学会も最終日である。 学生の発表が4日目になっていたが、とにかく昨日までと比べると参加者は激減である。
今回は、最終日が日曜日で、さらに雨、普段以上に人が少なかった。 何となく寂しい最終日である。 祭りの後の寂しさと言ったところだろうか。
学会の楽しみの一つは、学生との飲み会である。 普段とは違う街での飲み会も楽しい。
ただ、学会参加者のほとんどがこのような飲み会を行っているので、どの店も学会関係者で一杯である。 事実、となりの座敷も知り合いだった。
日本化学会第94春季年会は、会期4日間、発表件数約6000件である。
学生諸君には、ぜひともこの雰囲気を味わって欲しいし、これを糧に研究活動に楽しさを見つけてもらいたい。 名古屋大学のキャンパスは非常に広く、会場間の移動も大変である。
日本化学会第94春季年会に出席するために名古屋に来ている。 今回は名古屋大学東山キャンパスでの開催だが、発表件数、参加人数とも日本最大の学会である。
最初に参加したのは、確か修士1年生だったので、あれから約30年以上、ほとんど参加している。 発表形式も、スライド、OHPシート、そしてPCへと変わったが、新しい研究発表を聞くのはほんとうに楽しい。 こうやって仕事で勉強できることには感謝している。
謝恩会終了後は、研究室でのコンパである。 卒業生にとっては最後のコンパであり、学生生活最後の飲み会かもしれない。
A先生の挨拶
恒例の後輩からのプレゼント贈呈も行われた。
いよいよ卒業生諸君ともお別れである。 これからも悔いのない人生を送ってもらいたい。
応用化学科恒例の謝恩会が行われた。
よく考えると学科全体で一堂に会する機会はこの謝恩会だけである。
また研究室以外のほとんどの学生とは、この後会う機会はたぶんないであろう。
学科長N教授の挨拶
理事のK教授の乾杯
次年度学科長のY教授の挨拶
大学全体での卒業式の後、研究室の学生諸君にはひとりひとりに学位記を手渡すようにしている。
ほんとうに1年が過ぎるのは速いものである。 つい先日卒研で入って来た学生が、もう卒業である。
1年間の研究室での思い出が詰まったDVDを制作するのが恒例になっている。
当研究室の博士課程3年生のS氏が無事、工学博士の学位を取得できたので、卒業式に主指導教員として出席した。
博士の学位記なので学長が全員に一人ずつ手渡す。 最近、STAP細胞の一件以来、研究に対していろいろ騒がれているが、我々、研究に携わるものとしては、実験とそれから得られる結果がすべてであり、どんなに小さなことでも、それを発見する喜びを感じて仕事をしている。 そんなわけで、どうしてあんなことが起こるのかも理解できない。
明日の卒業式を前に、学科事務の方の送別会と次年度新しく来られる方の歓迎会が行われた。
挨拶されるN学科長
Sさんへの花束贈呈
4月から着任されるYさん
学科の事務には多種多様な業務があり、また学生との対応もあり、見かけ以上に大変である。 Sさんは、4月以降、新しい仕事を始められるということである。 この時期、別れもあれば、また新しい出会いもある季節である。
挨拶されるY次期学科長
久しぶりに学生時代を過ごした箱崎界隈に行ってみた。 町自体は変わってしまっているが、まだ大学正門前に打ち捨てられたような店が残っていた。 そうここは研究室に配属以来、毎日のように通ったスナック「フルーレ」があった場所である。 ほんとうに懐かしい。 研究室のボトルキープがあって、確か通し番号が書いてあったが、物凄い数だったと記憶している。 白衣を置いている先輩もいた。
ついでに、研究室があった建物にも寄ってみた。 もう誰も使わなくなってどのくらい経つのだろうか。 ふとあの頃の学生で賑やかだった頃の光景が蘇ったような気がしたがすぐに消えてしまった。
アメリカでチェーン店のハンバーガーが一般的になる前のハンバーガーの味が食べられるということで、中央区舞鶴の入りくんだ路地裏にある小さな店に寄ってみた。
マスターは数十年、北カルフォルニアに住んでいたそうで、ハンバーガーにはこだわりがあるそうである。 ちょうど、他に誰もお客さんがいなかったので、ゆっくりとアメリカとカルフォルニアの話ができ、楽しい時間であった。 確かに、在米中、田舎の一軒家レストランで食べたハンバーガーの味を思い出した。
休日の朝、犬の散歩で必ず利用している東平尾公園であるが、最近、木々が伐採され眺めの良い場所が作られている。
福岡空港に近接しているのだが、森に覆われた場所が多く、意外に眺望は限られていた。 ここからは、滑走路越しに福岡市内が一望できる。
桜も咲き始めており本格的な春も近い。
今朝の朝刊に「移民受け入れ 地方再生へ福岡が先陣を」という記事が載っていた。 少子化とそれを上回る老齢化が進む日本、さらにこの問題を深刻化しているのは、東京一極集中とそれに伴う地方の疲弊化であろう。 東京出張から戻ると地元の閑散とした風景には愕然とすることもある。 安全面、政治の安定性、衛生面等から見ると、間違いなく日本は、世界一暮らしやすい場所である。 その反面、独特の文化、慣習、単一の言語、排他的な風土等、異なる文化背景を持つ人を受け入れにくい土壌があることも事実である。 しかし、このままでは、どんな施策をとろうが日本社会が急激に衰退していくことは間違いない。 福岡(博多)は昔から大陸からの他文化の受け入れには寛容な面も持っている。 福岡が先陣をきって外国人を受け入れ、一つの成功例を示すことができれば、日本を変える契機になるだろう。
北九州市イノベーションギャラリーで明日から開催される「せんいのチカラ展」の内覧会に出席した。
特に合成繊維が持つ種々の機能性についてわかりやすく紹介されてあり、日本の技術力の高さを知ることができる。
ただ、もう少し展示スペースが必要だったような気がした。
出張で利用することの多い航空機は1-2時間の短いフライトではあるが、いろいろな楽しみもある。 その一つが、普段、自分から聴くことは、まずない日本の演歌を聴くことである。 たまには良いものである。
ほんとうに久しぶりに羽田空港の展望デッキに登ってみた。 益々、国際線の拡充が進んでいるようで、成田との棲み分けは難しくなり、これまた、羽田一極集中が始まるのも時間の問題のような気もする。