観測にまつわる問題

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北方領土問題再考(3月21日)

2018-03-21 11:47:21 | 政策関連メモ
「北方領土を考える」高校生弁論大会受賞者による表敬(首相官邸ホームページ)

筆者も改めて北方領土問題を再考してみます。以下、(政府見解では勿論無く)個人的な見解であることをご了承ください。基本的にはこれまでの見解とそれほど変わりませんが、やや考え直したところもあります。

まず、条約を基本に考えます。約束を守るという評判は日本人のかけがえのない財産なのであって(海外生活同窓会「知らなきゃいけないこと・日本人の影響力」(日本人の信用度の高さ(1)約束を守る。(2)真面目である。(3)支払いがきちんとしている。(4)争い事を好まない)、基本的には日本外交もそれに則って外交方針を組み立てていくべきです。国際社会の駆け引きも全くやらないということでは、集られる一方になるというのはありますし、例外はやはりあるとは思いますが、日本外交で日本人の信用の高さを活かさない手はありません。

日本国との平和条約(中野文庫)

>第二条 (c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

北方領土においては歯舞諸島と色丹島に関しては、日ソ共同宣言(1956年)において、平和条約締結後に日本に引き渡すことで合意しています。その後、ソ連が「日本領土からの全外国軍隊の撤退という全く新たな条件を課すことを一方的に声明した」りして紆余曲折があったようですが、プーチン大統領時代も含めて、基本的には日ソ共同宣言のラインは守られていると言っていいでしょう(日ソ・日露間の平和条約締結交渉 外務省)。

>エリツィン大統領の訪日(1993年10月)
(1)東京宣言(第2項)において、
(イ)領土問題を、北方四島の帰属に関する問題であると位置付け、
(ロ)四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結し、両国関係を完全に正常化するとの手順を明確化し、
(ハ)領土問題を、1)歴史的・法的事実に立脚し、2)両国の間で合意の上作成された諸文書、及び、3)法と正義の原則を基礎として解決する、との明確な交渉指針を示した。

東京宣言はプーチン大統領も含めて幾度となく有効性を確認されています。

イで領土問題は北方四島の帰属に関する問題だと位置づけられていますから、日本共産党の千島全島要求は、これまでの約束を全部反故にしない限り有り得ないということになります。約束を公然と反故にしようぜと主張しているようなものですから、日本共産党とは全く信用ならない政党です。樺太も同じです。権利、権原及び請求権の放棄は他国の権利、権限を認めていることを意味しませんが、これは重い事実と言えます。つまり樺太や千島を使ってふっかけ交渉する戦術は自ら否定しています。4島返還を主張するのがこれまでの約束を反故にしない限り、MAXの領土要求になりますし、ソ連の日本領土からの全外国軍隊の撤退のような別口の話を領土問題に絡めるのも妥当でないということになります。

ロは平和条約を結ぶのは四島帰属の問題と解決した後と決められています。それはいいとして、平和条約が結ばれていないということは、ロシアとは厳密に言えば未だ戦争中で第2次世界大戦が終わってないということになるのかもしれません。朝鮮戦争が未だ終わってないという話に近いような気もしますね。ロシア軍が飛行機をあくまでブンブン飛ばしてくるのも戦争中だからなのか、やりたくてやってるのかそれは分かりませんが。

気になって検索してみたのですが、ドイツも分断という事情があったにせよ、訳の分からなさでは日本といい勝負のように見えます。ドイツ最終規定条約(ウィキペディア)>1945年5月8日、ナチス・ドイツ(本来の国際法人格的なドイツ)は連合国に無条件降伏したものの、連合国とドイツとの間には停戦協定や平和条約と言い得るものが存在しないまま東西分断を迎えた。この条約は東西冷戦終結によりドイツ統一が決定したため、停戦協定や平和条約に代わるものとして連合国および東西ドイツの代表者の間で締結されたものである。 なおこの条約がドイツ国内の裁判所等で講和条約と見なされることもあるが、ドイツ連邦共和国政府の見解としては講和条約ではない・・・講和条約じゃなきゃ何なの?って思いますが、まぁそこはおいておきます。

ハの1は、歴史的・法的事実への立脚ですが、日本の立場から言えば、歴史的に択捉ーウルップが最初の境界線だった、日ソ中立条約(ウィキペディア)の違法な「破棄」を認めよという含みがあると思います。ロシアの立場から言えば、第二次世界大戦の勝利が歴史的事実だし、法的事実は守っているという主張でしょう。

