ビアンカの  GOING MY WAY ♪

昨日・・今日・・そして明日
   人生は ・・・ダバダバダ・・・

クリスマスの歌声が聴こえるよ

2011-12-25 | music


Lalaport Toyosu 

               
Brighton Hotel  



     
そして、オペラシティーのクリスマスです。 






 遅ればせながら、Merry Christmas !

 

先日、5年ぶりの来日となるスィングルシンガーズの東京公演
オペラシティで行われ、当日券があるとのことで行ってきました。
初めて聴いてから約40年経ちましたが、飽きもせずずっとファンのまま。
それが、今年のメンバーを見て唖然としました。
前回聴きに行ったときのメンバーが一人もいなかったのです。
一人残らず入れ替わっていた。それなのに、"変わらず素敵なまま”。
これってどういうことなのでしょう。凄いことです。本当に凄い!



オペラシティーのあちこちにも、又、コンサートホール内にも
立派なツリーが飾られ、さらには舞台上にもクリスマスツリーがありました。
ツリーの左右には大きな大きなプレゼントの山が4ヶ所に置かれ、
クリスマスムード満点のなか、コンサートが始まりました。

(中略は後日に。。)

演奏が終わり、満ち足りた気持ちでさっき通った中庭を見ると・・・・



(後略も後日に・・)

 


読むように見る絵あれば・・・

2011-12-20 | art/exhibit/museum



ブリジストン美術館に向かう途中、見つけたPen Station。
お昼をとりそこねていたので、ここでカフェとパンをいただきました。
気持ちのいい空間の真ん中にあるこの階段を上ったところは、
カフェと同じ広さほどのペン・ミュージアムとなっていました。

さて、小腹を満たしたあと、向かった先で開催中の展覧会は野見山暁冶展

 

ブログを始めた2005年の夏、軽井沢から上田まで足をのばし、
無言館に行きました。そこで、館主・窪島誠一郎氏とともに
全国を回り、戦没画学生の遺族を訪問し、遺作を蒐集したのが
画家・野見山暁冶氏だったことを知り、どのようなお方なのか、
ずっと興味を抱いていました。
1958年に、ブリジストン美術館で野見山氏を紹介する展覧会が
開催されてからすでに半世紀が過ぎ、同美術館で再びの展覧会となったのです。

約110点の作品は、どれも力強く、独特な色使いがとても印象的でした。
年代が進むにつれてより抽象的になり、それらの絵のタイトルがなかなか
ユニークです。で、タイトルと絵の関連性を考えながら
じっくり鑑賞してきました。心象風景とも感じさせるその作風・・・・、と、パンフに
書かれていましたが、まさにその通りなんです。
「流れゆく階段」、「さっきは御免」、「忘れていたこと」、「聴こえるだろ」・・・・などなど
まるで詩のタイトルのようで、詩を見ているような気分でした。

 
左は「風の便り」(1997年)、右は「予感」(2006年)

大作の前にあるイスに座って絵と対話したくなる、そんな展覧会でした。

台風で甕(かめ)が弾け飛び、粉々になったのを見て、
見せ掛けの現実の底にあるものをひっぱりだそうとやっきになる。
「すべての景色はうつろうものだ。今ある形は束の間のこと。
魔性を孕んでいるものは美しい。」

上の青字は、印象に残ったので会場でメモッてきました。自分で書いた
メモなのに、判読出来ない部分もありましたが(いつもそう・・・)
だいたい、合っているかな、と思います。このようなメッセージを読むと、
ますます野見山暁冶氏という人物への興味がフツフツと湧いてきて、
もっと知りたくなります。とても人間性豊かでまっすぐな彼の感性と、
無言館開設へ向けて、全国を回るというエネルギッシュな行動の、
なんと素敵な一致だこと。

この記事のついでに、正反対の、写実画だけの美術館のご紹介です。(HP



テレビなどでも取り上げられたそうですが、なによりも斬新なデザインの建物と、
館内にある人気シェフのレストランが気にかかっていたので、見に、そして
食べに行ってきました。数ヶ月前のことです。

