの美術館があり、そこにはもう20年以上前に来たのがこの町を訪れた最初だったのだが、その後、何やかやで2、3年に一度ぐらいは訪れている。 この前はいつだったのだろうか。 大聖堂下の荒木経惟写真展だったかイェッセ・ヴァン ルラー、ミヒル・ボルストラップのギター、ピアノ・ジャズを聴きに来たときだったのだろうか、いずれにせよ去年か一昨年のことだ。

この日はオランダで無料コンサートとしては最大のハーレム・ジャズ・フェスティバルということで知り合いのジャズメンたちが何人かでるのでプログラムを見て7時前に始まるものから夜中までぶらぶらしながら見てみようと家を出たのだったが日頃アムステルダムにジャズを聴きに出かけるときも同じような時刻に電車に乗り同じ方面に向かう普通はハーレムを通ってアムステルダムに向かう列車をさける。 それはスキポール経由でアムステルダムに向かうものは最新の車両を使い30分でいけるところがハーレム経由だとそれに加えて15分ほど長くなるからなのだ。 ただ、アムステルダムから戻りの夜汽車で夜中もかなりすぎてここを通過することが多いけれどそのときの人気のない昔風の駅に2,3分停車する構内の印象が強く、明るく人通りのある駅舎に降りてこの町に出るのは久しぶりだ。

17世紀中盤のオランダの風景画家ライスダールが描いたこの町の風景がある。 海岸の砂丘からこの町を遠景に空の比重の大きい有名なものだがこのなかにこの町の中心である大聖堂が見える。 この大聖堂のパイプオルガンを弾くバロックの権威トン・コープマンに師事しようと日本から音大の学生がおしよせたこともある、と聞いたこともあるが今でもそうなのか、今は日本人より中国、韓国からの学生が大層増えているような気もする。

駅から町の中心までゆっくり歩いても10分ほどしかかからないのだが道路がすでに柵で遮断されていて歩行者以外車は入れないようになっている。 町の中心大聖堂のまえのマーケット広場には1000人ぐらいははいるようなテントの特設舞台がしつらえられており、大聖堂の周りの広場、通りに舞台がいくつも設置されてチラシにかかれているように5日間で数万人の来場者を期待しているというような町を挙げてのお祭りでもある。 とおりには周りの食べ物屋、カフェーの出店がならび子供から年寄りまで混雑する通りを一杯にそろそろ日が短くなってきたとはいえ10時ごろまでは明るい夏の終わりをあちこちから聞こえてくる音楽に耳を傾け散策するのだった。 夜も10時をまわり本格的に暗くなるとこの一帯は万単位の人数が繰り出して各自プラスチックの透明カップに入った飲み物を手にあちこちの舞台を覗いてはゆったりと移動しながら人ごみと音楽を楽しんでいるのだった。

ハールレム(日本ではこう表記するらしい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AC%E3%83%A0


ハーレム遠景(Jacob Isaaksz. van Ruisdael 17世紀中頃作) 
http://nl.wikipedia.org/wiki/Afbeelding:Jacob_Isaaksz._van_Ruisdael_001.jpg