観測にまつわる問題

政治ブログ。政策中心。「(理系人材と)GX」「北方領土」を考察・纏め予定。放置気味ですが、忘れた訳ではありません。

明治31年、昭和22年以来の家制度と女性天皇

2023-10-04 01:34:34 | 皇室・日本文化
小渕優子議員は小渕恵三元首相の娘ですが、結婚して姓を変えていません。これは明治31年以来の一夫一婦制の家制度に続く昭和22年の(妻の姓を選べる)夫婦同氏制度を利用したものでしょう。女性家長と言えますが、一夫一婦制で男女平等を前提に親から家を相続した例と言えます。一夫一婦制だと男子が生まれない確率も高く、男系継承は危うくなりますから、女性家長を認めるのが筋な訳ですが(「遠くの親戚より我が娘」と言えましょう)、日本は夫婦別氏制度から夫婦同氏制度に移行したとも言えます。これを元に戻すべきかですが、伝統的な夫婦別氏制度では女性家長は存在し得ない訳ですね。男系の家名を名乗る訳ですから。これは男女平等の理念に反するでしょう。

天皇家は神武天皇以来男系を維持してきましたが、女性家長は存在していました。元は双系的な家制度だったと考えられており(「ヒメヒコ制」、妻問婚と女性の子供の養育)、大陸の影響で男系が絶対視されるようになっていったようです。良く知られるように皇祖神は女性でもあります。とするならば、男女平等の世の中で、女性家長を認めるのも当然の流れであり、国民はそうなっています。後は皇室が国民にあわせて女性家長を認めるだけなんですね。元々女性天皇はありましたから、この意味で伝統を変えた訳ではありません。

日本では東北地方に姉家督(第一子でかつ女子が家督を相続すること)もありました。家父長制に呑み込まれた訳ですが、地方でのこととは言え、日本で女性家長は有り得たのだということです。

イギリス王室でも女王(女性家長)は有り得ます。ただ、姓は夫の姓に変わります。これでは万世一系の家系は維持できません。日本では婿養子の影響でもあったか、妻の氏を名乗れるようになっている訳ですね。

今の日本の皇室は存続の危機です。皇室は日本国の象徴でもありますから、国民の制度に近づけ、女性家長=女性宮家も認めるべきではないかと私は思います。女性天皇は元々有り得た訳ですから。男系かもしれませんが、あまりにも遠い他人同然の親戚を家長にするために女性天皇を否定するのはアナクロニズムが過ぎるのではないでしょうか。男系を主張している方々だって、最後の当主が鎌倉時代(第93代後伏見天皇:1298~1301年)に遡る「親戚」に自分の家を継がせますか?娘がいるのに?

実は令和の世も旧習を捨てて成立しています。生前譲位ですが、本来譲位後の上皇は治天の君になることもあって、権威が高かったのです。でも現在の上皇は隠居されていて、家長は天皇陛下であると考えられます。上皇陛下は天皇としての仕事を重んじられており、高齢であるがゆえに引退した訳ですが、これは現代の高齢化社会の問題と軌を一にすると言えるでしょう。老人になっても死ぬまで家長であるというより、仕事が出来なくなる前に家長を子供(親戚)に譲るという訳です。

日本の皇室は神武天皇以来だから価値があります。しかし何でも昔のままとはなりません。現皇室を守らず、新皇室を創出することに私は反対ですが、それはおいておいても一夫一婦制度のような現代の慣習に適合する必要はあるでしょう。完全長子優先制度は日本の皇室文化をあまりにも変えてしまうと私は思いますが(家を(近い親戚の)男子に継がせる制度は可能な限り維持していいと思いますが)、家を継ごうという(氏上になろうという)女性皇族が現れてもいいと思う訳です(勿論、女性皇族の意志に反して、それを行うことはできませんが、確かめてみるべきでしょう)。なおこの問題は養子では解決しません。赤の他人を養子にして万世一系が実質的に崩れる自体になりかねないからですし、我が娘がいて、自分の家を遥か遠い親戚に継がせることが有り得ないからですが、同じ氏の近い親戚に氏上を継がせることは有り得ていいと思う訳です。兎に角、旧官家は同じ氏というには、あまりに遠い親戚になってしまいましたし、久しく別の氏を名乗っています。