地図を見ながらでないと行けないような場所でしたが、
同行者の指示通りに行ったので迷わず到着。美術館はともかく、
その周りの環境がいまひとつ・・・・なぜって周囲は新興住宅なので、
美術館へのアプローチから、家々の洗濯物が目に飛び込んでくるんです。
後側は昭和の森なので文句なく素晴らしいロケーションと言いたい
ところなんですけどね。公園内に建てたらよかったのに。

まずはレストランに予約を入れてから館内を鑑賞しました。



ここまで写実に描くなら写真でいいのに、と思いたくなるような絵を
このように大量に見るのは初めてです。感想は・・・・実に素晴らしいものもあるし、
退屈なものもある、という感じ。内部も内装に興味をそそられましたし、
美術館の展示会場内にカフェがあるのは珍しいですね。
こんなお洒落なプライベート美術館が存在するとは、、、
オーナーはどんな方かしら、と思ってしまいました。

見終わったあと、遅いランチを取る頃は、満員だった席もガラガラ。

結局最後の客となりました。

最近行った、もう一つは、三菱一号館

1894年に原設計されたという、煉瓦造りの低層棟が復元されて、
2010年4月に美術館としてオープンしてから一年半以上が過ぎました。
ロートレック展は以前も別の美術館で見ているからパスするつもりが、
チケットをいただいたので、東京駅に出たついでに寄ってきたのです。

古きを温ねて新しきを知る ~ 温故知新
意味は違いますが、古いものにはホッとするような温かみを感じます。

 

 美術館の話題もそうですが、記事をブログアップできないでいるうちに、
溜まり過ぎて、ますます投稿拒否が続きました。
一年も前に遡りますが、すごくブログ投稿したかった、3331アーツ千代田での
日比野克彦展。日比野氏を間近に見てドキドキしたなぁ、と、去年の冬を思い出します。
アーツ千代田は旧練成中学校だった場所で、教室が有効利用されていて
ユニークなんですね。若い人のアートに接すると心も若返る気がします。
私の従弟の一人がその昔、越境入学した中学校だと後で思い出しました。

佐藤忠良展を世田谷美術館まで見に行ったのは今年三月。
大地震の起こる何日か前だったと思います。そして同じ月の月末に
同氏の訃報に接したおどろき。あと少しで白寿を迎えるところでした。
宮城県出身の忠良氏は東日本大震災を体験してしまったのですね。
この展覧会にも宮城県から多くの作品が運ばれたそうです。
すてきな彫刻や絵本などを沢山残して下さってありがとう、と言いたいです。

まだまだあるのですが、時間がありません。
画像追加するかも知れませんが いつになることやら。

 


ニットか、それともネットか

2011-12-11 | weblog

あなた変わりはないですか
日ごと寒さがつのります
着てはもらえぬセーターを
涙こらえて編んでます~

 

なぁんて口ずさみたくなる季節になりましたね。
朝起きて、用事を済ませないうちに編みたくてたまらなくなります。
夜は夜で、一段落したらパソコンをちょっと覗くという習慣が減り、寝る時間まで編みものをすることが多くなりました。
ネットか、それともニットか、
どっちにしようかな、の日々ですが、それでなくても忙しい12月に、毛糸で遊んでいていいんでしょうかね、私。


約一年前に、認知症が進行しないように、と、母に編み物を勧めました。
目の調子がイマイチで、とか、気力がない、とか言いながらも、人が編んでいるのを見ると編みたくなるようで、編み物作戦は成功。
全部メリヤスで編むガーター編みで簡単なミニマフラーが仕上がりました。

 

母は20年前まではセーターなどいくつも編んでいたので、残り毛糸は沢山持っていたし、私なんかと違って手つきはこ慣れたものです。色々なことが急速に出来なくなってきているるなかで、忘れていないことを発見することほど嬉しいことはありません。
二枚目の模様編みのマフラー(下)を残り毛糸で編み終えたのは今年の春先でした。

