うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その七十四

2009-12-21 06:02:38 | 日記

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<o:p> 癌が憎い</o:p>

 

 

 ひと月まえの夜、横浜に独り住まいする姉より電話がありました。六十になる一人娘が死んだという知らせです。病んでいるといった話は一向に聞いておりませんでしたので、電話口でどう応対していいのか、いい年して戸惑うばかりです。とにかく今病院で、これから娘の自宅に遺体を運ぶ手だてをしているというのです。割りと落ち着いた態度なので、自宅に着いたら改めて電話をくれるようにと説得します。<o:p></o:p>

 電話を切って直ぐに八十六になる東京の姉に電話をします。姉の話では知らせはあったが要領を得ないと言い、あの子ひとりではどうしようもないだろう、行ってやらなくてはならないから直ぐに来いということになりました。<o:p></o:p>

 慌てふためき身支度して、娘に駅まで車で送らせ急行に飛び乗ります。といってもひとり住まいの姉のマンションまで三時間近くかかります。<o:p></o:p>

マンションに着き、姉も電話を寄こすように言ってあるからと、しばし電話待ちであります。その間姉は愚痴をこぼします。なんだって一言ぐらい言って寄こさなかったのかと。でもお互い齢をとっているから、死んだときは事後連絡で、葬式はそれぞれ簡素にしようと納得済みのことなのです。しかし姉は姪っ子のことは別だ、まして姪っ子は早い時期に離婚していて、あの子たち親子二人っきりの境遇なのだから、妹ひとりではどうしようもないだろうと繰り返し言います。そして改めて姪っ子の家が何処か分かるのかということになりました。<o:p></o:p>

 二人とも所番地はわかるものの、家への道順は皆目分かっていません。とにかく連絡待ちです。そのあと姉はあらたまって言うのです。このことを息子に連絡したら、とんでもない、その足腰でこれから電車を乗り継いで横浜の先まで行くなんて。あした女房に車で送らせるから、とにかく今夜はダメだと強くたしなめられたのよと言い、お前だけでも電話が来たら、道順聞いて行ってくれということなのです。あたしも姉には無理ではないかと危惧していましたので、一人で行くことに腹を決めます。<o:p></o:p>

 電話が鳴り、姉が受話器を取ります。途絶えることなく長々と話が続きます。あたしは時間がたっていくのが気が気でありません。とにかく姪っ子が長く患っていて、入退院を繰り返していたこと、姪が叔母さんたちも年取っていて遠方から来るのは大変だということで、姪の強い要望で知らせなかったということが、姉二人の電話のやりとりで窺えました。<o:p></o:p>

 どうやら通夜、葬式とも密葬で行うといった気配が聞き取れます。姉と電話を代わります。とにかく遠いし、来てくれなくても大丈夫との一点張りなのです。そして落ち着いたら食事を一緒に取りながら姪を偲んでくれと言うのです。あたしはそれでは一応姪の家の降車駅と、家までの道順を聞きますと、笑って答えてくれません。<o:p></o:p>

 電話を切り、姉と話し合います。結論としては姪っ子の意志を尊重する以外にないだろうということになりました。<o:p></o:p>

 そんな経緯があって、もう姉も幾分かは落ち着いたであろうと、過日電話を入れました。姉は途中何回か涙声になりますが、口調もしっかりとしていてとにかく安堵しました。話の途中に一言、「癌が憎い」と腹の底から絞り出すように言います。その言葉があたしの胸に突き刺さるように染み入り、鼻がつまりました。<o:p></o:p>

そしてあたしが怒っていないかとずっと心配していたと言います。娘の病気も知らせず、そして通夜葬式と出席を断ったことに未だにそれがストレスになっていると、切々に語るのです。その上で娘の気持の中には闘病ゆえの顔色の衰えを、皆に見せるのが耐えられなかったのではないかと、消えるような声で言うのです。<o:p></o:p>

 それはそうだよ、あの子は頭も良いし、それより美人だった。それだけに丸坊主になって容色の落ちた姿を皆に見られるのが、姉ちゃんの言うようにそうなんだよ、よく分かるよ。あたしは慰めるようにそう言い、今日電話して良かったと付け加えました。<o:p></o:p>