現皇室を守ること

2023-09-05 04:52:41 | 皇室・日本文化
女系を容認してでも現皇室を守ることが保守であり、男系に固執し遥か遠くに分かれた旧宮家を復帰させる新皇室創出案は文字通り、保守では無いんですね。私には保守を名乗る多くの人達が、何で今の皇室を続けるのではなく、新しい皇室に変えることを保守だと思ったのかサッパリ理解できないのですが、あるいは今の皇室を続けるのに新しい手法が必要になり、新しい皇室を創出するのに、古い手段を持ち出せばいいことで勘違いしたのかもしれません。ただ目的と手段を取り違えてはなりません。大事なのは今の皇室を繋げていくという目的であって、手法は現代でも容認されるものにしていかないと、皇室が国民にそっぽを向かれかねません(側室とか論外でしょう)。男系固執か女系容認かの問いはナンセンスとも言えるかもしれません。これからは現皇室護持か、新皇室創出かです。(赤の他人も同然の)どっかの誰かを担げばいい等という発想は私には不敬に見えるんですね。今の皇室が日本の天皇制の根幹です。700年以上前に分かれた(今の皇室は南朝を正統としているので、旧宮家の祖先の天皇は後伏見天皇(在位:1298年~1301年)まで遡ります)皇室の遠すぎる分家を新しい皇室にする必要はないんですね。700年の歴史をキャンセルするのも一つの手法か知りませんが、それは保守とは言えません。養子縁組は皇室の血統原理と相容れず論外も論外ですし(誰でも天皇になれます)、皇室を守るためであっても、政略結婚ももはや現代では有り得ないんですね。側室も有り得ず、残る手段は女性を家から追い出す旧習を改めるしかないんでしょうが、手法の新しさは今の皇室を守るという目的の前には問題ではないのだろうと思います。

核家族を基本とした親子同氏制度の維持を

2022-11-08 17:15:24 | 皇室・日本文化
安倍元首相不在で「夫婦別姓」じわり 自民中枢にも容認論(産経 2022/11/8)

選択的夫婦別姓ですけど、導入しても欧米のように一部に止まらないだろうと思います。導入賛成派がマスコミ等を握っていますから、別姓推進キャンペーンをはられて、日本は氏姓制度でアジア(中国)系に回帰するんじゃないでしょうか。この厳しい安全保障環境の中、日本を欧米派と中国派で分断するような政策は反対ですね。夫婦別姓はアジアにおいては中国・韓国の制度です。別に過剰な反中・反韓を煽ったりしませんが、彼らを見習うのではなく、彼らが見習うことを目指すべきではないでしょうか。明治維新も功罪あると思いますが、アジアにおいて中国中心の秩序から欧米中心の秩序に移行した基本方針に間違いはなかったんじゃないかと思えてなりません。かと言って中国が台頭したから中国につけとは言いませんが。

日本文化は古くは双系的だったと言い、中国とは異なった文化を有していました。それが中国に影響されて文化が変わった訳ですが(日本は儒教の国ではなく影響は限定的ではありました)、明治維新で欧米を参考に文化が変わった訳です。文化はファッションではなく、コロコロ変えるのもどうかとは思う訳ですが、元々の日本の家族制度が頑なに守られてきた訳でもありません。

日本国が認める日本の文化・家族制度は一つであっていいと筆者は思います(国は制度をシンプルにする自由があります)。子供は弱く成年まで親に保護されなければなりません。家族の安定は一つの理想として望ましい訳で、夫婦それぞれが自分の氏に帰属意識を強める制度は離婚を助長することにも繋がると思われ(夫婦仲がいい別姓夫婦を否定する訳ではなくあくまで全体の傾向の話です)、違うんじゃないかと思います。親子が一つの氏に合理性はあるんだろうと思います。