 

 

 

 

 

編み物で認知症は予防できるか?
隣りの棟の方が母宅に遊びに来たとき、彼女が、「編み物の〇〇先生がすっかりボケてきちゃって、教えるのをやめたのよ。」と、私と母の前で話しだした。内心ギクッとしたけど、手を使うことがその原因になるとは考えにくい。食べ物を含むj生活習慣や好奇心の有無などなど、様々な要因があると思うし、今後さらに研究されて、進行を抑えるだけでなく、萎縮した脳を元通りにする治療法が見つかるかもしれない。乞う期待だけど、私たちの時代では無理だろうな。
さて、母は編み図が理解できなくなり、本に書いてあることを理解し、記憶するのがもはや困難になっています。それで、「表3、裏2、、、」などと私が声高に言うのを聞きながら、毎日少しずつ進めていました。最初は私も何か編みながら、と思ったけど、双方が混乱してしまったので、終わるまでかかりっきり。大変でした。

 左は最近、母が仕上げたマフラーです。

カギ針に初挑戦!
編み棒を持つのは母だけでなく、私だって久し振りで、以前ブログに載せたフリルマフラーから、再び編む楽しさに目覚めたのです。昔は何故かカギ針編みは野暮ったい、と思い込んでいて、専ら棒針ばかりでしたが、母から残り毛糸をもらってカギ針に初挑戦することにしました。

カギ針初心者の私は、本を見ながらモチーフなどを編み初め、苦労して仕上げる度に歓声をあげ、まるで子供のように、人に見せたくてたまらなくなるのです。
友人などに見てもらうと大抵、「懐かしい~、昔よく編んだものだわ~。」と言われ、上手くなってから、もっと大作が出来てから見てもらえばよかった~、と後悔しきり、というか、恥かしくなりました。下のがその恥かしいモチーフ群です。
よ~く見ると、角がカドになっていないですね。マイ編み物の先生は「手持ちの本」なので、
わからないところは全くいい加減にやっているからです。

少し慣れてくると、おしゃれな手芸屋さんを覗いて見たくなります。
図書館から編み物の本を借りると、どうしてもそれと同じ毛糸が欲しくなるのです。
上手く編めないのは、同じ毛糸を使っていないからだ、とか思ったリし、少しずつ毛糸が増えていきました。根気がないからすぐ結果の出る小物ばかりなので、ま、いいか、と思いましたが、これが次第に増えていき、使いたくなるようなものを一つも編めないのに、糸代ばかりかさんで来ちゃって・・・。

春ごろから編み始めたので夏糸がこんなに増えました。それも一玉ずつとかの中途半端な数なので、いったい何を作りたいのか自問自答する結果に。
最近はこれに冬毛糸が加わっているので部屋のなかが大変なことになっています。

前に新宿に行ったのはこのベルトに使うワックスコードを探すためでした。

頭が入らない!
帽子を編めば赤ちゃん用?にしか見えない小ささになってしまい、別の編み方で試して見ても、それも頭が入らない!同じ号数の針なのに、どうしてなの?
もう、帽子はイヤっ!懲り懲りだわ。とは思ってもふしぎと又挑戦したくなる。
パイナップル柄の夏糸マフラーも、編み方が固すぎ!こんなんでは包帯だ~!
つまり、編み方が締まりすぎなんですね。慣れないと硬く、慣れた手だと柔らかく、って、なんのこと?と言いたくなるけど(笑)性格とかも表われるのかしら。

白と黒のコースターは娘からのリクエスト!?海を渡って行きました。

細い糸で編んだシュシュはまずまずの出来。

ガーリーなブレスレッドもブローチも、すぐに出来るから楽しいけど、自分が使うのではなく、ただ次々とひたすら編みたくなるだけ。もしかしたら没頭できるという快感と出来上がる満足感を味わいたいのかもしれません。
当然、まだ編み図を見て出来そうなものしか編めないから、わからない点を学ばないと本当に作りたいものは出来ないんですね。ほどいて編みなおしもしょっちゅうで、時々、時間が勿体なくてたまらなくなります。私の人生、四分の一は編みなおししていました、なんてなりそうだもの。