姉は最後に淡々と言うのです。「とうとう一人ぼっちになってしまった。ある時、あの子が先生に言うのよ。どうか先生あと十年生きさせて下さい。母を一人ぼっちにさせないで下さいって……」<o:p></o:p>


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12 コメント

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Unknown (ナツ)
2009-12-21 11:55:03
大変でしたね。姪子さんのご冥福をお祈りいたします。

うたのすけさんの今の気持ちよくわかります。そして通夜葬式に列席しなかったことも姪の娘さんは感謝していることでしょう。

私の叔父は大腸がんで亡くなりましたが、死に顔は見せるなの遺言どおり誰にも見せませんでした。

一人残されたお姉さまが心配ですね。
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Unknown (うたのすけ)
2009-12-21 13:57:15
ナツさんへ。
今日は。
ありがとうございます。
姪がかわいそうでなりません。
病室で坊主頭にめがねをかけ、姉に叔父さんそっくりでしょうと笑わせたということです。
たまりませんね。
姉は老人ホームを考えているようです。
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Unknown (志村 建世)
2009-12-21 17:10:59
癌が憎いの言葉、よくわかります。母親としては、「よく頑張ったね」というお気持ではないでしょうか。子に先立たれた一人親の心中は、察するに余ります。せめて良いホームがあって、穏やかな日々と旧知の人たちとの会話がありますように。
 東京の上のお姉様の今後も、ご心配ですね。こんな場で不謹慎かもしれませんが、ごきょうだいそれぞれの人生を、うたのすけさんの筆で記録にとどめて頂けないでしょうか。
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Unknown (うたのすけ)
2009-12-21 18:37:06
志村さんへ。
今晩は。
そうですね。
なかなか難しいことですが、小生の娘や孫たちも、いつかはあたしのきょうだいのことを、その生き方に目を向ける日があるかも知れません。
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Unknown (志村 建世)
2009-12-21 21:16:50
きょうだいが多くて日本の発展期を支えた世代の物語、その最終章になるのではないでしょうか。
 この場で重ねて不躾ですが、29日13時から望年会をと思っております。例年の冒頭の音頭を、今年もいただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
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Unknown (みどり)
2009-12-22 01:25:55
 可愛い姪御様だったこととお察し致します。
さぞかし枕辺に駆けつけたかった事かと思います。
癌の治療法が未だに確立せず、多くの方々の大切な命を奪い取っています。
 埼玉にお住まいの73歳と伺った妹様の事が、頭から去らずにおりましたのに
まさかに、此のような訃報を伺うとは想像もしておりませんでした。お辛いことですね。

 深く、深くご冥福をお祈り申し上げます。


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Unknown (うたのすけ)
2009-12-22 05:47:55
志村さんへ。
お早うございます。
こういった場合、下克上と称してよろしいのか分かりませんが、身内で年下の者が先に逝くということは、いささか辛いものがあります。

望年会のこと、承知いたしました。
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Unknown (うたのすけ)
2009-12-22 06:01:30
みどりさんへ。
ありがとうございます。
彼女は小生の一族では初めて大学教育を受けました。皆の希望の星といって差し支えない才女でした。小生にとっても初めての姪で、よく遊び相手になったものです。無念の一言であります。

この場を借りまして報告します。
埼玉の妹、奇跡といいますか、昨夜のことですがしっかりと持ち直したという話です。不思議と言うしかありません。

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Unknown (■かわぐち えいこう)
2009-12-22 13:46:20
村全体が雪雲に覆われたような重い気持ちです。文面からうたのすけさんの悲しみが伝わってきます。心よりご冥福をお祈りいたします。
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Unknown (うたのすけ)
2009-12-22 14:43:03
かわぐち えいこうさんへ。
今日は。
ありがとうございます。
こういった悲しみは時間をかけなくては消えませんね。毎日のあれこれの会話から、姪の話がいつ消えるかです。
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