皇祖神とは

2022-09-05 20:09:11 | 皇室・日本文化
神代紀下巻冒頭に「天照大神之子正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊、娶高皇産霊尊之女𣑥幡千千姬、生天津彦彦火瓊瓊杵尊。故、皇祖高皇産霊尊」とあり、皇祖と明記される高皇産霊尊と皇室は女系で繋がります。高皇産霊尊は神武天皇紀に登場し、古事記でも天照大御神と並んで扱われ、皇室に連なる重要な神になります。

また神武天皇紀に皇祖天照大神とあり、(女性神の)天照大神は皇祖と明記されています。素戔嗚尊や伊弉諾尊を軽視する訳ではありませんが、少なくとも日本書紀では皇祖と明記されていないと言えます。

日本神話で皇祖に女性神が位置付けられている(神と皇室は女系で繋がる)のは間違いないのでは?

日本古代史は女性天皇(女系天皇)を求める

2022-04-07 13:38:27 | 皇室・日本文化
「旧皇族の男系男子の養子案」の実現を 維新の意見書判明(NHK 2022年4月6日)

>旧皇族の男系男子を養子に迎える案について、過去に皇位継承を目的として養子に迎えた例があることなどを指摘し「歴史的にも現実的にも特に高く評価できる」としています。

歴史的に日本の皇室に特徴的なのは女性天皇の存在です。また、倭迹迹日百襲姫命・神功皇后・飯豊青皇女といった女性皇族の活躍も古代日本史の特徴と言えるかもしれません。この歴史的に見られた女性天皇(皇族)の存在が、男系絶対論で欠けています。近親婚・側室制度の廃止といった近代的条件の下で、男系を絶対視すると女性天皇の存在は容認できなくなるからです(実際に男系絶対論者の大勢は女系天皇に繋がるからと女性天皇も認めません)。今は現代であり、近親婚・側室制度を復活させることは困難であることを認めると、女性天皇という歴史を取り戻すためには、女系天皇容認しかないことが明らかであり、世論もそれを支持しているようです(女性天皇、7割超が容認 「女系」も5割 毎日新聞・埼玉大調査(毎日新聞 2022/2/23)。現実的にも世論に沿って皇室を考えることは高く評価できることは言うまでもありません。養子制度に関して言えば、別王朝が入り込む手段を与えることになると危惧します。神武天皇の男系子孫で良ければ、平氏も源氏(足利義満)も該当しますし、徳川家康とて(仮冒でしょうが)(皇統に連なる)「新田家」と言えなくもありません。皇統の危機に傍系継承も過ぎれば類例がないものと言えます。養子継承はそれを糊塗する手段に他ならず、それが実現すれば、事実上の王朝断絶ですし、実現しなければ意味がありません。

>「日本の皇位が古来例外なく男系継承が維持されてきたことの重みを踏まえ、皇室典範を改正して実現すべきだ」

日本神話を踏まえると皇室は天照大神の子孫ということに意味があります。女系継承を日本神話は認めていると言え、実際に女系天皇は養老律令・大宝律令では認めていたとされます。持統天皇から文武天皇への継承も実態は女系継承とも言えましょう。

>女性皇族が結婚後も皇室に残るというもうひとつの案については「皇位継承の資格を女系に拡大することにつながるのではないか」

女系継承を認めることが筆者は重要と思います。皇族に男子がいない場合、女性天皇に繋ぐことが考えられます。子供は出来ませんでしたが、未婚だった飯豊青皇女は子供をつくって皇統を繋げようとしたようです。(傍系継承で有名な)継体天皇も手白髪皇女を皇后にすることを条件に傍系継承が認められたと考えられ、実際に現在の皇統は手白髪皇女の子である欽明天皇の系統です。