筆者の考えでは、ロシア側の主張の最大の弱点は参戦経緯にあると思います。というのも日ソ間の合意が日本を含まない連合国間の合意で上書きされることは論理的に言って有り得ません。ソ連参戦の時点では降伏していませんから、ソ連侵攻の違法性が日本が戦争に負けたという事実によって否定されるということは基本ありませんし(法の不遡及の原則)、そもそも日ソ間では平和条約が結ばれていません。日ソ中立条約は5年有効とされ破棄・失効の規定がありません。期間満了の1年前に廃棄の通告をした場合は自動延長されない規定がありますが、ソ連は日ソ中立条約が有効である期間に侵攻しています。期間の定めがある約束を一方的な宣言・行動で破れるのだとすると、どんな約束も成り立ちません。ソ連の主張する日本の演習が条約の破棄に当たるという主張は成り立ちませんし(中立国相手でも万一に備える必要はありますし、実際にソ連は侵攻してきました)、ソ連自身それを認めているようですから、最終的にはソ連が違法に侵攻したという事実はロシアも認めざるを得ないだろうと思います。ただし、違法行為をしたからといって地球が終わる訳では勿論ありません(他国の事情は分かりませんが、日本人に極論の人は結構多い印象があって、ソ連が悪いから全て日本の言う通りにしろと主張することはできません)。ソ連の違法を踏まえて何処までロシアを押し込めるかということになると思います。

ハの2は一方的な宣言・行動を通じて領土問題解決を目指さないということであり、これはロシアも理解しているということです。日露ともに現状までの積み重ねが気に入らないからといって、チャラにする動きは妥当ではありません。日ソ中立条約がありながら日本に侵攻したソ連及びその継承国家であるロシアは信用できる国ではありませんが、何度無く国際社会を騙して全会一致の制裁をくらっている彼の国(北)や、最終的かつ不可逆の合意を無視して恥じない彼の国(南)よりは、マシなのだなとは思っています。

ハの3でも法と正義の原則を基礎として解決するとしています。日本の問題は日本国との平和条約の存在です。ここで千島列島を放棄していますから、千島列島だと認定される範囲には請求権がありません。勿論日本政府が主張するように、ソ連とは結ばれていませんが、英米が含まれており、英米がソ連とヤルタ密約を結んでいますから、ヤルタ密約を意識した条約だと考えられます。ソ連は条約には署名してませんが、講和会議には出席しています。ヤルタ会談(ウィキペディア)では、樺太(サハリン)南部をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すことが決められています(英米が言う千島列島とは常識的に考えれば国後・択捉を含むと考えられますが、主権がソ連にあると認めた訳ではないようです)。

なお、ヤルタ密約では、ソ連が対日参戦することが取り決められましたが、日本国との平和条約そのものには、参戦の経緯に関する文言はありませんから、平和条約を改めて結ばない限りは、ソ連の違法行為を日本が非難することは可能だと考えられます。

歯舞諸島に関しては、歯舞村(ウィキペディア)は、ソ連軍侵攻時、村役場は根室半島にあって、明らかに北海道の属島ですから、これはほぼ鉄板で千島でないと言えると思います。

色丹島(ウィキペディア)は、「1869年(明治2年)9月20日 - 北海道根室国花咲郡の一部となり、開拓使の管轄となる」ということであり、地形的に根室半島・歯舞諸島の延長線上にあることもあって、当初は根室の一部として取り扱われました。北海道の分領支配(ウィキペディア)では、千島国ではなく、根室国(Wikiwand)になっています。が、その後、千島国に編入されています。

国後島は、当初から千島国(Wikiwand)でしたが、注意すべきは、千島国が北海道でなかった時期が一度もないことです。国と言いますと何か独立している感じがしますが、そうではありません。現在では日本に国は日本国しかありませんが、昔は今の県にあたる範囲を国と言っていました。広い北海道がひとつの国であったことはなく、国の集合体として北海道と言っていた訳です。北海道の用語は東海道・南海道・西海道に由来します。北海道は古くは蝦夷地(Wikiwand)と言われましたが、この蝦夷地には千島だけでなく、樺太やカムチャッカまで含みます(ただし、日本がカムチャッカを支配した時期はないように思います)。昔のことですから、そもそもザックリした概念な訳ですが、極東に進出していたロシアとの最初の確定した境界線が択捉とウルップの間ということになります(日露和親条約 Wikiwand)。国後島は仙台藩が支配していた時期もあります。結局、ソ連の不法侵略まで、国後島(千島国)は一貫して本土の支配があった蝦夷地であり、日本の支配下にある北海道なのであって、他の存在になったことはありません。ここがウルップ以北の千島との違いです。

