うたのすけの日常

日々の単なる日記等

結核療養所物語 2

2015-08-01 04:08:32 | 結核療養所物語

うたのすけの日常 結核療養所物語 2

2007-02-24 09:28:52 | 結核療養所物語

                     親は子供に罰は下さないが

 確か療養所行きは午後到着の指定で、早い午飯をすませて家を出ているはずだ。松戸で下車、駅前に降り立った。現在とは雲泥の差の光景である。時代劇映画の宿場町の情景であった。店の前を日除けに葦張りといった店もある。駅前は舗装もされず数台のバスが並び、発着のたびに砂塵を舞い上げていた。荷物の荷受の場所に黄色い丸通のトラックが横付けしていて、人の行き来もまばらである。うら寂しい気分になるのを振り切り、バスに乗り込む。ボンネットのバスでバスガールが乗っていた。姉が○○療養所へ行くか確かめる、終点一つ前と丁寧に言ってくれたのが嬉しく感じたりした。気が滅入っているときは、些細なことでもジンと胸に響くものなのか。
 
 三十分ぐらいでこぼこ道に揺られて到着。乗客は数名、見舞い客であろう、すたすたと物慣れた足取りで先を行く。荒涼とした風景が広がっていた。低い門柱に年季の入った分厚い木板が、療養所の存在を辛うじて誇示している。門扉のないその門を入ると、左斜めに建物が林の中に望まれ広大な敷地に、数棟の平屋の病棟が走っている。右手に学校のような木造のかなり大きな建物、あたしは看護婦の宿舎とみた。二人は小砂利の敷かれた道を入り口へ向かう、車寄せがある白い建物はそこだけが病棟とは独立した感じで瀟洒な趣きがある。いささか気分が和む。
 
 ここでざっと記憶をたどって療養所の案内をしてみる事にする。二人が到達したところは事務所関係で渉外の部門でもあり、面会室や売店も設置されて日当たりもよく、かなり明るい雰囲気である。しかしその建物のはずれからまるで別個の材質と思われる木製の渡り廊下となる。そこを行く。既にそこは別世界であった。廊下から順次左に折れて病棟がある。全部で五棟、一二が男子三四が女子病棟で、第五病棟は手術病棟となっている。男子と女子棟手術棟の間はかなりの間隔がとられていた。それなりの意味があるのだろう。

 姉は確か入所手続きで事務所に残り、あたしだけ看護婦に案内されて病棟に向かった。行き先は第二病棟で映画でお馴染みの旧軍の内務班のようである。廊下からすぐがナースセンター、というより看護婦詰所といったほうが似合いであろう。連なる病室は一二が個室であたしは五号室といわれている。九号室まである。部屋の前の廊下には既に発送した布団包みが置かれていた。ということは結核予防センターから帰って三四日の余裕はあったということか。今は忘れているが、その間きっとあたしは、針の筵に座らされている心境だったかも知れない。この際それはおいといて、とにかくなんやかやお決まりの挨拶を交わして療養所の住人になったわけである。

 同部屋の人たちはとにかく親切の一言である。梱包された荷物の荷解きからベット作り、差し当たって不要なものを物置に持っていくのを手伝ってくれたり、とにかく肺病ったかりはこよなくやさしい。肺病ったかりなんて穏やかならぬ言葉遣いだが、これはあたしが言うのではなく、患者は己のことを二言目にはそう言うのである。また見知らぬ患者を指す時もいう。自嘲もあるし、自分の病気を笑い飛ばす意味合いも含んでいるとあたしは後におもったりした。微妙な心理状態にあると言えるのではないだろうか。
 そうでした、ベット数は八つあたしが入って満室となった。四っつずつ向かいあった間はかなり広く、小さな貧弱な四角いテーブルが置かれ、これも粗末な不揃いな椅子が五つほど散在している。ひと整理ついたところで、部屋長と紹介された人が、一応の部屋のルールなるものの説明があった。それは追々触れることにして、とにかく疲労困憊であった。ベットにやれやれと腰を下ろした時、姉が恐々部屋に入ってきて、皆さんに型どおりに挨拶をして、手土産?をテーブルの上に置いた。
 秋の陽の落ちるのは早い。姉を見送るため玄関まで行く。事務所でタクシーを呼んでもらって姉は帰っていった。陽は既に落ち、辺りは夕闇の気配が急速に増していく。あっという間に療養所全体が闇に包まれてしまった。
 
 夕食のあと廊下に一人立つ。ここにどのくらいの月日を過ごすのだろう。皆目先のことは不明、虫の鳴き声が闇をいっそう際立たせ、心細いことこの上もない。さきほど看護婦の持ってきたアンケート調査に、罹病の原因として思い当たることは、とあった。あたしは躊躇うことなく放蕩と記入した。
 親は子にバチを当てないが、親に代わって神様がバチを下すのだ。あたしはしみじみとそう思った。人間この試練でまともに戻ればよしとするか。ぽろっと呟いたものです。

 




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