日本の古代史は皇統の危機に女性天皇を求めていると言え、それは女系天皇を通じてしか実現できません。

女系を容認した皇位継承ルール試案及び追加ルール試案(暫定版 2020/02/22)

2020-02-22 14:29:44 | 皇室・日本文化
現行ルール
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫
○2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
○3 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。

女系を容認した皇位継承ルール私案(暫定版)
第一条 皇位は、皇族に生まれた(皇統に属する)皇族が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子男子
二 皇長孫男子
三 皇次子以下の男子及びその子孫の男子
四 皇兄弟の親王及びその子孫の男子
五 皇長子の内親王、次いでその子孫の男子、次いでその子孫の女子
六 皇次子以下の内親王、次いでその子孫の男子、次いでその子孫の女子
七 皇兄弟の内親王及びその子孫(その順位は一~六に準じる)
八 皇伯叔父及びその子孫(その順位は一~七に準じる)
○2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
○3 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。(その順位は一~六に準じる)

追加ルール試案(暫定版)
1.五世王を境に(六世王から)一律臣籍降下していただく。
2.近親婚については日本のルールと同じ。皇族同士の近親婚においても個別の皇位継承順は動かない。子供の皇位継承順は皇位に近い方を機械的に受け継ぐ。
3.皇族の仕事は公務員を容認する(慣習法)。ただし党派に属してはならない。
4.女性宮家は皇室会議に最終決定権がある選択制。女性宮家を創始する場合は皇配の方が皇室に入る。創始しない場合はただちに臣籍降下する。

神武天皇から例外なく男系継承というのはどちらかと言うと誤り

2019-11-19 19:07:42 | 皇室・日本文化
 神武天皇から例外なく男系継承というのはどちらかと言うと誤りですね。何処が例外かと言えば持統天皇から文武天皇が例外です。草壁皇子から男系と言えなくもなく、天武天皇から男系とも言えますが、順番的にも明らかに持統天皇から女系継承しています。従ってややこしいですが、元明天皇・元正天皇・聖武天皇も広い意味で女系継承と言えそうです。他に天武天皇の血筋は幾らもいたことが理由ですが(例外なく男系継承なら有り得ない継承の仕方です)、持統天皇の血筋だけが淳仁天皇まで正統だったと考えられます。これは筆者の特殊な見方というより、当時の正統的な見方だったでしょう。日本神話は明らかに女系継承が含まれ、日本書紀最後の天皇は持統天皇です。元明天皇・元正天皇は中継ぎと言われますが、そうではなく即位しています。仮のトップとは神功皇后のように摂政を指すはずで、中継ぎ投手が正式な投手であるように、元明天皇・元正天皇も何ら他の天皇と変わることがない正統性と力があったと考えられ、古事記は元明天皇の命で成立しています。この見方で孝謙天皇も女系ですが、孝謙上皇は問題なく淳仁天皇を廃嫡にしています。これが例外なく続いた男系継承の皇室の出来事でしょうか?
 神武天皇から続く皇子・皇女(推古天皇・皇極天皇)による継承を男系継承と捉えることが許されるなら(そういうことは何処にも書いていませんが)、持統天皇に関係する(息子の妃である妹を含む)皇子・皇女による継承を女系継承と言って何ら差し支えないと考えます。まぁ持統天皇からの継承は天武天皇からの継承と読み替えることは出来はしますが、虚心坦懐に見て持統天皇を中心とした女系継承が行われていたことは疑いないところです。要は第41代持統天皇から第42代文武天皇への継承は祖母から孫への女系継承と解するしかなく、事実持統天皇の子でない第40代天武天皇の子孫は皇統を継ぐことは出来ませんでした。淳仁天皇が皇統を継いだのは元正天皇から女性天皇が未婚になったからですが、持統天皇から遠くなりなし崩し的に始まった女系継承がなし崩し的に男系継承に戻っていったとも考えられます。持統天皇は上皇の嚆矢(史上初の太上天皇)でもあり、要するに持統天皇が例外そのものです。天武天皇が崩御した後、大勢いる皇子に継がず、皇后が即位したことが例外の始まりでした。持統天皇そのものは男系とも言えなくもありませんが、男系天皇すなわち天智天皇の子として即位したのでは全く無く、天武天皇の皇后として自分の子孫に継ぐため(女系継承するため)即位したのは明らかです。
 養老律令は双系を定めた規定(女系を容認した規定)と読め女系継承があった傍証になります。結局臣下の継承方法がありますから、男系継承に戻るしかなかったのかもしれませんが、女系継承が無かったということは出来ません。
 そもそもは神功皇后の摂政も推古天皇の即位も全くの例外であるに違いありません。神功皇后は何故摂政となったでしょうか?開化天皇の子孫だからでしょうか?仲哀天皇の皇后の資格で摂政となったのではないでしょうか?推古天皇の即位もそれ以前に女性天皇の即位があったでしょうか?物事の始まりは例外であるものです。ルールが明文化されていたらそのルールと異なるものは違法です。明文化されていてもルールを変えることでそれまでと異なるやり方が成立します。例外とはこういう厳密なやり方ではない曖昧なやり方ですが、正に持統天皇が例外であるということです。