択捉島も国後島と同様ですが、根室郡外八郡役所(根室花咲野付標津目梨国後得撫新知占守郡役所)の管轄になったことがある国後島とは違い、根室の管轄になることもありましたが、紗那郡外三郡役所(紗那振別択捉蘂取郡役所)や紗那支庁として北海道に属しながらも根室とは分離する時期がありました。

サンフランシスコ講和条約にいう千島列島ですが、千島国が千島列島だと言えば確かに国後や択捉は千島列島だということになります。しかしながら、北海道の属島は千島列島ではないと考えると、国後や択捉は千島列島ではないと言うことも出来ます。国後や択捉が北海道(旧蝦夷地)でなかった時期がないからです。

強引な解釈のようにも見えますが、日本列島(ウィキペディア)という言葉があります。「広辞苑」、「大辞林」などでは、「日本列島」の定義を、北海道島・本州島・四国島・九州島とそれらに付随する島々から成る列島としており、狭義の日本列島は北海道島とそれに属する島々を含みます。ですから、択捉までを日本列島、ウルップ以北を千島列島と解することも決して不可能ではありません。何故って、国後・択捉は終始一貫、蝦夷地であり、北海道であったからです。ソ連・ロシアの立場に立っても、ソ連侵攻以前に、国後と択捉が蝦夷地・北海道でなかった時期があると論証することは不可能です。すなわち北海道であるから日本だという訳です。

そういう訳で、千島列島という言葉は確かに存在していますが、サンフランシスコ講和条約に言う千島列島はウルップ以北を指しているんでしょう。

樺太は蝦夷地ではありましたが、外地(ウィキペディア)であった時期があり、樺太・千島交換条約(ウィキペディア)で一度全てロシア領になり、日露戦争の結果のポーツマス条約でも南樺太しか日本領になっていませんから、サンフランシスコ講和条約にいう樺太が南樺太を含む樺太全土及びその属島であることは疑いありません。日本領であった南樺太が樺太でないなら、日本領でなかった北樺太が樺太だと言うのでしょうか?外地であったこともある樺太を北海道(内地)と言い張ることも困難です。サンフランシスコ講和条約にいう樺太も樺太全土のことであり(英米は返還という言葉で南樺太のソ連主権を認めたようです)、日本自身の理屈としても樺太は南樺太を含むとしか考えられませんから、樺太がロシア領と認めるのは(認めていませんが)規定路線だと考えざるを得ません。ソ連とは結んでいないから、ソ連(ロシア)相手には権利を主張できると解すると、堂々2枚舌を駆使することになり、日本外交らしくないと言えるのではないでしょうか?今のところ、中国あたりが樺太の主権を主張している訳でもありませんし、ロシア/ソ連が長らく支配しているのも間違いない事実です。

安倍総理のソチ非公式訪問(2016年5月)では、「これまでの交渉の停滞を打破し,突破口を開くため,双方に受入れ可能な解決策の作成に向け,今までの発想にとらわれない「新しいアプローチ」で,交渉を精力的に進めていくとの認識を共有した」ようですが、これを東京宣言に言う「両国の間で合意の上作成された諸文書」とする必要はないと考えられます。ですから、これまでの交渉経緯がリセットされ、新しいアプローチで上書きされたと解する必要はありません。これはプーチン大統領自身が色丹島の日本の主権を認めた訳ではないとしている(日ソ共同宣言に基づいている)ことからも明らかです。

以上を踏まえて北方領土を考えますと、歯舞・色丹の引渡し(日本から見れば返還)はプーチン大統領含めロシア(ソ連)は認めてきています。これは、ヤルタ密約で(日本はいませんが)英米から千島列島を引き渡されたことを意識しているでしょう。引渡しとは結局施政権を認めることでしょうから、歯舞・色丹を日本が(ロシアの立場から言えば)実効支配することを、ロシアも認めていると言えると思います。主権が存在することを理由にロシアから戦争を仕掛けられたり、返還を迫られるリスクはありますが、ロシアから見れば引渡しでも返ってくれば上々と見ることもできます。逆に言えば、ロシアが日本の主権を認めず歯舞・色丹を「引き渡されたケース」では、日本としてはリスクが高いので、基地を置きたいということになると思います。