サイズがおかしい!
借りた本で水玉模様のマットを見つけ、色違いで編んでみたのですが、なぜか長方形に。
なんでだろう?理解に苦しみます。

先日はじめて駅前の手芸屋さんでのワンコイン講習に参加してみました。そこで、とっくに
知っていると思っていたことでもコツを知らないことが多いんだと気づかされました。
しかし、マットのことでは先生も、なんでだろう~と首をかしげるばかり。本がまちがっていたりとか、あるのかしら。



そして現在、
編んで、いるのは母の残り糸でのグレーのマフラー。息子に使って貰おうと思っていますが、使ってくれるかしら~。これは「編みものこもの」という本の中から見つけた三國 万里子さんデザインのコピーです。全部コピー!最初に編み方を作り出した人って尽々、すごいな~と、尊敬してしまいます。(右は手芸屋さんでもらった編み図を見ながらとっくに編み終えました)
この本の中に掲載されているマフラーがそれぞれ編んでみたくなるようなものだったので、その中で簡単そうなのを母に編んでもらおうと、からし色の毛糸で始めているところです。以前よりさらに頭が混乱してきているので仕上がるかどうかわかりません。

そんなに編みたいならあなたが自分で編んだらいいじゃない

と言われながらも健気に母にお願いしている状況です。(笑)

こういう地味な色ばかりを編んでいると無性に明るい色が編みたくなるんですね。
並行してカギ針での初めてのベストに挑戦中(難航中)です。

でも・・・先日銀座に行ったとき、デパートのマフラー売場を見て思ったのですが、どれもこれもとってもお洒落~なのでショックでした!コースターなんかワンコインショップに置いてあるし、
私が多くの時間を費やして編んだ毛糸のマフラーがやたら素朴に(カッペ風に)見えてきました。
気を取り直し、これからは素朴なものに身を包もう、と決めました。って、それって今までの私そのものでしたよね!


◆布箱のこと
すっかりブログupが遅くなりましたが、カメリア日記で教えて頂いた布箱作家の作品を注文したらこんなに素敵なものが届いたんですよ~。ふっくらと、とても柔らかいのです。
使うのが勿体なくて・・・まだ空っぽのままなんです。何を入れようかしら。

ドキドキして開けた中も本当に美しい!

一日講習、いつか受けて見たいな。

 

おまけの画像は、ウン十年近く前、学生時代に編んだ手袋です。
捨てずに取ってあるってすごいでしょう?おまけをやめておこうとも思ったのですが・・・

私が初めて、友達に教わりながら編みものをしたのが確かこの毛糸だったと思います。
マフラーを編んで、憧れの先輩に贈ったのです。初めて編んだのを人に贈るだなんて今なら考えられないですね。学生ホールですれ違ったとき、首に巻いてくれていた姿をチラッと見て「やった~!」、と思いましたが、フリンジの部分がカッコよく編み変えられていたんです!もしかして彼女の仕業か?ま、どうだって構わなかったんですけどね。永遠のプラトニックでよかったから。へへ・・・ 

で、その残りの毛糸で自分用の手袋を編んだってことなんです。
毛羽立たず、いい状態ですが、これもぴっちりな編み方でしたね。亡き父が、それを見て
「ゲロ吐いたような色じゃないか」と言っていた言葉が昨日のように思い出されます。
これは種から育てた千日紅がいっぱい咲いた秋に撮ったもので、編みものの話題も、夏糸で作っていたころにブログ投稿するはずでした。

何日もかかってやっと一つのブログ記事の終わりです。あっちもこっちも老化が進み、思うように捗りませんでした。きょうはニットはパスしてネットオンリーの日。下手な編みものを沢山お見せしちゃってすみませんでした。懲りずにまた宜しくお願します。