安定的な皇位継承の議論に関連して、旧宮家を皇族に列する考察と女系継承に関する考察

2019-03-22 18:18:50 | 皇室・日本文化
安倍首相、旧宮家の皇籍復帰に言及=安定的な皇位継承めぐり(時事 2019年03月20日)

>安倍晋三首相は20日の参院財政金融委員会で、安定的な皇位継承を実現する方策について「旧宮家の皇籍復帰も含めたさまざまな議論があることは承知している」
>「国民のコンセンサスを得ることも必要だ」と述べ、他の選択肢も含めて慎重に検討を進める考えを示した。
>「皇籍を離脱した方々は、今は民間人としての生活を営んでいる。私自身がGHQの決定を覆すことは全く考えていない」
>政府は5月1日の皇太子さまの新天皇即位後、間を置かずに皇位継承に関する議論を始める方針を示している。

現在皇室は、新しく何かをしなければ、断絶の危険性が非常に大きくある状況だと言えます(何も変えなければ「保守」できないのは明らかですから、何も変えない=保守という論理は元より破綻していると言えます。元々conservativeは保守的な・伝統的な・控えめなといった意味ですが、日本語では的が抜けがちで漢字の字義通りに一切変えないを保守だと誤解する方々が結構いらっしゃる状況です)。

一切変えずに皇室を護持するために、GHQの指示無効論を考える方もいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも安倍総理は明快にそのような論理を考えていないようです。また、仮にGHQの指示が無効と仮定しても、旧宮家の今の世代(次代に繋がる子育てが終わってない現役世代)は既に生まれた時から皇籍はなく、復帰は原理的に出来ず、新たに皇族に列するしかないと考えられます(臣籍の身分として生まれた唯一の天皇が醍醐天皇ですが、父の皇籍復帰と即位(宇多天皇)に伴い、皇族に列することになりました)。復帰が出来るのは生まれた時に皇籍があった方だけは明らかでしょう。仮に無効論で旧皇族(=旧宮家ではない)を皇族に復帰させたとしても、皇族として生まれなかった宮家の方は一種の「無戸籍」状態だと言えます。旧宮家の「復帰」を考えるのは既に時遅しで、完全にタイムアウトになっていると思います。結局、「旧宮家の皇籍復帰」という言い方は皇籍を持ったことのない旧宮家の方が皇籍に復帰できると誤解を生じさせる言い方で、要は嘘ですし、既に皇位継承問題に関連して実質的な意味がない言い方なんですよね。未だマスコミにおいてもいろいろと誤解がある報道が行われているようであり、一般的にもそういう言説が普通ですが、筆者は残念な話と思っています。旧宮家に関連して皇室の存続を考えている方々の意を汲むなら、「旧宮家を皇族に復帰させる・列する」というような言い方でなくてはならないはずです。旧皇族に皇籍を持ったことがない旧宮家の方々は含まれないのも無論のことです。