ここで国後・択捉を考えてみましょう。外交交渉では10/0の結果は考え難いですから、日本も何処かで妥協することが考えられます。逆に言えば、妥協を考えていないなら、南北チョン国じゃあるまいし、そもそも交渉するべきではありません。それでは日本外交の信用度が低下してしまいます。

日本の要求は四島返還であり、ロシアの主張は二島引渡しですから、妥協的結論を想定すると、①面積二等分論か、②択捉を諦めて国後を確保するということになります。筆者が良いと思うのは、②の方です。①だと択捉でロシアと国境を接することになるのが面倒だからです。

ここでプーチン大統領が主張する軍事論を見てみましょう。

「米基地認めず」 北方領土返還の場合(毎日新聞 2017年6月2日)

>ロシアのプーチン大統領は1日、北方領土が日本に返還された場合、米軍が配備される可能性について「もちろんある」と述べ、「(北方領土に)米軍のなんらかの基地やミサイル防衛(MD)の施設ができることは絶対に容認できない」と語った。

>サンクトペテルブルクで、タス通信など世界の主要通信社幹部と会見して述べた。プーチン氏は北方領土への米軍配備については日米間の秘密合意があるとの見方を示し、「(日米は)合意を見せてくれないが、我々は内容をすべて知っている」と述べた。

>ロシアが北方領土で軍事力を強化していることは、極東地域で米軍が軍拡を進めていることへの「対抗策」だと主張。「(北方領土の)非軍事化は可能だが、島だけでなく、地域全体の(軍事的な)緊張を解かねば不可能だ」と指摘した。

秘密合意があるかは知りませんが、とりあえず基地を置くと仮定してみましょう。筆者はそれがあるかないか分かりませんので、あると想定しなければ、ロシアの主張を検証できません。

それが島防衛の基地である場合は、ロシアが侵略を考えない限り問題ないはずです。

MDはロシアは非常に嫌っていますが、置く気があるなら、北海道に置けばいいでしょう。択捉島の方がアメリカに近いですが、太平洋の広さに比べたら北海道と差は微々たるものですから、そう大して変わりがあるとは思えません。そもそも北海道に米軍基地は無く、北の守りは三沢基地で十分と思っているのではないかと思います。MDは現在のところ米軍基地(抑止力)の維持のために置かれていると考えられ(それが先制攻撃を抑止します)、アメリカを守るためのMDがあったり開発されたりするとしても(それも日本のための核の傘をまもります)、択捉じゃなくても北海道や三沢で別に良くないか?と思う訳です。

それでは海軍的視点だとどうでしょう?ロシア極東の原潜部隊はカムチャッカ半島の東岸ペトロパブロフスク・カムチャツキーにあるとされ、ここでは考えないこととします。

水深も1,300mと深くオホーツク海から太平洋へ出るための交通の要衝の一つである択捉水道の南岸に日米両軍が基地を置いてしまう可能性が出てきます。勿論、更に北周りでロシア海軍は通行することはできますし、対艦ミサイルなんかは射程もありますし、その気になれば北海道に置くと思いますから、基地を置く云々はあまり防衛戦略上決定的なものではないように考えられます。

ウラジオストクのロシア艦隊はしばしば津軽海峡を通過します(露巡洋艦などが津軽海峡通過 産経ニュース 2017.4.3 18:32)。津軽海峡からは三沢基地も近いですし、海上自衛隊舞鶴地方隊もありますから、勿論有事に津軽海峡をそう簡単に通れるとは思いませんが、北海道北周りで宗谷海峡を通過した後、千島列島の何処を通るかが主要なテーマであるとは考え難いところです(ウラジオをはじめとした沿海州を出て、あるいは「サハリン」の艦船が(将来的な可能性を考える必要があります)、有事に宗谷海峡通過後に何処を目指すか考えますと(平時だと何処を通ってもいい)、緯度を考えると択捉水道でいいということになります。国後水道が使えるにこしたことはないんでしょうが、仮に色丹島が返ってくると仮定すると、国後水道の軍事的価値はやや落ちるとも思います。それにオホーツク海は流氷で有名なところです。