無効論そのものに関して言えば、日本はアメリカに負けたのであって、じゃあアメリカの指示でやったことは無効かと言えば、筆者はそれもそうではないと思います(1947年(昭和22年)10月13日の皇室会議の議により、皇室と秩父・高松・三笠の直宮家を除く傍系11宮家が皇籍を離脱したのが、昭和22年10月14日の皇籍離脱です)。日本国憲法もこれと似た状況で、アメリカは原案を出したり指示をしたりしているかもしれませんが、あくまで日本がやったという手続きはしており、少なくとも憲法に関して言えば実質的な議論もしていると考えられ、無効だと判断する要素は筆者はないと思っています。戦争に負けてやらされたことは無効だという論法を許すなら、戦争をしていませんが日本の韓国統治は無効だという暴論も真面目に取り合わなければなくなります。

いずれにせよ、現在の皇室典範を含む法律では旧皇族の方の皇籍を復帰させることも、旧宮家の方を皇族に列することも出来ません。憲法改正は必要ありませんが、その意味で(法的には)女系天皇論と全く同格であるということにも注意するべきでしょう。つまり法改正せねば皇室の存続が危機的であるという意味において、法的に旧宮家を皇族に列することによる方法と女系による方法は全く同格であると言え、ゆえに保守的か保守的でないかという意味でどちらも法的には全く同じですし、旧宮家を皇族に列したい人は、それを素直に目指すか、(旧皇族の皇籍復帰という)「嘘をつく」しか(嘘をついているあるいは誤解しているあるいは一般的な言い方に合わせていると見られるしか)ありません。

旧宮家を皇族に列することを考えますと、通常これは男系による皇位継承の歴史を守ることを意味します。すなわち仮に皇統が新たに皇族に列した方に移る場合、その時点で皇統は北朝第3代天皇(1348年~1351年)まで遡ることになります。その頃には少なくとも2050年は余裕で過ぎているでしょうから、800年以上遡った世界に類を見ない超超超超超傍系継承だと言えます。また、現在では北朝の天皇は公式に代の内に含まれていません。現在の天皇は北朝の系統なんですが、1911年(明治44年)、南北朝正閏論を収拾するため、明治天皇の勅裁により南朝が正統とされたことにより(それまでは北朝の天皇を正式な天皇として数えていたはずです)、そうなったようです。ともあれ、正式な数え方で代を遡るならば、皇統が新たに皇族に列した方に移る場合、第93代後伏見天皇(1288年~1336年)まで遡ることになります。30代以上前の代まで遡らないと正式な天皇に行き着かない訳ですから、やはり空前絶後の超傍系継承と言えます。旧皇族の方というのは全て北朝の崇光天皇の第一皇子栄仁親王を初代とする伏見宮家の出で、現在の皇室も伏見宮家から出ていますが、血統で繋がる共通の皇族は伏見宮貞成親王(1372年~1456年)になります。少なくとも皇室の男系継承の歴史を守るという発想では、空前絶後の超傍系継承を避けられないということがお分かりいただけたでしょうか?これは皇室典範第9条を改正して養子という手法を用いても同じです(皇室の家系図は血統原理によるのであって、養子で書き換えられたりはしません)(現在の皇室は伏見宮家から出た閑院宮家の系統でもありますが、閑院宮家の直系は断絶後に伏見宮家の載仁親王が継いでおり、現在の皇室と旧皇族11宮家の最後の共通の男系祖先は第3代伏見宮貞成親王で間違いないようです)。