第一日本(やアメリカ)が本気を出すなら、道北に基地を置いて宗谷海峡をそもそも封鎖しますので、国後水道も択捉水道も関係ありません。沿海州の海軍はどう考えても封鎖され易い位置にあります。ですから、カムチャッカに原潜基地があるのだと思いますが。

間宮海峡(ウィキペディア)は、「最狭部の幅は約7.3km、深さは最浅部で約8m。冬の間は凍結し、徒歩で横断することも可能」であり、軍事利用を考えるような場所ではありません。ロシアは橋をかけるとか何とか言っているようです。樺太を北周りすると仮定した時、緯度的に北方四島云々は関係なくなります。

ちなみに、択捉島の単冠湾(ウィキペディア)は、冬季でも流氷が接岸しない天然の良港ですが、1941年11月23日大日本帝国海軍第一航空艦隊(機動部隊)が集結し、同26日に真珠湾攻撃のため艦隊がハワイへ向け出港した場所として知られています。ですから(オホーツク海が冬季に凍結する以上)、アメリカ支配下にない日本や、北海道を支配したロシアが択捉島を支配したら多少嫌かもしれませんが、これもあまり関係ないでしょう。

専門家の意見では北方領土はロシア軍事戦略の要:「択捉・国後」両島返還が困難な理由--伊藤俊幸(HUFFPOST 2016年12月22日 23時56分 新潮社フォーサイト)が詳しくよくまとまっていると思いますが、伊藤俊幸(金沢工業大学)氏は潜水艦乗り出身で統合幕僚学校長を務めた方のようですね。どうも水深を考えると、国後水道・択捉水道を押さえる基地を造られるのがロシアにとって、不味いのかもしれませんね。だとしたら、ロシアは絶対に妥協しないでしょう。金銭的にも共同経済活動みたいな形で日本人がロシアに乗り込む形の方がやり易いと考えられます。

ロシアに事実上の見返りを与えるなら、サハリントンネル(ウィキペディア)支援はどうですか?日本の架橋の技術・トンネル掘りの技術を舐めてはいけません。樺太が繁栄すると、宗谷も繁栄するかもしれませんしね。オホーツク海が冬季に氷結しますし、北方4島のロシアにおける重要性は低いような気がするんですが。大陸に近い樺太がロシアで北海道に近い千島が日本の方が地政学的にはやり易い訳で、ですから、日露和親条約や樺太・千島交換条約があった訳です。この歴史を考えると、樺太でロシアが得して、北方四島でロシアが損をするのが良いのかなと筆者は思いますね。

宗谷海峡(ウィキペディア)は水深60mほどであり、架橋は無理ではないとは思いますが、日本にとっては人口を考えると本四架橋以上にメリットが無さそうだなとは思いますね。シベリア鉄道云々も船も飛行機もありますから、それほどな感じですし、ガスパイプラインも現状の日露関係を考えるとビミョーです。

日露雑居のようなドラスチックな新しいアプローチでは筆者には良さそうなアイディアがこれまでのところ思い浮かびません。日露間樺太島仮規則(ウィキペディア)や樺太雑居に終止符を打った樺太・千島交換条約(ウィキペディア)を参照しましたが、勉強不足かもしれませんね。ただ、雑居は互いに開発の邪魔だったのかかなり揉めたようです。揉め事が嫌いな日本人が揉めそうなアイディアを了とするとは考え難いですから、やはりある程度スッキリ揉めなさそうな案を考える必要があります。

国後や択捉において主権がロシアにあって、日本人居住特区・開発特区・漁業ライセンスの付与・二言語併用の義務付けみたいな形は考えられるかもしれません。

居住特区とは例えば、政治的権利を除き、自国民と同等の待遇を与えることを想定します。ノータイムで永住外国人や定住外国人の扱いをする感じでしょうか。

開発特区とは例えば、外国にあるその特区を国内扱いして補助金を入れられるようにすることでしょうか。

逆に日本に主権があって、ロシア人の居住特区みたいな形も考えられるのかもしれませんが、ロシアの軍事戦略上それは難しいのかもしれません。

個人的には択捉の主権がロシアで日本人居住特区、国後・色丹の主権が日本でロシア人居住特区のような折衷案だったら、日本人向けの納得し易い形であるような気もします。どっちがどうなるか興味がなくもないですし、これが一番面白いと言えば面白いのかもしれませんね。


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