これを踏まえた上で女系による継承を仮に認めると(認めない場合は男系原理ですから100%の純度、1ミリの曇りもなく、少なくとも前述の伏見宮貞成親王まで遡ります)、東久邇宮稔彦王第一男子の盛厚王(1917年~1969年)が昭和天皇第一皇女照宮成子内親王と結婚しており、ご夫妻の子孫(盛厚王は再婚しており二子あります)がもっとも血統的に近い旧宮家になるようです(ただし盛厚王は皇族でしたが東久邇宮家を継承する前に皇籍離脱となったようです)。また、明治天皇の皇女である4人の内親王が、竹田宮、北白川宮、朝香宮、東久邇宮の各家に嫁いでおり、女系継承を認めるのであれば、明治天皇に遡る旧宮家の方は他にもいらっしゃるようです。結局、女系継承を認めると全ての旧宮家は霊元天皇(1654年~1732年)の第五皇女である福子内親王には繋がるようではあります。

現在の皇位継承の危機を考える際、男系原理の歴史に拘るか女系を容認するかは大きなポイントで、女系を認めない場合は空前絶後の超傍系継承に必ずなるということを確認しましたが、女系を認める場合は旧宮家に現在の皇室とそう遠くない方もいることも確認できました。ただ、女系を認めるのであれば、現在の皇室にもより相応しい適格者がいるという話は避けられません。旧宮家による皇位継承を考えている方は女系を認めるのか認めないのかここのところをシッカリ踏まえておく必要があります(筆者は旧宮家を皇族に列するのであれば、女系を容認した上で、明治天皇以来に限った方が良いと考えます。また旧皇族の皇籍復帰は次代に継承されないこと確実ですから、二次的な問題に止まると考えます。更には皇族がそのまま民間の仕事をすることも視野に入れた方がいいかもしれませんし、数が増えすぎた場合の臣籍降下のルールも考えておくべきです)。

さて、ここで女系による王位継承の例を海外で考えると、西欧では女系継承はとくに珍しくはないようです。現在のイギリス王室はドイツ人の子孫という言い方がネット上で散見されますが、これはよく考えてみれば(当人の名乗り・考え方・歴史を否定しているのですから)極めて失礼な話で、イギリス王室の初代はウィリアム1世 (イングランド王)(1027年~1087年)とされます。ウィリアム一世はノルマン人の支配するノルマンディー地方の君主であるノルマンディー公ロベール1世の庶子として、フランスのファレーズで生まれ、ノルマンディー公を継承した後、イングランドを征服し(ノルマン・コンクエスト)、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となりました。ハノーヴァー朝の開祖ジョージ1世は神聖ローマ帝国のハノーファーのドイツ貴族の家系に生まれていますが、その母ゾフィー・フォン・デア・プファルツ、その母エリザベス・ステュアートを通じてジェームズ1世 (イングランド王)に連なり、王位継承しています。現在のイギリス王はエリザベス2世ですが、女系継承で次代はチャールズ王太子(皇太子)になります。アジアは中国が男系原理の宗族制度で男系継承が基調ですが、世界の王家(少なくとも西欧の王家)は必ずしもそうではないということになります。

女系を容認すると王朝交代と言われかねないという指摘もあって、そういう議論は尊重されるべきですが、~朝という言い方は日本においても天武朝・天智朝という言い方もありますし、継体朝は事実上の王朝交代という言い方もあることなども留意されるべきだと思います(数代遡る程度の傍系継承は日本においてもそれほど珍しい訳ではありません)。

神武天皇以来の男系原理を守ることも大切ですが(筆者は悠仁親王(ひさひとしんのう)の系統が続くに越したことはないと思っていますが)、女系継承の考え方を排除すると、伏見宮貞成親王まで遡ることは必ず意識されねばなりません。それが男系原理を貫くということです。これは明治時代に皇室典範をつくる時にも当然意識され、伊藤博文は女系継承を認める考えだったようですが、井上馨に反対され男系継承に限ることにしたようです皇室典範 国史大辞典 ジャパンナレッジ 吉川弘文館)。

元より皇祖神天照大御神は女性で、伊勢神宮外宮の豊受大神も女神です。現在の皇室が神話に連なることが意識されるならば(皇位継承に必要な三種の神器も神話に由来します)、そもそも女系は排除してはなりません。歴史は重要ですが、ある意味恐ろしいもので、学問的考察の対象になってしまいます(怨霊の話が正史に載っているからと言って、それがそのまま事実と考えて良いでしょうか?)(神武天皇とは最初の正史日本書紀記載の初代天皇で、突き詰めて考えると歴史上の天皇ということになり、神武天皇は男神として生まれてはいますが、神話を重視するということは神武天皇を重視することを意味しません)。他に資料もあるじゃないか、その読みはどうなのか、考古学の資料との矛盾は?という訳です。歴史が歴史である以上、歴史学の通常の手法の洗礼から逃れることは出来ません。皇室の権威は歴史の長さもありますが、日本創生の神話まで連なるところに大きく依拠します。神話をアウトにしてしまうと、例えば出雲神話も意味がなくなってしまいます。神話を重視すると、女系を全否定していいのかということにならざるを得ません。

日本は庶民文化では歴史的に女系継承・養子継承もありました。古代日本の妻問婚も母系社会でよく見られる風習で、古代日本に女性天皇の歴史もあって、神功皇后の活躍もありましたし、飯豊青皇女も飯豊天皇とも呼ばれます。明治以来、女性天皇の可能性を封じたことに理はあったでしょうが、女系天皇を認めることにより歴史的に重要な役割を果たした女性天皇の可能性を残すという選択肢もあったはずですし、実際あったのですが、その道は選ばれなかったということになります。

さて、皇位継承の順位の決め方ですが、筆者は必ずしも機械的に決めなくてもいいのではないかと考えています。例えば長子継承と決めてしまうと、長子が公務に耐えられない可能性(具体例はあえて書きませんが、いろいろ想定できるはずです)も排除できません。摂政で対応できるかもしれませんが、素直に考えれば、機械的な皇位継承を否定して、適格者を選ぶという形にすればいい訳です。勿論皇位を人為的に選ぶというシステムは争いを生む原因にもなりかねないので、否定されることも多いのですが、元々歴史的には機械的に選んではいないのですから、ここでキチンと検討しておく必要はあると思います。

それはともかく、そういった議論をする人に筆者は皇族を含めるべきではないかとも考えています。憲法上、天皇は国事行為を行い国政に関する権能を有しないとされますが、権能とは「その事柄をすることが認められている資格。権利を主張・行使し得る能力」のことで、意見を言うことまで封じられているとは思えません。決定権がなければ構わない訳で、皇室の意見を聞かずに皇位継承の話を決めてしまうということこそ、不届き千万だと筆者は考えます。何処の国民が自分の家のことを何ひとつ意見も聞かれずに決められてしまうことを認めるでしょうか?無論憲法を尊重し擁護する必要があるにせよです。また国事行為を行う規定があるのは天皇であって(日本の象徴であるのは天皇であって)、従って天皇以外の皇族は比較すれば自由だとも考えられます(少なくとも天皇陛下その人よりは自由があるはずです)。現皇太子殿下は女系天皇との絡みで関与するのは問題もあるかもしれませんが、今上陛下が上皇陛下になった後に議論に参加することさえ、筆者は認められて妥当だと考えています。皇室が皇室のことを考えなくて誰が考えるというのでしょうか?権限がないのはいいとして、意見も聞かないというのは現代的でも歴史的でもなく論外だと筆者は考えますし、憲法的にも問題がないと思います。

そして結局決定するのは代議制の日本において、国民が選んだ政治家ということになります。コンセンサスを得るのに無論議論は否定されてはなりません(何故か憲法改正の議論自体を否定したり、条件をつけたりする意味不明の「護憲」勢力がいますが、そういった方々が論外であるのと同様、議論を否定して皇位継承の問題を決めてしまうことは出来ないと考えます)。